進む道の先
「──お父様! お兄様!」
待ちきれず扉を自分の手で、しかもバタンと音を立ててしまった。
でも、そんなことよりも父と兄の無事を確認したくて、案内された待合室へと飛び込んだ。
ソファから半身立ち上がって驚いた顔をした父と兄が、こちらを見ていた。
勢いのまま二人に飛びつくと、よろめきもせず受け止めてくれた。
「飛んでくるなんて、お前……」
「心配したんだから!」
優しく背を撫でてくれる兄の胸に、ぐぐぐと頭を押し付ければ懐かしい匂いがした。
お父様が優しく頭を撫でてくれたので、涙はお兄様の服で拭いてから顔を上げた。
少し疲れていそうだけれど、衣服が汚れているわけでもなく、拘留されていたとはいえ生活は保証されていたようで安心した。
むしろ、私の服装の方がボロボロかもしれない。
「無事か?」
「もちろん!」
「あぁ顔をよく見せてくれ」
「どうなったんだ、本当にもういいのか?」
ダリバン侯爵家に謀反の疑いありと招集された裁判は、一時閉廷となり審問の間に移動した我々のやりとりは公開されることはない。
審問の間から戻り裁判再開時の一言目は、本件は棄却となった結果の知らせだった。
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すっかり意気消沈したグレイヴリス公爵は、騎士団に連行された。
魔女の力を行使したローマンは、王族から分家したエスピオン公爵家の出だ。
私の言葉と、ローマンが力を見せたことで。その先の意味にたどり着いたグレイヴリス公爵は、根幹が崩れ落ちたのだろう。
誰よりも”マゼモノ”を唾棄していたグレイヴリス公爵にとって、自身の存在を揺るがす真実に近い。
グレイヴリス公爵を見送った神殿長は、裁判再開まで貴族院副議長と打ち合わせすると先に退出した。
部屋に残った陛下は私を見据えて、視線を少しだけ下げた。それは謝ることを許されない王族としての姿ではなく、人間としての部分のように思えた。
「──マリエッテ。これまでのこと、ご苦労だった」
「勿体ないことにございます」
「先ほどの、あの瓶に見覚えがあった。あれは……」
ローマンが握っていた瓶、あれと同じ形のものを私たちは去年初めて見たのだ。
「……あれは、<魔女の秘薬>が封入されていた瓶と同様のつくりにございます。もっとも、中身の効果は異なるようですが」
じっと陛下の瞳を見返し、ゆっくりと言葉を重ねれば、リュヒテ様と同じ色の瞳が揺れた。
「<魔女の秘薬>は、事実だったのだな」
ローマンは幼い頃に<魔女の秘薬>を飲んでいたこと。
<魔女の秘薬>は、魔女の証を受け入れる器をつくるためのもの。
王族の妃になる娘に伝わる、<王妃の鍵>は魔女の秘薬だったこと。
傲慢の魔女はそれを知って秘薬を飲み、一番強い欲……魔法に関する知識を忘れ、死んだこと。
現時点でわかっていることを伝えると、陛下は重く溜息をつき頭を抱えて項垂れた。
「……王妃も、スカーレットも。<魔女の秘薬>を飲んだのか。そうして一番強い欲を忘れたと」
「そうかもしれません。王妃様はわたくしに『恋心を忘れる薬』だとおっしゃっておりました」
「昔は嫉妬深いところもあったが……王子たちを産んでからは他の妃を娶れと言っていて、親になって心変わりでもしたのかと……縛り付けていたのか」
きっと自身に聞いているのだろう。もう王妃様はこの世にいない。答えはない問いを、陛下は小さな声で繰り返した。
私たちの押し黙る顔に気付いた陛下は「あぁ、いや、聞き逃してくれ」と寂しさを隠す。
なんだかその姿がたまらなくなって、許しも得ずに陛下に一歩近づいた。
「それでも王妃様は、陛下のお隣にいたことは事実です」
どうせこの場には私たちしかいないのだ。少し不敬なことを言っても、聞き流してもらえるだろう。
私の勢いに圧された陛下は眉を限界まで上げていたが、一拍ののち、弾けるように笑い声をあげた。
「思い返せば、彼女も弱音を吐かないひとだった。一人で重い荷物を背負わせてしまったな。あぁ、会いたいな」
そう目を細めた陛下は、自身の気持ちを素直に口にした。




