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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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101話 慈愛の聖女、ぼっちの奇跡

帝国ドミニク領に入ると、風景は一変した。

遠くまで続く麦畑、整然と並ぶ風車、潤沢な水を運ぶ魔導水路。

この地では、魔法が生活の隅々にまで根付いている。


ライカは馬車の窓から身を乗り出し、目を輝かせた。


「すごい……! 空が広い! 見て、あの畑、虹みたいに光ってるよ!」


シノが微笑む。


「あれは《光彩麦》じゃの。光を吸収して魔力に変える植物。夜になると、あたり一面が金色に輝くのじゃ」


「うわぁ……見てみたいなぁ!」


「夜までにはアバンダスに到着するでしょう」


ジェームスがそう言うと、馬車の中は少し賑やかになった。


一方、デュラは外を歩きながら無言で辺りを警戒していた。

腕に宿った魔導砲がわずかに脈動している。


「……どうした、デュラ?」


「妙だ。周囲の魔力の流れが、まるで誰かが意図的に制御しているようだ」


アレフは眉をひそめた。


「監視されてるってことか?」


「可能性はある。この辺りは帝国の直轄地。異国の者には、目が光っておる」


「心配いらないわよ」


グリモワールが静かに言った。

その瞳が淡く蒼く輝く。


「私の感知範囲内に敵意ある魔力は存在しない。少なくとも、今は平穏だわ」


「さすがは新造体だな。目も耳も、すげぇ性能してる」


アスタロスが笑いながら軽口を叩くと、機械とは思えないほど流暢な話し方で淡々と返ってきた。


「ふふ。褒め言葉として受け取っておくわね」


その一言に、アスタロスも思わず驚く。


陽は傾き、空が朱金に染まる。

遠くに見えてきたのは、広大な緑の平原と、その中心にそびえる白い神殿だった。

金色の光を浴びた屋根はまるで宝石のように輝き、その周囲を大小の聖樹が取り囲んでいる。


豊穣の街《アバンダス》。

人々の祈りと収穫の喜びが交錯する、帝国でもっとも穏やかな土地。

そして、聖女ジャンヌが人々を導く神の都でもあった。



街の門前には、長い行列ができていた。

アバンダスでは収穫祭が近いらしく、各地から商人や旅人が押し寄せている。

アレフたちも馬車を止め、入城の手続きを待つことになった。


「なんだか賑やかだな……」


アスタロスが退屈そうに言う。

その横でライカは屋台の香ばしい匂いに鼻をひくつかせていた。


「ねぇアレフお兄ちゃん、ちょっとだけ買ってきていい? 焼きパンの匂いが……!」


「ダメだ。門を通るまでは勝手に動くな」


「むー……」


頬を膨らませるライカ。

だがその後ろで、シノが得意げに微笑みながら袋を差し出した。


「こっそり買っておいたのじゃ」


「シノー! やっぱり好きっ!」


ライカが抱きつくと、アレフが呆れ顔でため息をつく。


「……お前たち、もう少し慎重にしろよ」


そんな穏やかな空気の中で、グリモワールだけが、ふと遠くを見つめていた。

その瞳に、神殿の塔が映る。


「……あの建造物、ただの礼拝堂ではないわね」


「どういうことだ?」


「魔力構造が不自然なのよ。地中から塔を貫くように、古代の術式が走っている。たぶん――バベルの塔と同系統の建物ね」


「……やっぱり、塔と関係があるってことか」


「断定はできないけど、少なくとも聖女ジャンヌは、その“鍵”を守る理由を知っているはずよ」


夕陽が沈み、街の灯がともり始める。

行列を抜け、アレフたちはついにアバンダスの街へと足を踏み入れた。

そこには、穀物と香草の香り、歌うような祈りの声が満ちていた。

どこか懐かしい、けれど胸を締めつけるような温もり。


アレフは無意識に呟いた。


「……この感じ、まるで……」


言葉を探したその時、グリモワールが彼の隣で静かに答える。


「“救い”よ。けど、救いの裏には必ず代償がある」


彼女の声には、どこか確信めいた響きがあった。


アバンダスの中心部――慈愛の神殿。

その最奥に、“聖女ジャンヌ”がいる。

かつて、アレフたちと共に王都の窮地を救い、祈り、癒した女性。


星が瞬き、夜風が街を包む。

遠く、神殿の鐘が静かに鳴り響いた。

それは、再会の予兆のようでもあり、あるいは――新たな試練の幕開けを告げる音でもあった。


そして、翌朝。


「まるで天上界の農園みたいだね」


