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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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144話 怠惰を縛る嫉妬

アレフは──闇に沈んだ。


守護者が放った“怠惰の深淵(スロース・アビス)”の力は、肉体だけでなく思考すら停止させる凶悪な呪い。

どれだけ喰らっても喰らい尽くせないほどであった。

アレフ個人がどれほど強靭な精神を持つ者でも抗うことは難しく、彼の身体もまた、空間に沈み込むように倒れ伏した。


ジェームスたち仲間が必死に声を上げようとしたが、怠惰の呪いに絡め取られ、声すらうまく出せない。


「……これで、おしまい……」


怠惰の守護者は、ようやく上半身を少し起こし、アレフの倒れた身体を退屈そうに見下ろした。


「呪いが効かない君は……ちょっとめんどくさかったけど……。 倒してしまえば……もう、なんでもいい……」


どれだけ油断しようとも、守護者の力は揺るがない。

この怠惰の宮殿で、彼ほどの呪力を持つ存在は他にいない。


勝利は確定した──はずだった。


「……さて、あとは……あの人たちも……止めよ……うと」


守護者がゆっくりと仲間に視線を向けた、その瞬間。


倒れていたアレフの腕が──不自然に、ぎこちなく動いた。


「…………?」


守護者が目を細める。


アレフは立ち上がらない。

ただ、まるで人形のように、ぎこちなく腕を伸ばしているだけ。


守護者は眉をひそめた。


「ねぇ……君さ……それ、なに……?」


アレフの口元が、ゆっくりと開いた。


「お前が“俺を倒した”と思ってくれて……助かったぜ」


声はアレフのものだ。

しかし、その身体は──微かに透けていた。


(……え……これ……)


守護者はようやく気づく。


これは体力を失った者の揺らぎではない。

これは── 幻想の揺らぎ。


「“嫉妬の鏡(エンヴィ)”……!」


守護者が声を上げた。


「正解だ」


答えたのは、倒れたアレフではなかった。


玉座の柱の陰から、ゆっくりと本物のアレフが姿を現す。


先ほどまで、彼は“姿隠しのローブ” を身に付け、完全に皆の視界から消えていた。


「はじめましてだな、怠惰の守護者。

 さっき倒したのは、俺の“分身体”だ」


 守護者の表情に、わずかに焦りが混じる。


「そんな……。でも……君……ずっと仲間の呪いを喰って……動けなかったはず……」


「動けなかったさ。だから“囮役”として分身体を置いた」


アレフは肩をすくめた。


「……お前の能力は全部聞いてたんだよ。 怠惰の呪い、時間停止、そして深淵の沈黙……全部な」


「……暴食の……神器か……。あの食いしん坊……余計なことを……」


怠惰の守護者はため息をつく。


「……一番の問題は……君が呪いを喰えること……。

 てっきり本体の君を止められれば勝ちだと思ったのに……」


「悪いが──本物の俺は最初から姿を消してた。

 お前が油断する瞬間を狙ってな」


アレフの手が、黒く輝いた。


仲間の呪いを喰い続けた結果、アレフの体内には膨大な呪力が溜まっていた。


それはまるで、黒い海のように底なしで、渦巻く力を放っている。


「さぁ……本番といくか」


アレフの身体が黒い光に包まれる。


影が膨れ上がり、まるで三つの塊が飛び出すように形を変えた。


「いけ──エンヴィ」


“嫉妬の鏡(エンヴィ)・分身体生成”


これまで、アレフの保持する呪力量では自身の分身体を一体生成するのがやっとだった。

しかし、今回アレフが生成した自身の分身体は三体。


「え……ちょっ……多くない……?」


怠惰の守護者の顔に、はじめて明確な動揺が走る。


本物のアレフが指を鳴らすと、三体の分身が同時に声を重ねた。


『束縛の鎖(エンヴィ・バインド)!!』


次の瞬間。


空間から無数の黒い鎖が伸び、怠惰の守護者の身体に絡みついた。


「な──っ!? これ……動け……ない……!」


怠惰の守護者は足元から天井へと、まるで蜘蛛の糸に捕らえられた蝶のように吊り上げられる。


「わるいな。 “嫉妬”の能力は、怠惰みたいな魔神属性とは相性がいいらしい」


アレフが近づくたび、守護者は鎖を軋ませながらもがく。


「動くの……めんどくさい……でも……動けないのは……もっと……いや……!」


「それが嫉妬の“束縛”の力だ。

 お前の能力を全部封じる。怠惰の呪いも、時間停止も、深淵もな」


「いや……やだ……やだ……!」


怠惰の守護者が足をばたつかせる。

しかし、鎖は一層強く締め付け、動きを完全に止めた。


(……この感覚……。

 こうまで無力なの……久しぶり……)


守護者は恐怖と怠惰、両方で身体を震わせる。


アレフはその肩に手を置いた。


「悪いが──ここで終わりだ」


「……うん……もう……いいや……」


守護者は力なく笑った。


「もう……めんどくさい……。ボクの負けで……いいよ……。早く……終わらせて……」


その言葉は、命乞いではない。

ただ単純に、“戦い続けることが面倒くさい”という怠惰そのものの言葉だった。


「なら──決着だ」


アレフの拳に呪力が集まり、まるで黒い彗星のように輝く。


守護者は抵抗すらしない。ただ、目を閉じた。


「おやすみ、“怠惰の守護者”」


黒い拳が振り下ろされた。


「煉獄炎!!」


──激しい衝撃音が広間に響く。


怠惰の守護者の身体は、砕け散ることなく、静かに闇へ溶けていった。

氷のように砕けながらも、光の粒を散らし、消滅する。


その残滓の中心に、黒く鈍く光る小さな球体が残った。


「これが……神器……? なら、お前は“スロウス”だ」


アレフが手を伸ばすと、球体はふわりと浮き上がり、アレフの手の中へと溶け込んでいく。


次の瞬間。


アレフの意識に、怠惰の声が直接響いた。


『……めんどくさいけど……仕方ないから……従ってあげる……』


『君が“スロウス”って呼んだんだから……それでいいよ……』


『これから……よろしくね……眠いけど……』


アレフは小さく笑った。


「……力を使わせてもらうぞ、“スロウス”」


怠惰の神器は、観念したように静かにアレフの魂へと溶けていった。


鎖がほどけ、広間に重くのしかかっていた呪いが完全に消える。


「……兄貴、終わったのか……?」


アスタロスがゆっくりと立ち上がる。


「ああ。こいつはもう俺のものだ」


アレフはそう言うと、気だるそうに仲間たちの目の前に立った。


「さぁ、帰るぞ。ーー次は、魔界だ。 災厄の魔女を追う。

……”めんどくせぇ“けどな」


ジェームスが頷く。

シノが微笑む。

ライカはアレフの手を取る。


怠惰の宮殿に静寂が戻る。


しかしこの時、ジェームスやライカでさえ気付いていなかった。

アレフの様子がおかしいことにーー

次回タイトル:145話 英雄、怠惰に堕ちる

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