↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/156

119話 鏡界のアレフ

魔物の咆哮が、夜を裂いた。


黒雲の向こうから響く低い唸りは、まるで世界そのものが唸り声を上げているかのようだった。

街の外縁で灯る松明の列が、押し寄せる影に呑み込まれるかのように揺れている。


アレフたちは宿に急いで戻る途中、丘の上からその光景を目撃した。


「……なに、あれ……!」


ライカが震えながらアレフの腕を掴む。


「お兄ちゃん……街が……飲み込まれちゃう……!」


アスタロスは戦斧を握りしめた。


「……一万じゃきかねぇな。あれは……終わりがねぇ」


デュラが無言で剣を抜く。

首を片手に持ちながら、じっと前を見据えた。


ジェームスは静かに言った。


「アレフ様。……これは、何者かの“作為”です。自然発生ではありえません」


「……ああ。おそらく聖浄の神殿が絡んでる」


アレフは魔剣を握り、息を吸い込んだ。


「……どう見積もっても、数が桁違いだな」


褐色の肌に血潮のような光を宿して、アレフが呟いた。


その視線の先には、闇に塗りつぶされた森から途切れることなく溢れてくる魔物の大群が広がっている。

牙を鳴らし、土を踏み砕き、獣臭と瘴気を混ぜたような嫌な風がこちらへ押し寄せてくる。


隣で戦斧を構えたアスタロスが歯噛みした。


「兄貴。このままじゃ……街が保たない」


「分かってる。だけど、やりようはある」


アレフは視線だけで周囲を走査した。

ジャンヌたち討伐隊は街の防壁前に集結している。

しかし、彼らの総戦力は百にも満たない。

一方、押し寄せてくる魔物は千の単位では済まない。上位種の気配も混じっている。


まともにやり合えば――持ちこたえられない。


シノが振り返り、口元にかすかな不安を滲ませた。


「アレフ……今の妾たちだけでは、正面から押し返すのは困難じゃ」


「だからこそ、俺がやる」


アレフは深く息を吸い、胸の奥で蠢く“呪いの力”を押し上げた。

心臓の鼓動が一瞬だけ重く跳ねる。

背筋を熱が這い上がると同時に、左手に握った神器《嫉妬の鏡(エンヴィ)》が淡い翠光を放った。


ライカが驚いたように振り返る。


「お兄ちゃん……まさか、エンヴィを使うつもりなの?」


「ああ。使えるものは全部使う。でなきゃ、皆を守れない」


覚悟を決めた声音だった。


“嫉妬”の鏡《エンヴィ》。

その第一の能力――鏡界。


対象の姿と能力を写し取り、複製を作り出す。

ただし、人間を対象とする場合、「使用者と同ランク以下」の者に限られる。

人間以外なら総合的な能力値が同等かそれ以下である必要があり、当然ながら万能ではない。


だが――。


(俺自身を複製するなら、条件はすでに満たしている)


アレフは鏡を持ち上げ、静かに呪力を流し込む。

鏡面が渦を巻き、闇の底から滴るような翠光が広がる。そこに映るのは一人の少年――アレフ自身。


次の瞬間。


鏡から抜け出すようにして、一人の“アレフ”が歩み出た。


瞳の色も、呪いの気配も、戦闘力も本物のアレフと寸分違わない。

ただし――性格や感情までは複製されない。

より冷静で、戦闘思考に特化した“戦闘特化型アレフ”。


複製アレフは無表情のまま、主であるアレフに頭を下げた。


「命令を」


ライカが息を呑む。


「す、すごい……本当にアレフお兄ちゃんが二人……」


「だが、かなり呪力を持っていかれちまった……これ以上の複製は無理だな」


アレフは軽く笑い、同時に懐から漆黒の杖――死霊王のワンドを取り出す。


「けど、まだこいつがある。 数には数で対抗する」


アレフは死霊王のワンドを複製アレフの前に差し出した。


「これを持て。ジャンヌと合流したら、呪力が尽きるまで死霊を召喚しまくれ。遠慮はいらない」


続けてアレフは次々と指示を飛ばした。


「ジェームス、アスタロス、デュラ、グリモワールは、複製アレフと街の防衛を頼む。俺は——森へ向かう」


「森へ?」


シノが振り向く。


「ダンジョン・コアがある。グラトニーがそう言った。コアを壊さなきゃ……街は確実に壊れる。いや、この地域全部が消える」


風がアレフの赤髪を揺らした。


複製アレフは死霊王のワンドを受け取ると、ジェームスたち四人と共に一斉に街方面へ駆け出す。


「……これで、街を落とされる心配はだいぶ減ったな。 だが、これで全部終わるわけじゃない」


シノが深く頷いた。


「魔物の進行方向を逆にたどった先、そこにダンジョン・コアはあるはずじゃ」


「よし――俺たちはそっちだ」


アレフ、ライカ、シノの三人が森へ向き直る。


背後で死霊軍の咆哮が響き、複製アレフの呪文詠唱が響きわたる。

街の方角では、既に魔物との激突が始まっていた。


アレフは振り返らず、拳を握りしめた。


「街はあいつらに任せる。俺たちは――本丸を叩く」


丘を駆け、森の入り口へ向かうアレフ。

その背中に、グラトニーの声が響く。


《小僧……あのコアは危険だ。我らでも、吸収しきれんかもしれん》


「……わかってる。けど、やらなきゃ誰も助からない」


息は荒れているのに、足は止まらなかった。


街の惨状が頭に焼き付いていた。


泣き叫ぶ子ども。

震える老人。

血まみれのシスターたち。

必死で光を放つジャンヌの姿。


「——助ける。絶対に」


木々の間に、不気味な脈動が見え始める。


森そのものが、呼吸していた。


ダンジョン化。


それは、本来ならば自然に形成され、時間をかけて成熟するものだ。


だがここは違う。


突然変異。

人工の魔力注入。

そして……誰かの意図。


《気を付けろ。コアの力が……お前を喰おうとしている》


「喰うなら……喰われる前に喰ってやるさ」


赤い髪が風に舞う。


「待ってろ、アバンダス……必ずこのスタンピードを止める!」


その瞳は、炎のように揺れていた。

次回タイトル:120話 死霊王の軍勢

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。