ライカが呟き、グリモワール――今や美しい女性型のオート・マタとして歩く彼女が、静かに頷いた。


「神聖結界の密度、かなり高いわね。魔族が近づけば、一瞬で浄化されるでしょう」


「だが、聖女ジャンヌはここで暮らしている……か」


アレフが短く息を吐く。

彼の脳裏には、かつての王都の災厄――その惨状を目の当たりにしながらも、毅然と人々を救おうとした、純粋な少女の姿が浮かんでいた。


やがて彼らは神殿の裏手にある大農園へと辿り着いた。

そこでは、白い修道服を着た女性が、一人で畑を耕していた。


――ジャンヌ・セイン。


《慈愛の聖女》として讃えられる彼女は、今も昔も変わらず、優しい微笑を浮かべている。

ただし、その笑顔の向かう先が、ややおかしかった。


「ご機嫌よう、サリー。今日は一段と色艶が良いですね」


そう言って彼女は、熟れたトマトに話しかけていた。


「もうジャンヌったら……相変わらずおだて上手ね。うふふ、今日のあなたもとっても綺麗よ。私をジャムにして食べたら、もっと綺麗になるわよ、きっと」


声色を変え、野菜たちの返事まで演じている。

相変わらず完璧な一人芝居である。


「……」


あまりの光景に、アレフたちは言葉を失った。


「うむ。これが”デジャブ“というやつかのぉ……」


シノが神妙な声で呟いた。


ライカは苦笑いを浮かべ、グリモワールは無表情のまま記録用の魔導回路を起動する。


それに気づかぬまま、ジャンヌは両手を広げて空を仰いだ。


「皆さん、今日も元気に育ってくださいね。わたくし、あなたたちの成長が一番の幸せなんですから!」


神々しいまでの輝きに包まれる彼女。

だが、その周囲には……人影が一つもなかった。


静寂の中で、シノがそっと前に出る。


「ジャンヌよ。相変わらずぼっち……元気そうじゃの……」


「きゃあっ!? し、シノさん!? そ、それにアレフさんたちも!?」


ジャンヌは驚きのあまり、トマトを取り落とした。

顔を真っ赤に染め、しどろもどろに言い訳を始める。


「ち、違うんです! こ、これはその……心を込めて作物に話しかけてあげると、よく育つって……!」


「よう、聖女さん。あんた、ぼっちなのか?」


アレフの無慈悲な一撃が炸裂した。


「~~~~~っっ!!!」


ジャンヌの顔が一瞬で凍りつく。


「や、やめなよアレフお兄ちゃん!」


ライカが止めようとしたが遅い。


「な、なな何を言ってるんですかアレフさん! こ、このわたくしが“ぼっち”!? そそ、そんなわけないじゃないですかっ!!」


目が泳ぐ。声が裏返る。明らかに図星である。


「……そうか。友達がいねぇんなら、俺たちが友達になってやろうと思ったんだが……余計な気遣いだな」


アレフは肩をすくめ、踵を返しかける。


「ま、待ってください!!」


ジャンヌがもじもじしながらアレフの腕を掴んだ。


「是非とも、わたくしとお友達になってください!!」


涙目で叫び、顔を真っ赤にして手を握る。


「お、おう……」


勢いに押され、アレフは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


周囲ではライカが苦笑し、シノが「青春じゃのう」

と頷き、アスタロスは肩を震わせて笑いをこらえている。

グリモワールだけが無表情のまま、ぼそりと呟いた。


「データ更新……ジャンヌ=ぼっち、確定」


「いやあぁぁぁ!!!」


ジャンヌの悲鳴が青空に響いた。


――だが、その声の裏には、不思議なほどの温かさがあった。

長い孤独の時間の果てに、ようやく届いた人のぬくもり。


彼女は笑った。


「ありがとうございます……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


アレフは少しだけ視線を逸らし、短く言葉を返す。


「……礼を言うのは、後だ。それよりも、頼みがある」


そう、目的はまだ果たされていない。

《バベルの塔》へ入るための“鍵”――

その鍵を持つのは、この聖女だけだ。


ジャンヌは頷いた。


「はい。ジャンヌ・セイン……聖女の名にかけて、お友達のためにできることは何でもします!」


夕暮れが迫り、黄金の畑が赤く染まる。

その光の中で、アレフたちは彼女と共に、神殿の奥へと歩き出した。


――新たな旅立ちの前に、ひとつの小さな奇跡が芽吹いていた。

次回タイトル:102話 祈りの鍵

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