153話 魔界樹海、邂逅
魔界の空は、常に薄暗い。
赤黒い雲が低く垂れ込め、瘴気が霧のように地を這う。
その中心に広がるのが――
枯れた樹海。
かつて命に満ちていたであろう巨木は、
幹だけを残して腐り落ち、
無数の骨のように地面から突き出ている。
その不気味な森の中で、
アレフたちは足を止めていた。
「……囲まれてるわね」
グリモワールの静かな声が、
沈黙を破る。
周囲の木陰――
そこかしこから、獣の低い唸り声が響いていた。
「数は……二十以上か」
デュラが、首だけを抱えたまま周囲を睨む。
「魔界じゃ珍しくねぇな」
アスタロスが戦斧を肩に担ぐ。
「縄張りに踏み込めば、こうなる」
その瞬間――
闇の中から、複数の影が姿を現した。
狼の頭部、
だが二足歩行を行う獣人――
ウェアウルフ。
筋骨隆々の肉体に、鋭い爪と牙。
その全てが、獲物を殺すために存在している。
そして、
その中央に立つ一体だけが、明らかに異質だった。
「――侵入者よ」
低く、威圧的な声。
他のウェアウルフより一回り大きな体躯。
人狼の王とも呼ぶべき存在――
ライカンスロープ。
「ここは我らの縄張りだ。
理由を述べよ。さもなくば――喰らう」
アレフはローブの奥から魔剣を抜き、
無気力そうに肩をすくめた。
「……“災厄の魔女”を探してる。
居場所を知ってるなら、教えてくれ」
その言葉に、
ライカンスロープの目が細まる。
「……災厄の、魔女だと?」
空気が、わずかに揺れた。
ライカンスロープは、
一瞬だけ沈黙した後――
嘲るように鼻を鳴らした。
「知っているとも。
だが、それを教えて、我らに得があるか?」
「……ない……よね」
ライカが一歩前に出る。
「でも、聞かなきゃ進めないから」
魔導神書が、
白紙の頁に光を刻む。
「ならば――」
ライカンスロープが、腕を上げた。
「力で示せ。ここはそういう世界だ。
我らに勝てば、答えをくれてやろう」
その合図と同時に――
枯れた樹海が、一斉に動いた。
「来るのじゃ!」
シノが叫ぶ。
「――迎撃!」
アレフの号令と同時に、戦闘が始まった。
「雷霆・ライトニングヴォルト!」
ライカの雷が走り、
三体のウェアウルフをまとめて貫く。
だが、残りは怯まない。
「ギャアアアッ!!」
獣の咆哮と共に、
左右から飛びかかる影。
「邪魔だ」
アレフが一閃。
黒焔斬。
黒炎を纏った刃が、
空間ごと斬り裂き、二体を灰に変えた。
「飛撃ーパーフェクト・アタック!」
ジェームスの闘気を込めた銀のトレイがエレガントに宙を舞い、二体のウェアウルフの首を刈る。
「――まだまだおるようじゃ!」
シノが竜人形態へと移行し、
蒼炎を纏った爪で敵を切り裂く。
「竜爪――裂斬!」
宙を舞う血飛沫。
だが、ウェアウルフたちは数で押してくる。
「瘴気連弾、掃射!」
デュラの魔導砲銃が唸り、
黒い弾幕が敵を吹き飛ばす。
「はっ、数で来るなら――」
アスタロスが地面に戦斧を叩きつけた。
「破衝烈斬!!」
衝撃波が樹海を薙ぎ倒し、
十体近いウェアウルフが宙を舞った。
「……なるほど」
ライカンスロープが低く唸る。
「貴様ら、ただの侵入者ではないな」
その時――
一匹のウェアウルフが、
血相を変えて駆け寄ってきた。
「王ッ!
た、大変です!
縄張りの西で――!」
言葉は、途中で途切れた。
――遠くで悲鳴が上がった。
それは、獣の断末魔。
「……何だ?」
アスタロスが眉をひそめる。
次の瞬間、
さらに近くで悲鳴が重なる。
「ギャアッ!!」
「助け――」
音が、
確実にこちらへ近づいてくる。
「縄張り争いか?」
デュラが首を傾げる。
「いや……」
アレフが目を細めた。
「動きが速すぎる」
木々の向こうで、白い光が閃いた。
「――聖剣、解放」
その声と同時に、一本の光が樹海を切り裂く。
ウェアウルフが抵抗する間もなく両断された。
「なっ……!」
ライカンスロープが振り向いた瞬間――
新たな影が、姿を現す。
そこに立っていたのは、
五人の人影。
白銀の鎧、
輝く聖剣。
その中心に立つ青年が毅然と告げた。
「――縄張り争いをしているところ、すまないな」
アレフの視線と、
青年の視線が交わる。
「だが、ここにいる者全て、
人間界の脅威となり得る存在だ」
青年――
勇者エヴァンス・ルクレシア。
「ゆえに――
このまま始末させてもらう」
その言葉と同時に、
勇者一行が動いた。
「ガルド、前へ!」
「了解!」
聖騎士ガルドの斧が唸り、
ウェアウルフを叩き潰す。
「紅蓮、展開!」
カリナの魔法陣が燃え上がり、
炎が獣たちを包み込む。
「癒しと加護を――」
リリアの光が仲間を強化する。
そして――
黒剣を携えた女が、静かに前へ出た。
「……邪魔だ」
灰域の亡剣・リシェル。
彼女の一振りで、
ウェアウルフの首が宙を舞った。
圧倒的。
それは、戦闘ではなく――
蹂躙だった。
「ぐ……!」
ライカンスロープが膝をつく。
「な、何者だ……!」
エヴァンスは冷たく告げる。
「勇者だ。
そして――人間界を守る者」
聖剣が振り下ろされ、
ライカンスロープは地に伏した。
そして――
戦場に残ったのは、
二つの陣営。
アレフたちと、
勇者一行。
「……へぇ」
アレフが魔剣を肩に担ぐ。
「いきなりだな」
エヴァンスは剣を構え、
冷静に言い放つ。
「貴様らも魔界の者だ。
ならば、排除対象だ」
ライカが一歩前に出る。
「ちょ、ちょっと待って!私たちは――」
「問答は不要だ」
エヴァンスが遮る。
その瞬間、リシェルの目が見開かれた。
「……アレフ?」
二人の視線が、再び交差する。
次回タイトル:154話 黒衣の英雄と勇者




