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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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152話 勇者たちの理(ことわり)

漆黒の空に、赤い月が滲んでいた。

濃密な瘴気が地平を覆い尽くし、

風すらも淀んでいる。


その中を、五つの影が歩いていた。


先頭に立つのは、白銀の鎧に身を包んだ青年――

ルクレシア王国の第一王子にして《勇者》エヴァンス・ルクレシア。


蒼の瞳に映る光は、決意と疲労の入り混じったもの。

だが、その歩みは迷いなく、確かだった。


「……ここが、魔界か」


吐き出された言葉には、驚愕よりも冷静な観察が混じる。


隣を歩く少女――アークプリースト《癒しの乙女》リリア・フォールンが杖を握りしめた。


「まさか、本当に人の身で踏み入れる日が来るなんて……」


「誰かがやらなきゃならないんだ」


エヴァンスの声は静かだった。


「人間界で起きている“歪み”を放っておけば、国が滅ぶ」


その言葉に、もう一人の若い女性――黒髪の剣士が応じた。


「……“歪み”の中心は、やはり魔界だったんだな」


彼女の名は、《灰域の亡剣》リシェル・ヴァルン。

かつて王都の密命を受け、病の発生源を追っていたが、

今は勇者パーティーに加わっていた。


彼女の表情は、かつての冷淡さを残しつつも、どこか迷いが見える。


「……皮肉なもんだ。俺を救った奴らと、

今こうして別の道を歩いてるなんてな」


エヴァンスはちらりと彼女を見た。


「君は君の意思でここにいる。それで十分だ」


「……王子らしい言い方だな」


リシェルが皮肉めいた笑みを浮かべる。


そのやりとりに、パーティーの《紅蓮の魔導士》カリナが小声でため息をついた。


「また始まった……二人とも仲が悪いんじゃなくて、考え方が違うだけよね?」


「考え方が違う者同士が、一つの目的で動く。

――それが“勇者一行”ってもんだ」


そう言ったのは、最後尾を歩く《聖騎士》ガルド。

巨躯の男が、肩の大斧を軽く担ぐ。


彼ら五人――

いずれも王国最強の戦力と称えられた精鋭だった。



魔界に入って三日。


彼らは、幾度となく強力な魔物を撃退し、

ようやく“異変”の核心に近づいていた。


カリナが魔導書を開き、空間の揺らぎを解析する。


「……これは、魔力の波動じゃない。もっと根源的な……

世界そのものの構造が歪んでるの」


「まるで、何かがこの世界を内側から捻じ曲げているようだな」


ガルドが腕を組む。


リシェルは無言で瘴気の中を見渡した。

風の流れが、時折“逆流”している。


「空間の歪み……あれが“ゲート”の原因か」


人間界に出現した魔物の大半は、

この“空間の亀裂”を通じて現れていた。


つまり――

魔界で起きている何かが、人間界にも波及している。


エヴァンスは短く息を吐き、剣を抜いた。

その刃には、淡い光――聖剣《ルクス・ヴァリア》が宿る。


「ここで起きているのは、単なる自然現象じゃない。

誰かが――いや、“何か”が、意図的に起こしている」


「……魔王、だな」


リシェルが呟いた。


「そうだ」


エヴァンスの瞳が鋭く光る。


「魔界では、つい最近まで“魔王の座をかけた争い”が起きていた。

強大な悪魔同士が覇権を争い、

その余波で空間が裂け、人間界へと波が届いた」


リリアが息を呑む。


「じゃあ……人間界の異常な魔物出現”は……」


「すべて、その戦いの副作用だ」


カリナがページを閉じ、静かに頷いた。


「……でも、その争いはもう終わっているのに……

なぜ、今も“歪み”が続いてるの?」


エヴァンスは空を見上げる。


その先――赤く濁った雲の奥に、

巨大な黒い城のシルエットが浮かんでいた。


「――勝者の名は、“サタン”。

奴が魔王となり、この世界の理を支配した。

だが、その力が強すぎて、

魔界のバランスそのものを壊し続けている」


リシェルはその言葉を聞きながら、

どこか遠い目をしていた。


(魔王サタン……その背後には、

“災厄の魔女”がいる――)


彼はアレフたちとの邂逅を思い出す。

聖浄の神殿で見た、あの冷たい光。


そして今――自分は王国の剣として、

彼らのいる魔界の地に立っている。


「――目的は明確だ」


エヴァンスの声が響く。


「魔王を討ち、世界の歪みを正す。

それが、俺たち勇者の使命だ」


リリアが頷き、聖光を灯す。


「神の名の下に、穢れを祓いましょう」


ガルドが戦斧を構え、

カリナが魔法陣を展開する。


そして、リシェルだけが、わずかに目を伏せた。


「……“穢れ”って言葉、軽く言うなよ」


「何?」


リリアが眉を寄せる。


「この世界に生きてるのは、人だけじゃない。

魔も、悪も、それぞれに理がある。

全部“穢れ”だって切り捨てるのは、傲慢だ」


「でも、それを放っておけば――人間が滅ぶ」


エヴァンスの声が静かにかぶさる。


「……どちらを救うかなんて、答えは一つだ」


「……」


リシェルは黙り、

腰の黒剣を抜いた。


(……俺は、もう迷わない)


彼女の剣が、微かに闇を帯びて震える。


かつて、アレフたちが見せた“力”を思い出す。

その力が、何を意味していたのか――

今の彼女には、まだ理解できない。


だが確かなのは、

世界の命を背負っているという事実だった。


魔界の大地を進む勇者一行。


瘴気は強まり、視界は濁り、

地平線の先に、不気味な樹海が広がる。


「あの樹海を越えれば……魔王城までもう少しか」


ガルドが斧を担ぎ、息を整える。


「距離は……五日といったところか」


「途中の瘴気濃度は上がるでしょう。

それに、空間の歪みも更に強くなる」

カリナが淡々と告げた。


エヴァンスは頷く。


「それでも進む。

ここで止まれば、誰かが犠牲になる」


その一言が、全員の背を押した。


リシェルは、ふと背後を振り返る。


赤黒い空の果て――

どこか遠くで、別の光が瞬いた気がした。


(……アレフ。

お前たちも、この地に来ているのか?)


声には出さず、心の奥で呟く。


“同じ魔界”を踏みしめながら、

それぞれの理想を胸に――

二つの隊は、確実に近づいていた。



夜――

勇者一行は、瘴気の少ない岩窟に野営していた。


焚き火が、赤い影を揺らす。


「……ねえ、エヴァンス」


リリアが囁く。


「魔王を倒したら……本当に、世界は救われるの?」


勇者は、しばし沈黙した。


「……救われる。

少なくとも、俺はそう信じてる」


「信じてる、ね」


リシェルが火を見つめながら呟いた。


「俺たちはいつも、“信じる”って言葉で

殺す理由を正当化してる気がするよ」


その言葉に、リリアは言葉を失い、

カリナは苦笑を浮かべた。


「あなたは昔から皮肉屋ね」


「性分だ」


リシェルは短く返す。


――だが、エヴァンスは、

静かに火の向こうを見据えた。


「俺たちは、誰かを殺すためにここへ来たんじゃない。

“終わらせる”ために来たんだ」


焚き火の火花が、弾けた。


その炎の奥――

どこかで、同じように火を囲む一団の影が、

同じ空を見上げていた。


互いに知らぬまま、

二つの光は、

やがて交わる運命にあった。

次回タイトル:153話 魔界樹海、邂逅

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