128話 貿易都市トレード――最果てへの出航前夜
王都を出た朝は、どこまでも澄んだ青空が広がっていた。
奇病の瘴気に覆われていた、かつての景色が嘘のようだ。
アレフたち七人――
アレフ、ジェームス、ライカ、シノ、アスタロス、デュラ、そしてグリモワール。
新たに“最果ての地”を目指す一行は、王都の石畳の大通りを進みながら、それぞれの表情で旅立ちに向き合っていた。
「いつの間にか、大所帯になっちまったな」
アレフが言うと、
「ふふ、にぎやかでいいじゃない。冒険は、人数が多いほど楽しいものよ」
黒髪の魔導書のオート・マタ――グリモワールは微笑みながら歩く。
するとアスタロスが大きな戦斧を担ぎながら言った。
「問題は、船がこの重量に耐えらるかどうかだな!」
「……アスタロスよ、お主の心配は自分の脳筋だけにしておくがよい」
シノがため息をつきながら肩を竦める。
人化しているが、魔竜としての質量はそこそこある。
ジェームスは柔らかい苦笑を浮かべながらも、冷静に周囲を警戒していた。
「アレフ様、王都周辺は魔獣の影が強まっています。油断せず進みましょう」
その声に、ライカがアレフの袖を引く。
「ねぇ、アレフお兄ちゃん。リシェルさん……本当に大丈夫かな?」
アレフはゆっくり息を吐き、青空を仰いだ。
「ジャンヌがついてるんだ。今頃は王城で次の任務を押し付けられてる頃だろ。リシェルは強い。きっと大丈夫だ」
ライカは胸に手を当て、安心したように頷いた。
アレフの胸中には
――リシェルのおかげで、王都は“公式”に俺たちの旅を容認し、船まで手配してくれたという確かな事実があった。
もともと王都から密命を受けて動いていたリシェルは、目覚めた後、彼女が見聞きした情報を報告するため王城へと出向いていた。
その内容と流れから、「災厄の魔女の討伐をアレフたちに依頼する」といった筋書きをリシェルが用意してくれたのである。
(あいつのことだから……本当はまだ無理してるんだろうけどな)
少しだけ胸が痛む。
それでも進まなければならない。
アレフたちは王都南門を抜け、広大な街道を西へと進んだ。
目的地――貿易都市トレード。
そこから、王都が用意してくれた“最果ての地行きの船”に乗るためだ。
王都からトレードまでは、およそ十日間。
街道はよく整備されているが、人が少なく、どこか張りつめた空気が漂っていた。
その理由を、ジェームスが解説する。
「……奇病の影響で、貿易路も一時的に封鎖されていました。行き来する商人が減り、道の治安も悪化しているはずです」
「治安悪化、という名の“野盗”が増えたってことか」
「はい。彼らも生活に追われている身なのでしょうが……」
ジェームスの声が沈むと、アスタロスが肩をドンと叩いた。
「安心しろ。俺たち七人を襲うような度胸の奴はいねぇだろ」
「……デュラの存在がもう脅威じゃからの」
シノが苦笑する。
和気あいあいとした空気の中、
グリモワールがふいに足を止めた。
「アレフ。前方……気配があります」
「魔獣か?」
「いえ。人間の……しかも、かなりの人数」
アレフは剣柄に手をかけながら言う。
「野盗か。来るなら来いって感じだけどな」
だが次の瞬間、街道の先から荒い足音と怒声が響いた。
「こ、こっちへ逃げろッ!」
「た、助けてくれぇぇ!」
「やべぇ! 奴らだ!」
逃げてくるのは数人の商隊。
背後には――異形の魔獣群が迫っていた。
牛のような体躯に、樹皮のような皮膚。
口からは黒い霧を吐き、足跡が瘴気を撒き散らす。
ライカが息を呑んだ。
「……呪いの残滓……?」
ジェームスが険しい表情で頷く。
「おそらく、王都で暴れていた“呪樹の瘴気”の残りカスでしょう。野生に流れ込み、魔獣化を加速させている」
アレフは前へ出る。
「全員、散開! 攻撃は後ろへ抜けないように!」
「了解!」
七人は瞬時に布陣を築く。
アスタロスとデュラが左右から魔獣の群れを押さえ、シノが人化のまま竜気を撒いて威圧。
ジェームスは影の騎士団を呼び出し、ライカは補助魔法を散らす。
そしてアレフは剣を抜いた。
「黒焔斬ッ!!」
放たれた黒炎の刃が魔獣の進路を焼き払い、一帯を無に返す。
グリモワールも魔法陣を展開し、空中から浄化の黒閃を降らせた。
数分で戦闘は終わった。
商人たちは戦慄しながらも、深々と頭を下げた。
「あ、あんたら……王都を救ったって噂の……!」
「命を助けてくれて……本当にありがとう……!」
アレフは軽く頷くだけにして、仲間に声をかける。
「行くぞ。まだトレードまでは距離がある」
七人は再び歩き出す。
魔獣との遭遇が増えている――それは、この世界でアレフたちの知らない何かが動いている予兆でもあった。
王都を出発して十日目。
朝露を踏みしめながら街道を進むと、
遠くに巨大な港と塔が見え始めた。
海辺に広がる巨大都市――
商人たちが行き交い、万国の船が集まる《貿易都市トレード》。
白い帆が立ち並ぶ港は、朝の光を受けてきらきらと輝いていた。
白い石造りの建物が立ち並び、潮風が心地よく吹き抜ける。
巨大な市場からは各国の言葉が聞こえ、薬草、金属、宝石、魔道具……あらゆる物が並んでいる。
ライカの瞳が輝いた。
「すごい……! 王都とはぜんぜん違う!」
ジェームスが淡く微笑む。
「トレードは繁栄の象徴。とはいえ……奇病の影響で、以前より活気が少し落ちていますが」
目を輝かせるライカの隣で、アレフは深く息を吸い込んだ。
「ここが……貿易都市トレード……!」
王都を出てから十日。舗装された街道を進み、馬車を乗り継ぎ、ようやく辿り着いた海の玄関口。
人の声、商人たちの怒鳴り声、船乗りの笑い。
活気に満ちた空気が街全体を包んでいた。
アレフは港の方を見やった。
そこには――
王都が用意した“魔導船”「黒衣の英雄号」が停泊していた。
白銀の帆を広げ、魔力の光を帯びた船体。
最果ての海へ挑むための、最新式の船だ。
シノが腕を組みながら感心したように言う。
「ほう……あれが王都の最大戦力か」
「これなら外洋も越えられそうだな」
アレフは胸が熱くなるのを感じた。
この船に乗れば――
“最果ての地”へ到達する。
そして怠惰の神器へ辿り着く。
(ここからが本番だ)
仲間たちもそれぞれ表情を引き締めていた。
アレフは全員を見回す。
「――行こう。最果てへ」
七人の仲間が一斉に頷いた。
こうして、貿易都市トレードへ到着したアレフたちは、
次なる大海原への航海に向けて準備を開始する。
次回タイトル:129話 深緑の羅針盤ーー旅芸団 前編




