156話 聖なる光と、抗う影
アスタロスとガルドが並んで倒れ込み、笑い合うという奇妙な結末を迎えた模擬戦。
その余韻が、
まだ空気に残る中――
静かに次の戦いが始まろうとしていた。
「……次は、俺たちだな」
勇者エヴァンスが一歩前に出る。
その手は腰に佩いた聖剣の柄にかかっていた。
「……ああ」
アレフもまた、魔剣《暴食の魔剣グラトニー》を握る。
互いに無言。
だが、視線が交差した瞬間――
その場の空気が一段階、
重く沈んだ。
「……緊張、するね」
ライカが小さく呟く。
「当然でございます。あの方は――
本物の勇者でございますから」
ジェームスが静かに答えた。
勇者と冒険者。
聖剣と魔剣。
どちらが上かを決めるためではない。
だが――
互いの“在り方”を測るための戦い。
「始めよう」
エヴァンスの声が低く響いた。
「望むところだ」
アレフが答えた瞬間――
二人は同時に踏み込んだ。
――速い。
それが、アレフの最初の感想だった。
エヴァンスの剣は無駄が一切ない。
直線的でありながら、予測を許さない角度。
「くっ……!」
アレフは紙一重で斬撃を避ける。
だが、
避けた瞬間には、すでに次の一撃が来ている。
「どうした?」
エヴァンスの声に嘲りはない。
「その程度か?」
――違う。
速さが、段違いだ。
アレフは歯を食いしばる。
黒炎を纏った斬撃を放つも、
聖剣がそれを軽く弾く。
「……やっぱりな」
エヴァンスは聖剣を構え直した。
「呪いによる力は、聖剣の前では通じない」
黒焔斬。
終喰・黒断。
“強欲”の呪縛の契約。
“色欲”の魅惑の支配。
そのどれもが、触れた瞬間に浄化される。
「くそ……!」
アレフは後退する。
このままでは押し切られる。
「……だったら」
アレフは懐に手を伸ばした。
取り出したのは――
呪具に変質した、グラビティ・リング。
「……また、めんどくさいことを……」
アレフはぼそりと呟く。
腕輪を装着。
「……グラビティ・リング……起動」
周囲の重力が歪む。
同時に――
憤怒の手甲から黒炎が噴射された。
「――っ!?」
次の瞬間、
アレフの身体は弾丸のように加速した。
地面を蹴る必要すらない。
重力操作と黒炎噴射による即席の推進力。
「なるほど……!」
エヴァンスの目が僅かに見開かれる。
剣と剣が正面から激突。
――ギィンッ!!
火花が散る。
速さ。
反応。
間合い。
ようやく、互角。
「……追いついたな」
「……ああ」
アレフは息を吐く。
だが――
次の瞬間、
彼は悟った。
それでも、足りない。
どれだけ速くなっても、“呪い”を乗せた攻撃は通じない。
「……なら」
アレフの瞳がわずかに細くなる。
「……別のやり方でいく」
アレフは剣を構えたまま、低く呟いた。
「嫉妬……《鏡界》」
空間が歪む。
「――っ!?」
勇者一行が息を呑んだ。
アレフの左右に二つの影が立ち上がる。
一人は――
ガルド。
もう一人は――
カリナ。
「なっ……!?」
「私……!?」
分身体。
しかも、
外見だけでなく、能力までも写し取った存在。
「……対象を直接呪わなければ、
聖剣でも防げない……ということか」
エヴァンスが低く呟く。
アレフはさらに呪力を込めようとする。
――リシェル。
その姿を思い浮かべた瞬間、
膝がわずかに揺れた。
「……っ」
呪力が足りないーー
分身体は霧散した。
「……流石にあいつまでは無理か」
だが、二体で十分。
「行くぞ!」
アレフの声と共に、三方向から攻撃が放たれた。
分身体ガルドの剛撃。
分身体カリナの紅蓮魔法。
それをかいくぐり、アレフが斬り込む。
「――っ!」
エヴァンスは歯を食いしばった。
確かに――
追い込まれている。
だが、
「……甘い」
聖剣が強く輝く。
「俺は――
一人で戦ってきたわけじゃない」
剣が空間を裂く。
「こいつらの戦い方を、ずっと近くで見てきた」
分身体ガルドが消え、
次いでカリナも崩れ落ちる。
最後に、
アレフの剣が弾かれた。
「……くっ」
膝をつくアレフ。
聖剣がその喉元で止まる。
――勝負あり。
「……俺の勝ちだ」
エヴァンスは剣を下ろした。
だが、
その表情に勝者の余裕はなかった。
「……強いな」
率直な言葉。
「勇者として――
認めざるを得ない」
アレフは苦笑した。
「そりゃどうも」
だが――
エヴァンスの目はどこか曇っていた。
「だが……」
彼は真剣な声で続ける。
「その力は――呪いの力だ」
アレフは黙って聞く。
「制御できている今はいい。
だが、いつか――力に飲まれる」
その言葉は警告だった。
そして――
恐れでもあった。
「……そうならないように、足掻いてる最中だ」
アレフは静かに答えた。
二人の間に短い沈黙が落ちる。
やがて、
エヴァンスは頷いた。
「……なら、その行く末を見届けよう」
それは、敵ではなく――
同じ道を歩む者としての言葉だった。
こうして――
模擬戦は終わった。
だが、この出会いはまだ序章に過ぎない。
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