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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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131話 霧に漂う亡者の影

朝焼けに染まるトレードの港は、漁船と商船の往来で活気に満ちていた。


アレフたちは、王都が急ぎ手配してくれた大型帆船の前に立っていた。

街道を覆う赤い砂埃とは異なり、ここには潮の匂いと爽やかな風があった。


「さて……いよいよアトランティスか」


アレフが眩しそうに水平線を見つめると、隣でジェームスが眼鏡を上げる。


「ええ、船旅は久しぶりですが……問題は“例の噂”ですな」


「ああ、幽霊船のやつか」


アレフの言葉に、他の仲間たちも顔をしかめた。


出港の準備中、荷運びの船員たちの間で、妙な噂が飛び交っていたのだ。


――アトランティスがあるとされる海域の近くに、“誰もいないのに動く船”が出没する。

――その船に近づいた船は必ず消息を絶つ。


「アトランティス付近に幽霊船……とても偶然とは思えませんね」


ジェームスが訝しげに海へ目を細めた。


「聖浄の神殿は、もうぶっ壊れて消滅したはずだよな。となると……」


「ええ。となると、アトランティスと何かしら関係があると考えるのが自然でしょうな」


ジェームスが即答する。


「ま、いざとなりゃあ、おチビの“破滅の聖歌”でどうにかなんじゃねぇか?」


アスタロスが軽い調子で口にした言葉だった――が、


「ぼ、ぼくの歌が“破滅の聖歌”!? ガーン!!?」


ライカは両手で頬を押さえ、全身でショックを表現した。


「そこまで言うなら……アスタロスさん、こんど僕の歌の練習に付き合ってもらいますからね!」


ライカの目がギラリと光った。

アスタロスはその視線に、腰が抜けそうになる。


「よかったじゃねぇか。ライカの歌を“独占”できてよ」


アレフがニヤニヤしながら肩を叩く。


「うむ。何事も訓練じゃ。繰り返せば、耐性が身に付くやもしれぬぞ?」


シノが口元を押さえ、楽しげに笑う。


「心配するな。骨は拾ってやる」


真顔で励ますデュラ。


「いやだぁぁぁあ!! こんな姿のままじゃ浮かばれねぇぇ!!」


アスタロスの情けない悲鳴が、朝の港に木霊した。


(昇天するのは確定なんだな……)


アレフは内心呆れる。


「さて、乗り込みましょうか」


ジェームスが手を叩いた。


今日の航海での操船はジェームスが担当し、補助として、風属性の適性が高いライカとグリモワールが加わる。


アレフたちは、彼が船の操縦をできたとしても、もはや驚くことはなかった。

ジェームスは、すでに彼らの中で”万能執事“という称号を獲得していた。


「風魔法なら任せて!」


ライカが胸を張る。


「うむ、歌よりは安全であろう」


「……余計なことを言うんじゃねぇ!」


デュラの言葉に、アスタロスが肩を震わせながら耳を押さえた。


こうして、賑やかで不安定、しかしどこか心地よい一行がゆっくりと船に乗り込んでいく。


やがて、出港の号砲が鳴る。


白い帆が風を孕み、大きな船体がゆっくりと岸を離れた。

港に並ぶ人々が手を振り、アレフたちもそれに応える。


「それにしても、なんだかワクワクしてきたね!」


ライカが船縁に身を乗り出して言った。


「海の旅は初めてか?」


「うん! 僕、ずっと森で暮らしてたから……広い海って、なんだか胸がドキドキするね」


無邪気な笑顔を見て、アレフは思わず口元を緩めた。


(一番楽しそうなのは……このちびか)


