154話 黒衣の英雄と勇者
枯れた樹海に、
再び静寂が訪れていた。
だが、それは安らぎではない。
一歩間違えれば、血が流れる――
そんな張り詰めた沈黙だった。
「……魔王の他に、
まだこんなやつがいるなんてな……」
低く呟いた勇者エヴァンスが、
真っ直ぐにアレフを射抜く。
その視線は、
敵意と警戒、そしてわずかな高揚を孕んでいた。
「チッ……」
ガルドが戦斧を肩に担ぎ、
楽しげに口角を吊り上げる。
「首無し騎士デュハンだと?上級悪魔じゃねぇか!」
デュラは黙したまま、
手にした首の眼窩を赤く光らせる。
「それに――竜人族までいやがる!」
ガルドはシノを見て、
まるで珍しい獲物を見つけたかのように笑う。
「脳筋戦闘バカ……」
リリアが、深くため息をついた。
「……落ち着いて、ガルド。敵を前にして浮かれるのは感心しないわ」
だが、エヴァンスの視線は
さらに鋭さを増していた。
「それだけじゃない」
彼の剣先が、
アスタロスへと向く。
「姿を偽っているが……
あいつはミノタウロスだ」
その言葉に、
アスタロスが肩をすくめる。
「へぇ……よく分かるな、勇者サマ」
「……ウソでしょ!?」
驚愕の声を上げたのは、
紅蓮の魔導士カリナだった。
彼女は、
ライカが抱える一冊の本を見つめ、
目を見開く。
「ちょっと待って……
あの娘が持ってるのって……」
声が、震える。
「魔導神書グリモワールじゃない!!」
「……っ!」
ライカは、
思わず魔導書を抱き締めた。
「ありゃあ……」
ガルドが首を傾げる。
「執事……とオート・マタ、か?」
ジェームスとグリモワールに視線を走らせ、
眉をひそめる。
「何でそんな連中が、魔界でつるんでやがるんだ?」
「だが――」
エヴァンスが、
一歩前に出る。
「油断するな。あの二人も……相当やる」
その一言で、
勇者一行の空気が変わった。
「……」
アレフは、
小さく息を吐いた。
(まずいな……)
敵意は、
完全にこちらへ向けられている。
(誤解を解きたいところだが……
この雰囲気じゃ、話を聞く気はなさそうだ)
エヴァンス、ガルド、リリア、カリナ――
四人の視線は、
明確に“強敵”を見る目だった。
「人間界を脅かす存在が、これほど揃っているとはな」
エヴァンスが静かに告げる。
「魔王を討つ前に――
まずは、目の前の脅威を排除する」
「ちょ、ちょっと待って!」
ライカが声を上げる。
「僕たちは――」
「黙れ」
ガルドが一蹴する。
「言い訳を聞く趣味はねぇ」
「……」
アレフは頭を掻いた。
「参ったな……」
その時だった。
――くくっ。
小さな笑い声。
アレフの視線が自然と後方へ向く。
そこには――
腕を組み、必死に笑いを堪える男。
「……」
「……?」
勇者一行の中で、
ただ一人。
《灰域の亡剣》リシェルだけが、
この場の緊張をまるで愉快な芝居のように眺めていた。
(あいつ……)
アレフの口元がわずかに歪む。
(さては、俺たちをからかって楽しんでやがるな……)
「おい、リシェル!」
そう叫ぼうとした――
その瞬間。
「……これ以上、
無駄口をたたいてるわけにはいかない」
エヴァンスが聖剣に手をかけた。
――シャラン。
鞘から僅かに抜かれた刃が聖光を帯びる。
それを見た瞬間、
アレフの身体が反射的に動いた。
「……!」
魔剣が黒炎を滲ませる。
互いに――
一歩。
その一歩が世界を分ける。
「――――」
空気が張り裂けそうになった。
その刹那――
「そこまでだぜッ!!」
鋭い声が場を切り裂いた。
リシェルが二人の間に躍り出る。
剣を抜くこともなく、だが確かな圧を纏って。
「やめろ、エヴァンス。それに……アレフ」
彼女は堪えきれなかったように吹き出した。
「くく……
悪い悪い、さすがに限界だった」
「リシェル?」
エヴァンスが眉をひそめる。
「何をしている。そいつらは――」
「違う」
リシェルは即座に言った。
「こいつらは、敵じゃない」
「……何?」
その一言で、
全員の動きが止まる。
「実はな……こいつが、噂の黒衣の英雄様だ」
「なに!?」
エヴァンスが目を見開く。
「うそ!? こんな冴えないやつが?」
カリナがあからさまにがっかりする。
「だれが冴えないやつだ!」
アレフの額に血管が浮き出る。
リシェルは肩をすくめ、
芝居がかった口調で続けた。
「こいつらも、俺たちとは別口の密命を受けて魔界に来てるんだよ」
「密命?」
リリアが首を傾げる。
「ああ。王都の……さらに上の連中からな」
(ま、俺のでっち上げだがな)
アレフは即座に理解した。
(……だが)
リシェルは続ける。
「目的は、魔王争いの余波――
それと“災厄の魔女”の動向調査」
「……!」
カリナの表情が変わる。
「災厄の魔女……
あの、伝承級の忌まわしき存在?」
「そうだ」
リシェルは真顔で頷いた。
「こいつらは、その線を追っている」
エヴァンスはアレフを見つめ直した。
「……本当か?」
「……まあ、大体合ってる」
アレフは観念したように答えた。
沈黙。
やがて――
エヴァンスは静かに剣を納めた。
「……どうやら、俺の早とちりだったようだ」
勇者はそう告げた。
「だが、その力――
危険すぎるのも事実だ」
「それは否定しない」
アレフが答える。
ライカは胸を撫で下ろし。
「よ、よかった……
いきなり戦うことにならなくて」
「残念だな」
ガルドが舌打ちする。
「結構、面白そうだったのによ」
「アンタは黙ってなさい」
リリアが肘を入れる。
リシェルは、アレフにウインクした。
「いやぁ、久しぶりに会えたと思ったら、面白い状況でな」
「後で覚えてろよ、リシェル」
アレフが小さく呟く。
「さて」
エヴァンスが一歩前に出る。
「互いに目的は違えど、魔界で利害が交わる可能性は高い」
彼は剣を握る手を緩めた。
「いい機会だ……一度、黒衣の英雄様の力を測らせてもらおうか」
アレフの口元が僅かに吊り上がる。
「――望むところだ」
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