145話 英雄、怠惰に堕ちる
怠惰の守護者を討ち倒し、神器を従えたアレフは……しかし、勝利の代償として、本人もまた強烈な怠惰の呪いに染められていた。
石造りの広間から神域の外縁へ戻る道中でも、アレフはほとんど歩こうとせず、ジェームスとアスタロスが両脇を抱えて引きずっていた。
「うぅ……歩くって……めんどくさ……」
「おい兄貴! しゃんとしろよ! このままじゃ本当に寝たきり爺さんだぞ!」
「……寝たきり……いいかも……」
「ダメに決まってるだろうがっ!」
アスタロスが怒鳴るが、当のアレフは目を細めたまま欠伸をひとつ。
完全にやる気ゼロだ。
普段のキレ味のある表情は消え、まるで干物のように気力が抜け落ちている。
そんな彼を見て、グリモワールはひとまず精神体を神域へ漂わせ、グラトニーに問いかけた。
『グラトニーちゃん、どういうことなの? アレフ君、完全にダメになってるんだけど!?』
《おそらく怠惰の影響だろう。怠惰は、我ら大罪神器の中でもっとも強力な“怠惰性”の呪いを有している。そのうえ小僧は、すでに六つの大罪神器の呪いを己の身に取り込んできたのだ。全く影響がないほうがどうかしている》
冷淡な声で返すグラトニー。
だが、その声には微かに呆れも混ざっている。
《だが案ずることはない。小僧は六つの呪いをすべて掌握してきた。怠惰は強力な分、馴染むまで少々時間がかかっているだけだ》
『……いずれ元に戻るってこと?』
《……そのはずだ》
その言葉を聞いた瞬間、グリモワールは胸を撫で下ろすと、急いで肉体に戻り、仲間へその事実を伝えた。
「というわけで、アレフ君はただ怠惰が発動しているだけで、時間が経てばそなうち元気に戻るそうよ!」
「はあ……よかった……」
ライカが胸に手を当て、ほっと息を漏らす。
「それなら安心じゃ。ずっとこのままじゃったら、流石に困るからの……」
シノも胸を撫で下ろし、ジェームスは笑いながら、
「まあ、そこはアレフ様らしいということにしておきましょう」
と肩をすくめる。
こうして一行は、神域の光に包まれた大樹の根元へ戻り、世界樹の精霊ヴィヴィのもとへと帰還した。
「皆さま、本当にお疲れ様でございました」
ヴィヴィが深く頭を下げる。
アレフたちの帰還に気づいた精霊たちも浮遊しながら、柔らかな光を放っている。
――が、その荘厳な雰囲気をぶち壊すように、アスタロスがアレフを指差した。
「いやいや……お疲れ様って言われてもよ。こんな状態の兄貴を連れて、帰りの船旅なんてできんのかよ?」
「む……むり……歩くのもしんどい……」
「それは見りゃ分かる!」
アスタロスが叫ぶ。
そこでヴィヴィは少し微笑み、首を横に振った。
「大丈夫です。船に乗る必要はありません。世界樹の“うろ”を通れば、すぐにセルフィリア大陸へ戻れます」
「……マジかよっ!?」
アスタロスは素で叫んだ。
「はい。ただし、どこへでも行けるわけではなく……世界樹の力が流れ込み、精霊が宿る“森”や“樹海”に限られてしまいます。地脈と繋がっていない場所には出られません」
少し申し訳なさそうに肩を落とすヴィヴィ。
「ならば、豊穣の街はどうじゃ? 街の近くには大きな森が広がっておったはずじゃ」
シノが提案する。
ヴィヴィの顔が一気に明るくなった。
「それは良いお考えかと存じます! あの場所には、ウルド、スクルドと並ぶ大精霊――“大地の精霊ベルダンディ”がおります。世界樹の力が強く通っている場所です」
「では、決まりでございますな!」
ジェームスが手を打つ。
しかし、その横でアレフはというと――
「……移動……めんど……眠……りたい……」
「兄貴ィィィ!!!」
アスタロスの悲鳴が神域に木霊した。
ヴィヴィが大樹の根をそっと撫でると、空気が震えるように大きな“うろ”が開く。
まるで異世界の入口のように、虹色の光が揺らめき、緑の風が吹き抜けた。
「皆さま、この中へどうぞ。通れば豊穣の森に出るはずです」
「よし、行くぞ! アレフは……もう抱えていくしかねえな」
「……運んで……」
「お前、ほんとに英雄かよ!」
アスタロスはアレフを担ぎ上げ、皆は次々と光のうろへ飛び込んだ。
瞬間――目の前の景色がぐにゃりと歪み、世界が反転する。
駆け抜ける風は甘く、森の香りが漂い、光が再び形を成したとき。
そこは――
セルフィリア大陸・豊穣の森。
緑の大海原のただ中に立つ、穏やかな光景だった。
シノが周囲を見渡して微笑む。
「どうやら、無事に戻れたようじゃの」
「ふぅ……帰ってきたって感じだなぁ」
アスタロスが肩を回しながら喜びの声を上げる。
「……あとは、アレフ様が目覚めてくだされば完璧なのですが……」
ジェームスはアレフの顔を覗き込み、心配そうな表情を浮かべる。
アレフは……
「……寝……る……」
完全に脱力していた。
「だめだぁぁぁあ!!」
アスタロスの絶叫が、豊穣の森にこだました。
その後、一行は豊穣の森の奥へ進み、大地の精霊ベルダンディの協力によって、安全な休息の地を得た。
――こうして。
アレフたちは無事、セルフィリア大陸への“帰還”を果たしたのだった。
次回タイトル:146話 怠惰の英雄ーーそれでも歩む