そんな微笑ましい空気を切り裂くように、ジェームスの声が響く。


「さて諸君、ここからは我々の腕にかかっています。

 操船は私が担いますが、補助魔法は随時お願いしますよ」


「任せて!」


「余裕だぜ」


「問題ない」


それぞれが答えると、ジェームスは軽く顎を上げた。


「では――出航です。アトランティスの謎と、幽霊船の真相を暴きに行きますぞ!」



船が沖へ進むにつれ、海面は深い瑠璃色へと変わっていく。

潮風が髪を揺らし、遠くでは海鳥が鳴いていた。


「なぁ兄貴。幽霊船って本当に出ると思うか?」


アスタロスがひそひそ声で聞く。


「噂がこれだけ広まってるんだ。何かはあるだろうな」


「……やっぱりか」


「安心しろ。万が一、お前が“破滅の聖歌の耐性訓練”で浮遊霊になっても、幽霊船のやつらと一緒に昇天させてやる……」


「ちっとも安心じゃねぇ!!」


アスタロスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


そんな中、デュラが水平線をじっと見つめる。


「……しかし、妙だな」


「どうした?」


アレフが尋ねると、デュラは淡々と呟いた。


「この海域……魔物の気配が薄すぎる。本来なら、もっと多くの魔獣が寄ってくるはずだ」


「確かに……」


シノも同意して、海面を細い目で見た。


「海魔は音と波の揺らぎを好む。これほど静かというのは……逆に不気味じゃな」


「幽霊船のせいかな?」


ライカの言葉に、アレフは無意識に背筋を伸ばす。


「アンデッドなんざ珍しくねぇが、船を操る幽霊なんて……本当にいるのか?」


「まあ、世の中には説明のつかぬことも多い。“幽霊船”という名でも、実際は魔導兵器かもしれませんしな」


ジェームスが落ち着いた声で言う。


(アトランティスは古代文明……その海域に、謎の船か……不幸体質の俺なら呼び寄せちまうんだろうな………)


アレフは大きくため息を吐く。



その日の昼過ぎ。

風は穏やかで、船旅は順調だった。


ライカが指先を動かすと、風の魔力が帆を押し、《黒衣の英雄号》は軽快に進んだ。

ジェームスの操船も完璧で、波を滑るように進む。


「すごいな……ライカの風、安定してる」


「えへへ、グリモワールに教えてもらったんだ!」


「うふふ、私にもジェームスくらいの教育の才能があるのかしら?」


「はいはい」


アレフは笑って海図を丸める。


しかし――その直後。

デュラが、ピタリと動きを止めた。


「……来るぞ」


その一言で、全員の表情が引き締まる。


「来るって、何が――」


ライカが言いかけた瞬間。

海面がぐらりと揺れた。


ゴポォ……ッ


水面に、不自然な“泡の帯”が浮かび上がる。


「これ……魔物の反応じゃないな」


シノが眉をひそめる。


アレフは視線を遠くへ向け――気づいた。


「……あれを見ろ」


濃い霧が、水平線の彼方からじわじわと迫ってくる。

夏だというのに、骨の髄まで冷えるような白い霧。


「霧? こんな晴天で、そんなのあり得るか?」


アスタロスが声を震わせる。


「いや……あり得る。もし“自然現象”じゃなければ、な」


アレフの言葉に、ライカが小さく息を呑む。


霧はみるみる濃くなり、船を包み込み始める。

視界は急激に白く曇り、船の全体が冷気に包まれた。


「……まずい、この霧……やはりただの霧じゃない」


「霧の魔法か?」


「いえ、これは……“古代魔術の残滓”だわ」


グリモワールの声が低く沈む。


白い霧の向こう――

黒く巨大な影が、ゆっくりと浮かび上がってきた。


それは、船の形をしていた。

誰も乗っていない。

朽ちた木材、穴の空いた帆……なのに、風もないのに、ゆっくりと動いている。


「本当に出やがった!!!」


アスタロスが目を見張る。


「……幽霊船」


アレフは、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。


白い霧の中、巨大な影がゆっくりと近づいてくる。


「……ただの噂じゃなかったようですな」


ジェームスが呟いた。


幽霊船の船首には、“古代文字”が刻まれていた。


ーーアトランティス号


それは、アトランティスが残した“動く残骸”。

そして、その出現は――アトランティスがまだ、生きているという証でもあった。


「全員――戦闘準備だ!!」


アレフの声が、霧に吸い込まれるように響いた。

次回タイトル:132話 霧に現れた亡霊の船

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