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「アントリューズ国王には、先の我が国の者を不当に拘束した件などの賠償と併せて、魔女に関する対策で連携を強化していくとお約束いただいております。賠償や条約などのとりまとめはリュヒテ殿下が、魔女に関する件は極秘扱いのため……窓口はわたくしをご指名いただいております」
「そこまで整っているとは……我々と打ち合わせる気はあったのか?」
「こうして首脳陣の方々とお話できる機会をいただけて、助かりました」
リュヒテ様から差し出された誓約書の草案にあるアントリューズ国王のサインは手紙と同じ筆跡だ。それを確認した陛下は呆気にとられた顔で髭を撫でた。
一時は外出もままならず、報告が遅れ申し訳ございませんでした。そうグレイヴリス公爵の方をちらりと見て詫びれば、意味は通じたようだ。
「そうか……お前たち、やってくれたな」
「これはこれは、頼もしい。陛下も安心されたことでしょう。次代は安定ですね。つまり、ダリバン侯爵家は無実、むしろこの危機を隣国との絆の強化にするとは。忠臣の鑑ですな」
「あとは、マリエッテが正式に婚約者に戻ってくれれば安心できるのだが」
「はい? おかしいのではありませんか。我が家の娘が……」
グレイヴリス公爵は焦ったように陛下と神殿長の会話に割り込んだ。だが、返ってきたのは陛下の冷たい目だ。
「おかしいことを言う。公は派閥を整えるために助力を、と乞うたのだろう。正式に王家から婚約を打診したわけでもない」
「いえ、正式に婚約の打診を頂いたと……」
「エブリン嬢に、だろう。我々はグレイヴリス公爵家ではなく、エブリン嬢に投資をしたにも関わらず、まがい物を寄こすなど契約違反だ」
途端にぶるぶると震えだしたグレイヴリス公爵の杖が、激しく軋みだした。次の瞬間に、公爵は激しく円卓に怒りをぶつけた。
「おかしい。おかしいおかしいおかしい! この魔女に騙されてはならん!」
唾を飛ばすように怒鳴ったかと思えば、杖をツカツカと鳴らし陛下の元へと近づいていく。
「陛下、この魔女を捕らえてください! あの惨事を引き起こした魔女が死んだことをなぜこの女が語れるのか! つまりこの女自身が魔女なのです! 王宮を攻撃できる力をもったこの気狂いを野放しにしてはなりません!」
「……お前も年を取ったな」
陛下は寂しそうに、しみじみと言った。
「グレイヴリス公爵、長年の務めご苦労だった。此度の騒動について、詫びよ」
「陛下!」
「グレイヴリス公爵家の今後につきましては、”万事、計画通りに”新しい当主が立ちます」
リュヒテ様が差し出した書類に目を通した陛下は一つ頷いた。
愕然とした表情から一転、ぶるぶると震えだしたグレイヴリス公爵は陛下の持つ書類に手を伸ばし、引き裂いた。
リュヒテ様が陛下をかばうように前に出た時にはもう遅い。
引き裂かれた書類の大部分を貪るように口にいれた老人の背があった。
「ふ、はは、これでグレイヴリス公爵家は誰にもやらない。このまま私を殺すことができなくなりましたな」
ごくり、と書類を飲み込む姿は異様で、異質で、不気味だった。
「国外との絆? ハッ。国内が安定してこその話でしょう。そのためには我々の力が必要なのですから」
倒れた杖が先に拾い上げられる。床に倒された時にいくつか宝石が外れてしまったようだ。
ゆらりと立ち上がったグレイヴリス公爵は陛下にうやうやしく礼をとった。
「陛下、私は捨て駒ではありません。我々がこの国を動かしていることを、もっとよくご自覚された方がいいでしょう」
「こんな暴挙をしておいて」
「この審議の間で起きたことは他言無用なのです。何も起きておりません! この魔女が、王太子妃なぞ。貴い王家にマゼモノをするなど、我々を侮辱する行為に等しい!!」
ギョロリと血走った目が私の方へ向く。奇しくも、その目はソフィエル様と似ているという既視感があった。
『伝統と格式を重んじ、血と誇りを守るのがグレイヴリス』
確かに、グレイヴリス公爵当主は誰よりも血脈を大切にしているのだろう。その理想を踏みにじるのは酷だけれど。
「グレイヴリス公爵。あなたが最も大切にしている血筋が、魔女の血だとしても。同じことが言えますか?」
「な、にを言う」
それはと口を開く前に、私は驚きで言葉を止めてしまった。
ローマンがグレイヴリス公爵の顔を掴み上げ、薬瓶を口に含ませたからだ。
「ローマン!」
引き倒されるグレイヴリス公爵と揉み合うローマンを止めようと、円卓を周り込む。私の嫌な予想では、あの薬瓶には。
鼻と口まで覆われた公爵は苦し気に身をよじった。
目の前で起こる暴力と言える惨状に、足が重くなる。
指の間からは、緑ともつかない不思議な色の薬が垂れていた。グレイヴリス公爵の体から力が徐々になくなり、喉が嚥下する。
ドタリと解放されたのは、薬を飲み込んだ証拠だった。
「何を、した」
その言葉を言い切ると同時にグレイヴリス公爵は喉を押さえて苦しみだす。
するとどうだろう。公爵だけが、時間を巻き戻すように不自然に動き始めた。喉から出る紙の屑は周囲に散らばった破片と引き戻り、浮かんで陛下の手元へ戻ろうとしている。
その紙を掴み取ったリュヒテ様は、内容を確認して、神妙な顔つきで頷いた。
彼の手にある書類に欠けや染みはない。破かれる前の書類のままだ。
この事象を目の前で見せられれば、もう疑う余地はないだろう。
ローマンは汚れたグローブを、呆然と伏せたままのグレイヴリス公爵の目の前に投げ捨てると、陛下と神殿長に向かって膝をついた。
「──神殿長、さきほどのご質問。七人目の魔女の資格は、私が引き受けました。彼女は”友人”を救うために、調べていただけです」
きっとお二人からは、ローマンの瞳の中で揺れる色が見えるだろう。その証拠に、二人は息をのんで、それ以上の追及はなかった。
私は神に祈る時と同じように、視線を伏せた。




