100話 オート・マタ《グリモワール》
マージラルの街に戻ったアレフたちを迎えたのは、
燻る金属と魔力の匂いが混じり合う――バッカスの工房だった。
「おう、戻ったか。ずいぶん派手にやってきたようじゃねえか」
油と煤で黒ずんだ顔に、豪快な笑みを浮かべながらバッカスが迎えた。
その背後では、巨大な円環状の魔導陣が淡く輝き、中心に立つ鉄の人形がゆっくりと動いている。
「……まさか、もう完成したのか?」
アレフの問いに、バッカスは胸を張って答える。
「当然よ。こいつが――オート・マタ《自律機構人形》の完成形だ」
金属の肢体には滑らかな銀の装甲が施され、
胸部の中央には竜玉が心臓のように埋め込まれている。
それは呼吸こそしないが、確かに“生命”を思わせた。
「……魂を入れる器、か」
アレフが呟く。
その言葉に、机の上に置かれていた一冊の古びた本が微かに震えた。
表紙には魔導文字が刻まれ、そこから青白い光がゆらめき始める。
「そろそろだな。準備はできているか?」
アレフの問いに、バッカスは頷き、床に刻まれた複雑な魔方陣へ視線を向けた。
「精神転送用の《同調陣》は起動済みだ。これから、書に宿る精神体を器へと移す。だが、ひとつ言っておく――失敗すれば、両方とも消える」
シノが不安げに息を呑み、ライカはそっとアレフの袖を握った。
アスタロスも腕を組みながら、低く言う。
「やるしかないんだろう? あの本も、それを望んでる」
グリモワールは小さく笑った。
『我が魂は長く、頁という檻の中にあった。この身が風を感じ、声を響かせられるというならば――恐れはない』
アレフは目を閉じ、静かに頷いた。
「……わかった。始めてくれ、バッカス」
魔方陣が光を帯び、低い音が空間を震わせた。
書からあふれ出す青白い光が空中を舞い、
やがてそれは糸のようにほどけながら、オート・マタの胸部へと吸い込まれていく。
「転写開始――精神波、安定。共鳴率、上昇中」
バッカスの声が響く。
金属の体がわずかに震え、魔石の心臓が明滅を始めた。
機械であるはずのそれが、まるで息を吸い込もうとするかのように。
「……聞こえる……これは……心臓の音、か?」
グリモワールの声が重く、かすかに震えた。
それは金属の喉から発せられた最初の“言葉”だった。
ライカが目を丸くし、シノは両手を合わせて祈るように見つめる。
アレフは一歩前へ出た。
「グリモワール……聞こえるか? 俺だ、アレフだ」
宝玉の瞳が淡く光り、やがてゆっくりと彼の方を向いた。
その動きにはぎこちなさと、人のような迷いが同居している。
しかし――その視線には確かに“知性”が宿っていた。
「……私は……生きているの?」
その問いに、アレフは微笑む。
「そうだ。お前はもう、ただの書じゃない」
「そう……なら、私はこの世界に存在する者として、主の隣に立ちます」
バッカスが深く息を吐いた。
「成功だな。……まったく、魂を鉄に宿すなんざ、正気の沙汰じゃねえ」
アスタロスが肩をすくめる。
「これでまた一人、奇妙な仲間が増えたわけだ」
「ふふ……仲間、ですか。良い響きだわ」
オート・マタとなったグリモワール――いや、“彼女”は初めて微笑んだ。
顔の表情はわずかだったが、それでも誰もが確かに感じた。
そこに“感情”があったと。
夕暮れのマージラル。
街灯がひとつ、またひとつと灯る頃。
バッカスがオート・マタの調整を終えたところで、デュラの腕に目を留める。
「……さっきからずっと気になってたんだが……そいつは“魔導砲銃”じゃねぇか」
「知ってるのか?」
「ああ。軍が開発してた兵器さ。暴走事故で全機廃棄されたはずだが……」
バッカスは腕を組み、深くうなった。
「それがこうして融合してるってことは――魂を認めたんだ。機械にも、心がある。お前さんの心に救われたんだろう」
デュラは静かに頷いた。
「……我が身は、かつて“首なき骸”だった。だが今は違う。
心強き騎士のおかげで、再び命を得た。捨てられた者同士――ならば、共に戦おう」
アレフは少しだけ微笑む。
「俺はきっかけを与えただけだ」
工房の蒸気が、温かい白煙となって天井に昇っていく。
その光の中で、デュラの砲身が淡く輝いた。
まるで、ようやく還るべき場所を見つけたかのように――。
やがて夜風が通り抜ける。
ライカがそっとデュラの隣に座る。
「ねぇ、デュラ……あの子、なんて名前にする?」
デュラは少し考えてから答えた。
「“レクイエム”――どうだ?」
「れく……いえむ?」
「安らぎの歌、という意味だ」
ライカは嬉しそうに頷く。
「うん、ぴったりだね。……これで、もう寂しくないね」
デュラは無言で夜空を仰ぐ。
星々の光が、砲身に宿った魂のように瞬いていた。
翌朝。
バッカスの工房を後にして、アレフたちはマージラルを出発した。
夜明けの光が街の石畳を照らし、霧のように薄い魔力の粒子が漂っている。
グリモワール――いや、今はもう“彼女”と呼ぶべき存在が、魔導機械の体を静かに動かしながら歩いていた。
「この体にも、風を感じる機構があるのだな……皮膚はないが、不思議と分かる」
「風圧センサーってやつだろうな」
アレフが笑いながら答えると、グリモワールは金属の口元をわずかに曲げた。
それは、機械仕掛けの体に宿る心が、確かに“生きている”ことの証だった。
「さて、次はどうするんだ、兄貴?」
アスタロスが肩にかけた戦斧を鳴らしながら問う。
アレフは馬車に積んだ荷を確かめつつ答えた。
「王都の禁書庫の記録によれば、“嫉妬の神器”が眠るのは空に浮かぶ浮遊大陸《バビロンの空中庭園》だ。そこに行くためには、バベルの塔を登らなきゃならない」
「バベルの塔……天を突くという、あの伝説の塔かや?」
シノが驚きの声を上げる。
グリモワールが静かに頷いた。
「古代の魔導文明が築いた遺構の一つ。神々が語を交わした場所でもある。けど塔の扉は封じられ、その“鍵”を持つ者以外は中に入れない」
「その鍵を持ってるのが……聖女ジャンヌ、か」
アレフは馬の手綱を握り直し、視線を前に向けた。
豊穣の街――帝国最大の農園地帯。
慈愛の神殿が建ち、聖女が民を癒やす地。
そこを目指す旅が、今、始まる。
次回タイトル:101話 慈愛の聖女、ぼっちの奇跡




