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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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112/156

112話 嫉妬の鏡界 中編

その頃――


別の場所では、本物のライカが目を覚ましていた。

彼女もまた、鏡の中の世界に囚われていた。


「ここは……?」


周囲には、白い花畑が広がっていた。

空は青く、鳥が歌い、風が香る。

だが、その美しさの奥に、何かが違うと本能が告げていた。


すると、前方から“自分”が歩いてきた。

まったく同じ姿、同じ声。

ただ――その“ライカ”の瞳だけが、冷たく濁っていた。


「ねえ、どうしてなの?」


偽ライカが囁く。


「アレフはあなたばかり見てる。あんなに多くの人がいるのに……。あなたは、それが当然だと思ってるの?」


本物のライカは息を呑む。


「……そんなこと、思ってない!」


「嘘。嫉妬してる。 ルーミエルが祈るたびに、あなたは不安になる。 アスタロスがアレフを信頼するたびに、あなたは胸がざわつく。 ねえ、違う?」


偽ライカの言葉が突き刺さる。

鏡の花畑が波紋のように歪み、花々が黒く染まっていく。

本物のライカは膝をつき、胸を押さえた。


「やめて……やめてよ……!」


「本当のあなたを、見せて」


偽ライカが指を鳴らす。

空が裂け、鏡の破片が降り注ぐ。

花畑は闇に沈み、ライカはその中で引き裂かれるような痛みに喘いだ。


――そのとき。


遠くから、低い咆哮が響いた。

それは“アレフ”の声だった。


闇が震え、鏡が砕け、二つの世界が重なり始める。


*


アレフと偽アレフの剣が、空間の中心で激突する。

黒炎と翠光がぶつかり合い、鏡がひとつ、またひとつと割れていく。


「おまえが本物のつもりか?」


「そうだ。俺は“最強を目指す”者だ」


「最強? 違う。おまえは“喰らってる”だけだ!」


偽アレフの剣が爆ぜる。

嫉妬の炎が暴食の黒炎を侵食し始める。

その瞬間、アレフの心に浮かんだのは――ライカの叫び声だった。


『アレフお兄ちゃん――! 助けて!!』


空間が一瞬だけ繋がる。

鏡越しに見えた、苦しむライカの姿。

彼女の頬を伝う涙が、まるで現実のように輝いていた。


「……!」


アレフの瞳が燃え上がる。

黒炎が逆流し、鏡を焦がした。


「その声を――傷つけるな!」


暴食の魔剣が全てを喰らう。

嫉妬の炎さえも飲み込み、偽アレフの姿を崩壊させた。


しかし、その直後。

アレフの足元が再び崩れ、鏡の底へと引きずり込まれる。


――彼の視界に映ったのは、

“もう一人のライカ”が微笑む姿だった。


*


――鏡が砕け、空が裏返る。

その瞬間、ライカの前に“もう一人のアレフ”が現れた。


黒い外套、燃える瞳。

けれど、その目は優しさを失い、

愛ではなく所有欲の炎で満ちていた。


「……アレフお兄ちゃん?」


ライカは思わず呼びかける。

だが、偽アレフは微笑みながら彼女の手首を掴んだ。


「やっと、見つけた。もう離さないよ」


「痛いっ……お兄ちゃん、やめ――」


握る力が強まる。

その瞳の奥には、愛ではなく、焦燥と独占の影。


鏡の世界が震え、空気が重くなる。

偽アレフの周囲に、黒炎と翠光が絡み合い、

嫉妬そのものが具現化していく。


「おまえは、俺だけを見ていればいい。他の誰も、必要ないだろう?」


「……ちがう! そんなの、アレフお兄ちゃんじゃない!」


ライカは魔導書を構えた。

雷光が奔る。


「《雷鳴の槍(ヴォルト・ランサー)》!!」


轟音と共に、閃光が偽アレフを撃つ。

だが彼は微動だにしない。

逆に、黒炎が雷を飲み込み、彼女の足元を焼いた。


「やっぱり、おまえは……俺がいなきゃ生きていけない」


偽アレフの声が耳元に囁くように届く。

まるで、愛の言葉のようで――けれど、その奥底に歪んだ執着が潜んでいた。


ライカは後ずさる。


「いや……そんなの、違う……! 本当のアレフお兄ちゃんは――」


その瞬間。

背後の鏡が破裂した。

黒い影のような腕が伸び、偽アレフの首を掴む。


「――黙れ。俺の仲間に、触れるな」


本物のアレフだった。


彼の体から黒炎が立ち昇り、空間そのものを喰らうように渦巻く。

足元に魔紋が展開し、鏡の世界が軋んだ。


「……遅いよ、お兄ちゃん!」


「悪い。道中、俺のコピーが邪魔してた」


偽アレフが笑う。


「二人そろって、ようやく完全だな。絆と嫉妬、どちらが勝つか……見せてみろ!」


鏡の空が裂け、数十の偽影が生まれた。

すべてアレフとライカの姿――無数の“嫉妬の幻影”だ。


アレフは剣を構える。


「ライカ、背中を任せる」


「うん……絶対、離れない!」


二人の間に、短くも確かな信頼が走る。

同時に、無数の幻影が襲いかかった。


雷と炎が交錯する。

黒炎が喰らい、雷槍が貫く。

鏡が砕けるたび、空間が悲鳴のような音を立てて軋んだ。


ルーミエルの祈りの声が、遠くで響く。

どうやら彼女たちもまた、別の鏡層で戦っているらしい。

祈りの光が一瞬だけ差し込み、ライカの雷が純白に変わる。


「――これで、終わり!」


「喰らえ、《雷霆連撃(ヴォルテック・バースト)》!!」


ライカの雷光とアレフの黒炎が融合した。

轟音とともに、幻影たちが一斉に焼き尽くされていく。

だが、最後に残った偽アレフだけは笑っていた。


「……そうだ。その力が、おまえを壊す」


偽アレフの身体が崩壊しながらも、

その笑みだけが残り、鏡の中へと吸い込まれていく。


――静寂。


鏡の破片が雪のように降り注ぐ。

アレフは息を整え、ライカの肩に手を置く。


「もう大丈夫か?」


「うん……でも、あの声……まだ、聞こえる気がする」


ライカの視線の先。

鏡の奥で、翠色の光が脈打っていた。


それは、まるで“心臓”のように鼓動している。

ルーミエルが言っていた“嫉妬の神器”――

その核、《エンヴィ・ミラー》が目覚めようとしていた。

次回タイトル:113話 嫉妬の鏡界 後編

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