109話 浮遊大陸ーーバビロニア王国
白光が裂け、バベルの塔の最上層から放たれた転移陣の光が消えたとき――アレフたちの足元に広がっていたのは、無限の蒼空だった。
浮遊大陸
その名にふさわしく、彼らが降り立った場所は、まるで空そのものに浮かぶ大地だった。
雲海の上を、黄金の陽光が滑り落ちる。
風が鳴き、空気が甘い。地上の瘴気や腐敗とは正反対の、澄みきった世界だった。
大地の縁では、巨大な“浮遊石”がゆっくりと脈動し、光の柱を立てている。
それがこの浮遊大陸を支える《浮上機構》の一部らしい。
「……地上とはまるで違うね」
ライカが瞳を輝かせる。
「この魔力密度……おそらくは、古代天界の技術ね。重力制御と大気循環を同時に行っているわ」
グリモワールが柔らかく応じた。
アレフは見渡した。
遠くに、白亜の城塞群――まるで雲の城のような都があった。
天へ突き立つ塔、空を渡る橋、そして翼を持つ者たちが優雅に行き交っている。
その都こそ、浮遊大陸の中心――バビロニア王国首都だった。
風の流れに乗るようにして、白い羽を広げた一団が近づいてくる。
天翼人の兵士たちだ。金の鎧に蒼の羽、そして頭には光輪のような装飾。
「地上の者か? ここは空の民の国――目的を述べよ」
槍を構える兵士の声に、アレフが前へ出る。
「俺たちは“嫉妬の神器”を探している。王国の許可を得たい」
その言葉にざわめきが起きた。
“嫉妬”――それは彼らの間でも、忌むべき名だったらしい。
やがて、一人の女性が前へ出る。
透きとおる白銀の髪に、背には純白の翼。
その美しさは、まさに神話から抜け出したようだった。
「ようこそ、地上の者たち。私は天翼人の巫女。王に代わって、あなた方をセレスティアへと案内いたします」
その声は澄み、空の鐘のように響いた。
セレスティアの街は、光と音に満ちていた。
浮遊石でできた大通りを、羽根を持つ商人や職人たちが行き交い、ゴーレムが荷を運ぶ。
地上では見たことのない透明な金属や、空を泳ぐ鯨のような魔獣までが存在した。
アレフたちはその光景に圧倒されつつも、王宮へと向かう。
謁見の間で待っていたのは、蒼銀の鎧を纏う男――飛竜人の族長。
筋肉質の身体に黒い竜翼を持ち、黄金の瞳が鋭く光る。
彼の隣には、巫女ルーミエルが控えていた。
「地上の者よ、貴様らが“呪われた神器”を集めているという噂、まことか?」
「ああ。目的は”災厄の魔女“を打ち滅ぼすことだ」
アレフの言葉に、ヴァルガスは眉をひそめる。
「度々世界に混乱をもたらす存在“災厄の魔女”……かつて魔女に挑んで帰って来た者はいないと言うが……七つの大罪シリーズを揃えし者ならあるいは……」
一瞬そう考えたヴァルガスだったが、彼はフッと笑い、首を横に振った。
「勇ましいが、無謀だな。嫉妬の神器は、この空に生きる我らですら近づけぬ“禁忌の庭園”にある」
ヴァルガスの言葉をルーミエルが静かに引き継ぐ。
「空中庭園――“バビロン”。それは我らの祖たる天翼人が築いた聖域の迷宮」
「聖域の迷宮……つまり、嫉妬の神器が眠るダンジョンか」
ルーミエルは無言で頷いた。
「目的地は決まったな。――空中庭園」
アレフの口角がわずかに上がる。
「空中庭園へ至るには、《スパイラル・テンペスト》を越えねばなりません。それは天を貫く暴風の海。普通の翼では、一瞬で吹き飛ばされるでしょう」
「構わない。行くしかねぇんだろ?」
ヴァルガス――飛竜人の族長が低く笑った。
「我ら飛竜人が誇る騎士団、《蒼風の槍》を同行させよう。地上の者よ、貴様らが天を目指す覚悟があるならばな」
アレフは頷いた。
ルーミエルが一行を見つめる。
「行くというのですね……嫉妬の神器を手に入れるには迷宮を攻略せねばなりません。
それを成し得た者のみが、嫉妬の神器を所有する資格を得るのです」
その声には、どこか寂しげな響きがあった。
まるで、彼女自身がその“嫉妬”に縛られているかのように。
――風が鳴いた。
アレフはその音を背に受け、決意の眼差しで前を見据えた。
「いいさ。どんな試練だろうが、喰って進むだけだ」
彼の魔剣が黒い光を宿し、微かに震えた。
*
雲を裂いて進むのは、手懐けられた飛竜の背に跨る一行。
風が唸り、陽光が閃く。
眼下には、果てしない白の海。
だがその静寂を、突如として破る影があった。
「前方、群体反応! 魔力波、大きいわ!」
グリモワールの叫びと同時に、青い閃光が空を走った。
飛竜の前方から、雷を纏うトカゲ型の魔獣群――**雷蜥蜴**が襲来する。
「教育のしがいがありそうです!」
ジェームスが風を裂くように跳び上がる。
銀のトレイを盾に、雷撃を弾き、ナイフを抜く。
「レッスン1――鋭切ーレフト・ミート!!」
鋭い軌跡が空を裂き、雷蜥蜴の首を一閃。
続けて、アスタロスが咆哮を上げる。
「雷鳴轟斬!!」
雷光とともに、戦斧が空を叩き割った。
閃光が奔り、群れが焼き尽くされる。
「まだ来るよ! 上空にも!」
ライカが頭上を見上げる。
デュラは上空に腕を向け、魔導砲銃”レクイエム“に瘴気を集約させる。
「瘴気砲ッ!!」
魔導砲から放たれた瘴気の奔流が黒柱となって光蝶群の群れを呑み込んだ。
空を切り裂く戦い。
風圧に翻弄されながらも、彼らは一匹たりとも逃さない。
アレフが剣を構え、黒炎を纏う。
「――黒焔斬!!」
黒い閃光が、空を裂いて貫いた。
雷雲が弾け、陽光が再び差し込む。
「……これが、空の洗礼か」
アレフが剣を納め、息を吐いた。
ルーミエルが微笑む。
「まだ序の口ですよ。真の試練は、これからです」
次回タイトル:110話 暴風域の試練ーースパイラル・テンペスト




