110話 暴風域の試練ーースパイラル・テンペスト
彼らの前に、巨大な渦が現れた。
空の海を巻き込み、雷と風が唸りを上げる――天を貫く暴風域。
「これが……スパイラル・テンペスト……」
ライカが蒼ざめる。
「この暴風を越えなければ、空中庭園には届きません」
ルーミエルが祈るように両手を掲げる。
「風の巫女として、加護を――《セレスティア・サークル》!」
彼女の足元に浮かぶ巨大な魔法陣。
青白い風が円を描き、飛竜たちの翼を包む。
「進め! 風の守護は我らにある!」
しかし、その中心には“暴風の核”が存在した。
竜のような形をした風の巨霊――テンペスト・タイラント。
その体は雷雲の塊、翼は稲妻、咆哮は暴風そのもの。
「アレフ、あれを……!」
「わかってる!」
アレフの瞳が燃える。
「グラトニー、喰らうぞ――!」
魔剣が呻き、黒炎が渦を巻く。
暴風が牙を剥き、彼らを飲み込もうとする。
シノが竜人形態に変じ、雷撃を纏う。
「――竜雷閃!!」
轟音が響き、雷と雷がぶつかり合った。
「デュラ、援護!」
「承知した」
首無しの騎士が瘴気を放ち、結界を展開。
「瘴気の竜巻!!」
暴風がぶつかり、黒と青の光が爆ぜる。
アレフが一歩踏み込んだ。
「黒竜煉獄刃――喰らえ!!」
黒炎竜が咆哮を上げ、暴風の核を飲み込む。
風が悲鳴を上げるように軋み、そして――静寂。
暴風が消え、陽光が戻った。
ルーミエルが目を見開いた。
「暴風そのものを……“喰った”のですか……あなたは……いったい……」
「彼はね、災厄を喰らって生きる人間なの」
グリモワールが微笑む。
それから間もなくしてーー
暴風を越えた先に、巨大な廃墟群が浮かんでいた。
崩れた神殿、折れた塔、無数の翼の石像。
それらは、天翼人の祖が築いた“失われた都”だった。
「ここは……古の天空都市」
ルーミエルの声が震える。
「嫉妬に呑まれた巫女が、神々の秩序を壊し……この都は落ちたのです」
石碑に刻まれた文字が淡く光る。
“嫉妬は天をも堕とす”――
アレフがその文を見つめ、低く呟く。
「嫉妬……誰かを羨む力が、これほどの災厄を?」
ルーミエルは静かに首を振る。
「嫉妬とは、愛の裏返し。愛が深すぎた巫女は、神に選ばれなかった自分を呪い……最後は神器に身を捧げたのです」
グリモワールが冷静に言った。
「つまり、嫉妬が巫女の力を得たということね……」
風が鳴く。廃墟が軋む。
そして、空がざわめいた。
「何か来るよ――」
ライカが魔導神書を開く。
崩れた神殿の影から、亡霊のような翼持つ騎士たちが浮かび上がる。
天空の亡霊。
かつて嫉妬に殺された戦士たちの残滓。
「俺たちを試すつもりか……上等だ!」
アレフが剣を構え、黒炎を纏う。
「黒炎渦・終焉の一閃!!」
黒い渦が走り、幻影の翼を焼く。
だが、次々と蘇る亡霊。
「数が多い!」
アスタロスが戦斧を回転させ、豪裂旋!!
風が爆ぜ、亡霊が吹き飛ぶ。
「氷槍嵐!!」
「雷鳴轟斬!!」
「竜雷閃!!」
三者の力が融合し、
「――氷竜雷覇!!」
光が爆発し、空が震える。
亡霊たちは光となって消えた。
静寂が戻る。
廃墟の中心、更なる上空への階段が現れた。
ルーミエルが涙を拭う。
「この先が、“空中庭園バビロン”です。ですが……そこに待つのは、あなた方が想像する以上の――嫉妬の化身」
空中庭園の門前。
巨大な光の門が浮かび、そこを守るように一体の魔獣が立ち塞がる。
六つの翼、三つの頭。
天空の番犬。
「侵入者、排除」
抑揚のない声と共に、光刃が放たれた。
「散開ッ!」
アレフの号令。
ジェームスが前へ出る。
銀のトレイで光刃を受け止める。
「アレフ様、今です!」
「黒破斬・傲岸不遜の一閃!!」
アレフの剣が光を斬り裂き、魔法を無効化する。
「魔法を斬れるってのは……やっぱり便利だな!」
シノが魔竜化し、空へ。
「魔竜雷閃砲――放射ッ!!」
雷撃がセラフ・ケルベロスの胴体を貫く。
だが、再生。
「再生じゃと!? 厄介じゃの……」
グリモワールが魔力を高める。
「ライカ、合わせなさい!」
「うん! 輝印結界――融合!」
二人の詠唱が重なる。
「――ルミナ・カタストロフ!!」
眩い光の奔流が炸裂し、セラフ・ケルベロスの翼を焼き尽くした。
アレフが跳ぶ。
「黒竜煉獄刃――終焉の獄炎!!」
黒炎竜が咆哮し、青い炎が爆ぜた。
爆音の中、セラフ・ケルベロスが崩壊。
光の欠片が風に舞う。
その中に――一つの鍵が浮かび上がった。
ルーミエルがそれを手に取る。
「これが……空中庭園の“門鍵”……」
白金の鍵が光を放ち、門がゆっくりと開く。
中から吹き出すのは、甘い香りと静かな風。
そこには、果てしなく広がる天空の庭園。
花々が宙に浮かび、水が逆流し、空の滝が虹を架けていた。
「これが……“空中庭園バビロン”……」
ライカが息を呑む。
ルーミエルが一歩進み、振り返る。
その表情は悲しげだった。
「嫉妬の神器――“エンヴィー”は、この庭園の最奥に眠ります。ですが……私には、それを封じる役目がある」
アレフが目を細める。
「封じる役目?」
彼女は静かに頷く。
「私は、嫉妬の巫女の末裔。この庭園を守るために生まれた者。けれど……あなた方のような者を、ずっと待っていました。嫉妬を超える“意志”を持つ者を」
風が鳴く。空が光る。
アレフは前を見据えた。
「だったら――その試練、喰ってやるさ」
ルーミエルは微笑んだ。
「どうか……嫉妬の闇を、終わらせてください」
扉が開かれる。
眩い光が一行を包み――
空中庭園の迷宮が、彼らを迎え入れた。
その光の先に待つは、
絆と憎しみ、そして“嫉妬”が生んだ天上の悲劇。
災厄を喰らう少年の、新たなる戦いが始まる。
次回タイトル:111話 バビロンの空中庭園ーー嫉妬の鏡界 前編




