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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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151話 魔界――秩序なき大地

扉の向こうへ足を踏み入れた瞬間――

アレフは、思わず眉をひそめた。


「……空気が、重いな」


それは比喩ではない。

肺に吸い込まれる空気そのものが、粘つくように重く、

呼吸するたびに、身体の奥を侵食してくる。


「うっ……」


ライカが胸元を押さえ、わずかによろめく。


「瘴気……今までのとは、比べ物にならない……」


シノも顔色を悪くし、ジェームスは周囲を警戒するようにナイフの柄に手をかけた。


空は暗赤色に濁り、

大地は脈打つように歪み、

遠くでは、魔力の衝突による爆光が、雷のように瞬いている。


――ここが、魔界。


「……なるほどね」


その中で、ただ一人、平然としている存在がいた。


「この瘴気濃度……

通常の生命体が長時間滞在すれば、確実に内部から壊れるわ」


オート・マタ――グリモワール。

魔導人形の身体を持つ彼女にとって、瘴気は脅威ではない。


そして、その隣に浮かぶ首無しの騎士、デュラもまた、微動だにしない。


「我にとっては、故郷の空気のようなものだ」


「羨ましいな……」


ライカが苦笑する。


一方、アスタロスは――


「……はぁ……」


深いため息をつき、肩を落としていた。


彼女――いや、彼女の姿に戻ってしまった獣人の娘は、

自分の腕や脚を見下ろし、明らかに落胆している。


「せっかく、戻れたと思ったんだがなぁ……」


「ミノタウロスの姿、でございすか?」


ジェームスが尋ねる。


「おう……」


アスタロスは頭を掻く。


「デュラと分離したら、このザマだ。

魔力も、体格も……全部、元通りだ」


「……でも、生きてる」


ライカがそう言うと、

アスタロスは一瞬だけ目を伏せ、すぐにいつもの調子で笑った。


「まあな!」


だが、その笑顔の裏に、

確かな“喪失感”があることを、アレフは見逃さなかった。


その時――


「……アレフ君」


グリモワールが、周囲を見回しながら声を落とす。


「この空間……おかしいわ」


「どういう意味だ?」


「魔界そのものが、綻びかけている」


彼女が指差した先――

空間の一部が、布の裂け目のように歪んでいた。


「自然発生にしては、不自然すぎる。

誰かが……いや、“何か”が、魔界に干渉している」


アレフは、無言で頷いた。


(……災厄の魔女)


彼の脳裏に、その名が浮かぶ。


数時間――

いや、体感では数日にも感じられる時間が流れた。


だが、どれだけ歩いても――


「……街が、ないな」


シノの言葉に、誰も否定できなかった。


建物らしきものはなく、

道も、境界も存在しない。


あるのは――


「グルルルル……!」


遠方で響く咆哮。

直後に、別の咆哮がそれを打ち消す。


「――喰われてる……」


ライカが呟く。


視界の向こうで、

巨大な魔獣が、別の魔物を引き裂いていた。


血が大地に吸い込まれ、

骨が砕け、

勝者は、何事もなかったかのように去っていく。


「……ここは、強さがすべての世界」


グリモワールが告げる。


「街も、法律も、秩序もない。

あるのは――縄張りと、暴力だけ」


弱肉強食。


それが、魔界の常識だった。



「……困ったな」


数日後――

魔界を彷徨い続けたアレフは、立ち止まった。


「“災厄の魔女”の手がかりが、まるでない」


倒した魔物たちは数知れず。

だが、人語を話せる者は少なく、

話せたとしても、答えは決まっていた。


「知らん」


「聞いたことはあるが、場所までは……」


「関わりたくない」


「……情報が、霧みたい」


ライカが唇を噛む。


「魔界は広すぎるよ……」


「だからこそ」


アレフは前を向く。


「探し続けるしかない」


その言葉を合図に、

彼らは再び魔物を狩り、問い詰め、進み続けた。


疲労が溜まり、

瘴気が体力を削り、

それでも、足を止めなかった。


そして――


辿り着いたのが、枯れた樹海だった。


葉を失った巨木が、無数に立ち並ぶ。

枝は骨のように空へ伸び、

地面には、乾いた獣骨が転がっている。


「……嫌な場所ですな」


ジェームスが低く呟いた。


その瞬間――


「止まれ」


アレフが手を上げる。


空気が、変わった。


――視線。


無数の、黄色い瞳が、闇の中で光る。


「……囲まれておる」


シノが、静かに言った。


低い唸り声。

枝の上、背後、左右――


姿を現したのは、ウェアウルフ。


二足歩行の狼たちが、牙を剥き、武器を構えている。


その中心から、

一段と大きな影が進み出た。


人の姿を保ちながら、

狼の耳と尾を持つ存在。


「ここは、我らの縄張りだ」


低く、理性的な声。


「名を名乗れ、異邦人」


「……ライカンスロープ」


グリモワールが囁く。


ウェアウルフたちを束ねる、上位種。


アレフは一歩前に出た。


「俺たちは、災厄の魔女を追っている」


その名を聞いた瞬間――

ライカンスロープの目が、細くなった。


「……ほう」


口角が、わずかに上がる。


「その名を知っている者が、この魔界に来るとはな……」


周囲のウェアウルフたちが、一斉に構える。


完全包囲。


逃げ場はない。


「……教えてもらえるか?」


アレフが問いかける。


ライカンスロープは、不敵に笑った。


「――欲しいものがあれば、力ずくで奪う……それが魔界だ」


牙が、月光を反射する。


こうして――

魔界での次なる試練が、幕を開けた。

次回タイトル:152話 勇者たちの理(ことわり)

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