026話 名を得し首無しの騎士
「ところで……お前、名前は?」
アレフが唐突に問いかけると、首を抱えたままのデュラハンは少し間を置いて答えた。
「……我に、名はない。捨てられた武具と共に形を得ただけの存在だからな」
「そりゃ不便だな。呼びづらい」
アレフは顎に手を当て、少し考え込む。
「じゃあ今日からお前は……デュラ、だ」
アレフが名を与えると、首なし騎士はしばし沈黙した。重厚な甲冑に包まれた身体が、わずかに震える。
彼にとって「デュラ」という二音は、ただの音の羅列ではなかった。これまで幾多の戦場を駆け抜け、斬り伏せられ、また立ち上がってきた。
だがその名を呼ぶ者は誰もいなかった。彼は常に「首なし騎士」や「亡霊」と呼ばれ、恐れと嫌悪の眼差しの中でしか存在できなかったのだ。
「兄貴ぃ……そりゃ、いくらなんでも安直すぎやしねぇか?」
アスタロスが呆れたように言う。
しかしーー
「デュラ……」
彼は低く、まるでその音を舌の上で転がすかのように、ゆっくりと繰り返した。胸の奥から熱が込み上げてくる。名を持つことが、これほどまでに心を揺さぶるものだとは知らなかった。目に見えぬ涙が、虚空の眼窩から溢れ出るような感覚に、彼はただ拳を固めて堪えた。
やがて、声にはわずかな温かみが宿った。
「いや、悪くない。これからは、その名に応えよう」
「……ま、本人がいいってんなら、別にいいけどよ」
「ぼくは可愛いと思うな」
「ふむ。妾も気に入ったぞ」
「さすがアレフ様。とてもエレガントな名前かと……」
仲間たちはそれぞれ頷き、こうして“デュラ”が正式に加わった。
だが、大きな問題が一つ残っていた。
デュラの首は着脱可能らしいのだが、首を胴体につけた状態にすると、継ぎ目から黒い瘴気がじわりと漏れ出すのだ。
街中で歩くには、さすがに目立ちすぎる。
そこで、アレフたちは以前世話になった、アスタロスの戦斧を鍛えた頑固なドワーフならどうにかしてくれるのでは?
と、彼の鍛冶屋を訪れることにした。
「……ミノタウロスの次は首無しの騎士かよ。相変わらず面白いやつらじゃな」
木槌の音が響く工房の中、寡黙なドワーフ親方が腕を組みながらデュラを睨む。
「で、用件は瘴気が漏れる首の継ぎ目を塞ぎたい、だったな?」
鍛冶屋はデュラの首の付け根を覗き込み、鼻を鳴らした。
「おいおい、こりゃ簡単じゃねぇぞ。金属で覆えば熱がこもるし、布で巻けばすぐ腐る」
「どうにかできないのか?」
アレフが食い下がる。
「親方ならできるだろ! なにせ俺の戦斧を作った鉄槌の名工だからな!」
アスタロスが称賛する。
しかし、鍛冶屋はきっぱりと言った。
「おだてても値は下がらんぞ」
舌打ちするアレフ。
「……ふん。面白ぇ挑戦じゃねぇか」
鍛冶屋はにやりと笑うと、炉の奥から奇妙な銀色の金属板を持ち出した。
「ミスリルと封印用の符を組み合わせた“首輪”を作ってやる。こいつを継ぎ目に固定すれば、瘴気も最小限に抑えられるはずだ」
数日後、完成したのは銀の輪に刻印が施された首輪。
デュラが装着すると、漏れていた瘴気がすっと収まり、街中でも人目を引かない程度になった。
「……悪くない。これで、我も普通に歩ける」
デュラは満足げに頷いた。
鍛冶屋を後にしたアレフたちは、街の市で頑丈な荷台を購入し、街道へと向かう。
「さて、もう一つ試してみるか」
アレフが立ち上がり、デュラを見やった。
「お前の“愛馬”を呼んでみろ」
人目が無いのを確認し、デュラは漆黒の剣を地面に突き立てた。低く響く呪文とともに、大地が震える。
次の瞬間、漆黒の炎をまとった巨大な馬が出現した。
四肢は太く、瞳は赤々と燃え、蹄が地を踏みしめるたびに火花が散る。その姿は、ただの魔獣を超えた威容を放っていた。
「ほぅ……これは見事なもんですな」
ジェームスが感心する。
「うむ。じゃが、誰かに見られたら大騒ぎになるのが目に見えとるの……」
言葉とは裏腹に、ニタリと不敵な笑みを浮かべるシノ。
アスタロスは
「おおっ...なかなか迫力があるじゃないか。 けどよ、首無しで道がわかんのか? 荷台ごと、どっかに突っ込んだりしねぇだろうな?」
と肩をすくめる。
ライカはというと、青ざめた顔で、
「やっぱり、ちょっと怖い……!」
と呟いていた。
アレフは満足げに頷き、荷台を黒馬に繋げる。
「よし、これで移動手段は確保した。戦力も整った。いよいよ次の神器が眠るダンジョンに向かう時だ!」
「ふむ、今の我らのランクで立ち入れるのは“色欲”のダンジョンでしたな」
ジェームスが補足する。
アレフが馬車を手に入れたかった理由は他にもあった。
“色欲”のダンジョンは、ここガイアの街から北の山を二つほど越えた先にある“ターニャ”の街を経由し、そこから川沿いを下った先、“水の都ウォーラル”にあった。
徒歩なら優に三ヶ月はかかる上、険しい道のりとなることを考慮しての決断でもあったのである。
「これなら、移動しながらでも酒が飲めるな」
アスタロスが満足そうに笑う。
「わぁ……これで快適な旅ができるね?アレフお兄ちゃん」
ライカが目を輝かせる。
やがて一行は城門を抜けた。青空の下、馬車が石畳を越えて大地へと進む。風が頬を撫で、遠くに山並みが霞んで見えた。
こうして新たな仲間“デュラ”を加え、アレフたちは“色欲”の神器を求めて、“水の都ウォーラル”を目指して走り出すのであった。
次回タイトル:027話 黒馬の疾駆と七元徳の伝承




