129話 深緑の羅針盤ーー旅芸団 前編
「さ、皆さま。港の受付へ向かいましょう。王都の船が停泊しているはずです」
ジェームスが手際よく案内し、七人は波止場へと歩を進めた。
ところが――
待ち受けていたのは、想像もしていなかった“壁”だった。
「――最果ての地? ああ、ムリだね」
受付の男は、書類をめくりながら即答した。
「む、ムリって……船なら王都が出してくれるんでしょ?」
「船だけあっても意味がねぇんだよ。最果ての地に行くには――」
男は指で空中に円を描くような仕草をした。
「《深緑の羅針盤》が必要だ。あれがなきゃ、どんな船でもたどり着けねぇ」
アレフたちは顔を見合わせた。
「ちょっと待ってくれ。その羅針盤って、どこにあるんだ?」
「さぁな。昔の航海記に名前が出てくるだけで、今はどこにもねぇ。作り方すら分からん。百年以上前から行方不明って話だ」
「……百年以上前……」
ライカが思わず呻く。
「そんなぁ……じゃあ僕たち、最果ての地に行けないってこと?」
沈んだ空気を破るように――
「お困りのようだねぇ、旅人さんたち」
ぱちぱち、と拍手しながら現れた影があった。
長い外套、つばの広い帽子、肩には小さな楽器。
芝居がかった身振りで歩み寄ってきたその男は、口元をにやりと上げた。
「お初にお目にかかる。私は旅芸人ヴィオ。大陸中の舞台を渡り歩き、噂話と怪しい話を食べて生きている男さ」
ジェームスが一歩前に出る。
「つまり、情報屋ということですか?」
「さぁ? 芸人さ。でも――耳にはよく、変な情報が入ってくるものでね」
ヴィオは目だけを鋭く光らせた。
「《深緑の羅針盤》の在りかについても……ね」
彼らは商売柄、いろんな街を訪れるため、自然と多種多様な情報を耳にするのだという。
その情報の一つに、「深緑の羅針盤」の在りかを匂わす情報があるとのことだった。
アレフの背筋がぴんと伸びる。
「本当か!?」
「本当さ。ただし――条件付きで、ね」
ヴィオは肩をすくめながら笑う。
「この街に来る途中、私の旅芸団は魔物に襲われてねぇ。
――欠員が出ちまったんだよ」
芸人らしからぬ重い声だった。
「旅芸団は今日この街で公演予定。だが人手が足りない。
そこで君たち、助っ人をしてくれないか?」
「助っ人って……芸をやれってこと?」
「そういうこと」
「えぇぇぇぇぇぇ!!」
ライカの悲鳴が港に響いた。
「無理無理無理無理!! 僕、人前苦手だよぉぉ!!」
「やってみれば案外できるかもしれませんよ、ライカ嬢」
ジェームスは何を思ったか、もう袖をまくり始めている。
「執事としての礼法芸と、護身術の演武……披露できますねぇ」
「アレフ、お前どうするんだよ!?」
「どうするって……芸って言われても……俺、剣しか……」
「剣舞とかなら出来そうじゃない?アレフ君」
いつの間にかグリモワールが柔らかく笑っていた。
「剣技でも、立ち回りでも、“芸”にはなります」
「そういう問題じゃねぇだろ!!」
即座にアレフが叫ぶ。
しかし――
「――アレフお兄ちゃん」
袖を引くライカがいた。
不安そうで、でも覚悟を決めている目だった。
「羅針盤……絶対に必要なんだよね?
だったら、やるしかないよ」
「……ライカ……」
アレフはゆっくりと息を吐いた。
「……分かった。手伝う。羅針盤の情報を教えてくれ」
ヴィオは満足そうに笑った。
「話は決まりだね。午後には公演が始まる。練習時間は……ほとんどないけど、よろしく頼むよ」
芸人は指先で軽く帽子のつばを弾き、身を翻して歩き去った。
残されたアレフたちは、しばらく呆然と海を眺める。
「……なぁ」
「なんでしょう、アレフ様」
「俺たち……旅の目的、なんだったっけ?」
「《怠惰の砂時計》の捜索よ」
「災厄の魔女の討伐じゃの」
「我は芸ができぬぞ」
「俺様もだ」
「お兄ちゃん、頑張ろ……?」
「……はぁぁぁぁ……」
アレフは目を閉じ、天を仰いだ。
「――やるしかない、か。……こうなりゃ自棄だ!みんな、覚悟を決めろ!」
「おーっ!!」
妙な方向に士気が上がり、七人は旅芸団のテントへと向かうことになった。
「衣装が足りないわ!」
「代役はどこだ!?」
「楽器、壊れてるんですけど!?」
「トラブル祭りね……」
旅芸団《巡りの灯》の本拠地となる大きなテントの中は、すでに混乱に満ちていた。
そして――
公演の時間が来た。
夕暮れのオレンジが空を染め、テント前にはすでに百人近い観客が集まっていた。
ざわざわ、ざわざわ――
期待に満ちた人々の視線が集まる。
しかし――やるしかない。
「やぁ君たち。よく来てくれた。さあ開演だ。行こう、みんな」
ヴィオの声と同時に幕が上がった。
「ほ、ほんとにやんのか……これ……」
アスタロスは壁際に立たされ、頭にりんごを載せながら震えていた。
左右に伸ばした両手の甲にも、同じくリンゴが一つずつ。
「安心なされよ、アスタロス様。わたくしの芸は百発百中でございます」
ジェームスは、どこから取り出したのか銀色のフォークを指の間で器用に回していた。
旅芸団の一座が欠員を出したため、アレフたちは“情報と引き替えに”臨時の大道芸人として出演することになったのだが――。
「いやいやいやいや! 両手を上げたままの姿勢きっついし! てか、まずフォークでリンゴ狙う芸ってなんだよ!」
「お気になさらず。所詮はサイドメニューでございますゆえ」
「意味わかんねぇよ!!」
それでも、周りの観客たちは興味津々だった。
「おい、なんか始まるぞ!」
「港町名物の芸か? 見たことないな!」
「外の旅芸人が来たらしい」
期待の視線が押し寄せる中、ジェームスは片目を閉じた。
「では……まいります」
フォークを軽く構える。
「刺突――ライト・ミート!」
飛んだ。
ヒュッ、と風を裂き――
ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ!
「……あれ? なんか多くない!?」
アスタロスが目を凝らす。
「……四本、投げてるな」
アレフが呟く。
「投げて……ますね」
ライカとシノも目を見開く。
「おや? 一本、余計でしたかな?」
ジェームスはまるで他人事のように言った。
直後――三つのリンゴが同時に破裂した。
バンッ! バンッ! バンッ!
「すっげぇ!」
「早すぎて見えなかったぞ!」
「三つ一度に当てたぞ!」
「残る一本はどうなったーー!?」
観客がざわついたその瞬間。
ーーガキィッ!!
アスタロスの歯が、見事に四本目のフォークを挟み込んで止めていた。
「…………」
静寂。
そして――
「すげぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「フォークを歯で受け止めたぞ!」
「化け物かよ!」
「天才芸人だ!!」
観客が爆発するように拍手喝采した。
「……お見事にございます、アスタロス様」
ジェームスは優雅に一礼する。
「お見事でございます……じゃねぇぇぇぇぇっ!!」
アスタロスは涙目で叫んだ。
こうして、第一演目は大盛況のうちに終わった。
次回タイトル:130話 深緑の羅針盤ーー旅芸団 後編




