027話 黒馬の疾駆と七元徳の伝承
北の山々を越える街道を、黒き首無し馬が大地を蹴り進む。
轟く蹄音に、茂みから現れかけた狼型の魔物は一斉に尻尾を巻き、雲霞のように逃げ散った。
「……なんだ? 全然襲ってこねぇな」
手持無沙汰に戦斧を担ぎ直しながら、アスタロスがぼやく。
「我が呪力を帯びたこの馬の威光にひれ伏すのだ。これぞ、騎士の威厳というものよ」
誇らしげに胸を張るデュラ。だがその横で――
「いや、どう見ても“死の気配”に怯えてるだけだろ。ゴミ捨て場から生まれたわけだし……騎士の威厳って言うよりは、墓場の主だな」
アスタロスが冷めた声で突っ込みを入れる。
デュラは無言のまま、おもむろに首を外し、アスタロスに向けた。
「ひぃ!いい加減、それはやめろ!」
「懲りないやつだな……」
アレフは肩をすくめつつ、街道の先を見やった。
だが、そんなやり取りの最中――。
茂みを突き破り、巨大な猪の魔獣が突進してきた。
「前方警戒!」
ジェームスが声を張り上げる。
「ふん、待ち望んでいたぞ!」
デュラが咄嗟に首無し馬を荷台から解放すると、一首無し馬がいななき、凄まじい速度で前へと飛び出した。
首から黒き瘴気があふれ、疾風のごとく突撃――そのままロックボアを後ろ足で蹴り飛ばす。
轟音と共に地面が裂け、猪は転がりながら失神。
「……え? 終わったの?」
ライカが口をぽかんと開ける。
「これは、お見事ですな。一瞬で仕留めるとは……」
ジェームスが賛辞を送ると、デュラは自慢げに胸を張った。
「これぞ我が戦馬の力よ!如何に首が無かろうと、敵を踏み砕くに不足なし!」
「いやぁ~。便利だな、デュラの馬! これがあれば、無駄な戦闘で体力を削らずに済む!」
(馬がここまで戦えるなら、戦力としては大いに助かる)
そんなことを思いながら、アレフは荷台の上で大の字になった。
「便利と言えば便利ですけど……」
ライカが小声で続ける。
「街に着いたとき、逆に悪目立ちしそう……」
確かに、漆黒の首無し馬とその主が堂々と街道を闊歩しているのは、常人からすれば恐怖以外の何物でもない。
しかし当の本人であるデュラは、涼しい顔で馬のたてがみを撫でていた。
「街中では召喚を解けばいい。問題ない」
「……そういう割り切り方、ちょっと憧れます」
ライカは感心したように頷く。
そんな他愛もない会話を交わしつつ、一行が順調に馬車を走らせていた時、それは唐突に起こった。
ガコンッと嫌な音が響き、馬車が大きく傾く。
「うおおお!?」
「きゃあ!?」
アレフたちが荷台から投げ出されそうになる。
見れば、後輪のひとつがあっさり外れて転がっていた。
「クソッ……やっぱり順調にはいかねぇか。“不幸体質”……まったく忌々しい呪いだぜ」
苦虫を噛み潰したように呟くアレフの前に、ジェームスがスッと現れる。
タキシードの裾を優雅に払うと、カチリと手袋を直し――
「武闘執事道――エレガント・リフォーム!!」
華麗な動作で転がる車輪を掴み、手首の返しと同時にボルトを締め直す。木槌も工具も無しに、僅か数手で見事に車輪が元通りに固定された。
そのあまりにも優雅な手捌きに、思わず皆が目をみはる。
「ですが、アレフ様。以前までと比べて、不幸の回数が減ってらっしゃるのでは?」
ジェームスがふとした疑問を口にする。
「言われてみれば……そうだな。以前なら、ここまで来る間に車輪が外れるどころか、橋が落ちたり地面が陥没したりしていてもおかしくねぇ」
アレフが不思議に思っていると、腰に提げた魔剣グラトニーが低く響いた。
《……それは、おそらく七元徳の効果だろう》
「七元徳……?」
アレフが問い返すと、グラトニーはゆっくりと語り始めた。
***
数千年もの昔、神々が未だ地上に降臨することを許されていた時代。
それは、唐突に顕現した。
人間の持つ澱んだ欲望や邪な感情が形を成した──邪神ハデス。
ハデスは、自らが唯一神として君臨するため、人間界を死者の国へと変えようと目論む。しかし、当時地上にいた他の神々によって、その野望は打ち砕かれた。
神々は、ハデスの魂を傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲という七つの大罪に分け、それぞれに相反する特性を持つ謙虚、慈悲、寛容、勤勉、 慈善、 節制、 純潔の七元徳の神器に封じ込める。だが、ハデスの呪われた力は強大すぎた。神器は呪いに侵食され、やがて人々へ災厄をもたらす危険な存在と化してしまう。
神々は、これらの“呪われた神器”を《大罪シリーズ》と名付け、各地に新たな迷宮を創り、その核として埋め込んだ。ダンジョンが魔物や罠を生み出す特性を利用し、人々が“呪われた神器”に容易に近づけぬよう、厳重に封印したのである。
「なるほどな……侵食されてるとはいえ、その七元徳の神器とやらの効力が“不幸体質の呪い”にも影響してるってわけか……」
アレフは、胸の奥が少し軽くなった気がした。
「しかしアレフ様、不幸体質が和らいでも、根本が治ったわけではございません。今後もご注意を」
「言われなくても気をつけるさ……」
と答えた瞬間、馬車の荷台から「ガタンッ!」と木箱が崩れる音。
「おい!言ったそばから縁起でもねぇ!」
「だから申したでしょう」
「ぼ、僕の荷物がぁぁ!」
ライカーの悲鳴と、呆れる仲間たちの声が重なり、旅路は慌ただしくも賑やかに続いていくのだった。
そんなことがあってから二日後。
二つ目の峠を下りきった先に、石造りの城壁と赤茶けた屋根が立ち並ぶ街並みが姿を現す。
「……皆さん、見えましたぞ。あれが“ターニャ”の街です」
ジェームスが目を細めて指さす。
それを合図に、デュラは首無しの馬を霧のように消し去り、歩いて街へ向かう形に切り替えた。
「着いたら……まずは冒険者ギルドだな」
「そうじゃの。なけなしの所持金を誰かさんが酒代にしてもうたからの」
皆の冷ややかな視線が、容赦なくアスタロスの豊満な胸を貫く。
アスタロスは閥が悪そうに目を逸らす。
「い、いや……そうだ、きっとあれだよ!兄貴の不幸体質のせーーぎゃぁあ!?」
アスタロスの牛チチが握力の限りアレフに握られていた。
そんなこんなで騒がしくも笑い混じりの道中を経て、一行はついにターニャの街の門へと辿り着いたのだった。
次回タイトル:028話 タバス村の襲撃




