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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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111話 バビロンの空中庭園ーー嫉妬の鏡界 前編

幾千の風が絡み合い、光が滝のように降り注ぐ――。

 

雲海の上に咲く、永遠の庭。

神々が去った後もなお、嫉妬と祈りが眠る場所。

そこが――“バビロンの空中庭園”だった。


アレフたちは、蒼穹を渡る飛竜の背にいた。

翼の根元に刻まれた古代魔紋が淡く輝き、飛行の加護を保つ。

背後では、ルーミエルが祈りの旋律を紡ぎ、風の精霊たちを安定させていた。


「……ここが“嫉妬の庭園”」


ジェームスが鋭い視線を前方に走らせる。

彼の目の先、天空を覆うような翡翠色の障壁が蠢いていた。

庭園を守る結界だ。風も光もねじ曲げるほどの力場。


ライカが息を呑む。


「すごい……まるで、鏡みたい……!」


確かに、結界は光を反射し、まるで空の一部が“反転”しているようだった。


アレフは無言で前方を見つめる。

彼の掌には、グリモワールの黒い文様が浮かんでいる。

“暴食”の神器グラトニーが、何かを感じ取っていた。


《……この先に、いる》


低く呟いた声に、空気が震えた。

ルーミエルが頷く。


「嫉妬の神器――“鏡”は感情を喰らう。近づくだけで、心を試されるでしょう」


突如、飛竜の進路が狂った。

結界から放たれる風の渦が、彼らを弾き飛ばす。


「ジェームス、右へ!」


咄嗟に手綱を引き、飛竜が反転。

雷が閃き、空の裂け目から魔物の影が降りてきた。


黒翼を持つ蛇――“スカイ・リザード”。

その眼は緑の嫉妬で濁り、唸り声は空を裂く咆哮。


「いきなりすぎるよ……!」


ライカが慌てて魔導書を構える。


「《雷槍(ライトニング・ランス)》!」


光の槍が放たれ、空を裂いた。

だが、リザードたちは鏡のような鱗で反射し、逆に雷撃を返す。


アスタロスが舌打ちした。


「面倒な鱗だな……鏡面装甲か!」


「なら、ぶち壊すまでだ」


アレフの瞳が黒く輝く。

彼は暴食の剣を抜いた――黒炎が空気を喰らい、刃の周囲が歪む。


風が爆ぜた。

“暴食”の黒炎が、雷を呑み込み、鱗を溶かす。

一撃で三体のスカイ・リザードが霧散した。


「お兄ちゃん、すごい!」


ライカが笑みを浮かべた瞬間――


“カン……”


乾いた金属音が響いた。

それは、どこからともなく降ってきた。


ルーミエルが眉を寄せる。


「……鏡? 近づいている……!」


彼女の言葉通り、前方の翡翠結界がゆっくりと“開いた”。

鏡の水面のような裂け目。

そこから、誘うような女の声が響いた。


『ようこそ――嫉妬の庭へ。強き絆で結ばれし者たちよ』


次の瞬間、世界が反転した。


風も、光も、音も――すべて“裏返る”。

アレフたちは落下しながら、空と地の境を失う。

ライカが悲鳴を上げ、ルーミエルが祈りを紡ぐ。


「《聖盾(セラ・ヴェール)》――!」


光の膜が広がり、彼らの身体を包む。

だが、すぐに光が歪み、ルーミエルの叫びがかき消えた。


――そして。


気づけば、アレフとライカの二人きりだった。


周囲は鏡のような空間。

無限に映る自分の姿。

光はなく、風もない。


ただ、鏡の奥で“誰か”が笑っていた。


鏡の空間は、静かだった。

だが、その静けさこそが“罠”のようだった。


ただ一枚――

緑に脈打つ鏡が、心臓のように光を放っていた。


それは、まるで“感情”そのものが形を成したようだった。

嫉妬、羨望、執着。

他人を憎み、他人になりたいと願う――その醜い衝動の結晶。


アレフは静かに前へと歩を進める。

ライカはその背に声をかけた。


「お兄ちゃん……本当に、行くの?」


「行くさ。――あれを、終わらせなきゃならない」


鏡の周囲には、無数の亀裂が走り、そこから黒と緑の靄が立ち上っている。

まるで“嫉妬”が大地の奥から噴き出しているようだ。


ライカが足元の魔法陣を観察して呟く。


「鏡面を媒介に、感情を具現化している……。まるで心の呪術工房みたい」


「離れるな、ライカ。ーー油断するなよ」


アレフの言葉に、ライカは小さくうなずく。


「うん。わたしは平気だよ……いつだってアレフお兄ちゃんが守ってくれるもん」


ライカは微笑み、アレフの腕を取る。

しかし、アレフはわずかに眉をひそめた。


「……ああ、そうだな。あいつは俺が守ってやらなきゃな」


アレフはライカの手を引き剥がす。


「あいつ? あいつって誰のこと?」


ライカは首を傾げた。


「んなもん……本物のライカに決まってんだろッ!」


アレフは素早く魔剣を手に取ると、ライカの身体に突き刺した。

途端、ライカの姿がひび割れるようにして砕け散っていく。


「……なんで……偽者だって気付いた...の?……お兄…ちゃん」


偽者のライカがアレフに問うも、アレフがそれを答えたのは彼女の身体が完全に砕け散った後だった。


「……あいつは普段、自分のことを“わたし”なんて言ったりしねぇんだよ」


アレフの言う通り、ライカは自身のことを”僕“と呼称している。


気を取り直し、アレフは剣を構えると、慎重に一歩踏み出す。

足音が、何重にも反響する。

鏡面の床が微かに波打ち、自分の姿が揺らめいた。


彼は無言で前進する。

だが、数歩進むごとに、映る“自分”の表情が変わっていった。

ひとつは怒り、ひとつは悲しみ、ひとつは笑み。

やがて――ひとつが、アレフの動きとは違う動作をした。


その瞬間、空間が割れた。


鏡の破片が弾け、光の中から“もうひとりのアレフ”が現れる。

黒炎の剣を構えた、完璧な模倣。

いや――感情だけが違う。

その瞳には、狂おしいほどの嫉妬が宿っていた。


「……“嫉妬の鏡”か」


アレフが低く呟く。

対峙する偽アレフが嗤った。


「おまえはいつも他人を喰らってばかりだ。羨ましいよ、アレフ。皆に慕われ、選ばれ、そして“器”にまでなった。俺は……その残り滓(かす)だ」


声は完全に同じ。

だが、響く温度が違う。

嫉妬が凝縮し、呪いのような重さを帯びていた。

次回タイトル:112話 嫉妬の鏡界 中編

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