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ローマンが扉を開け、その背中越しに室内を見た。
審議の間はもはや礼拝堂に近い。
正面には色硝子の窓がはめられていて、部屋の中心に配置された円卓に引き伸ばされたモチーフと断片的な色を落としていた。
陛下と神殿長、そして貴族院長の席にあるグレイヴリス公爵の視線が、遅れてやってきた私たちに注がれる。
彼は私の姿を視界に入れると、先程まで浮かべていた笑みを憤怒の表情に様変わりさせた。
「……どうした、グレイヴリス公」
「いえいえ、なにもなにも。少々待ちくたびれて肩が凝っただけでしょう」
リュヒテ様が声をかけると、公爵は何事もなかったようにまた表情を柔和なものに変えた。器用なのは親子で同じらしい。
「女性の身支度も待てないほど余裕がないわけではあるまいに」
「もちろん私はいくらでも待てますが、あまりにも遅いので心配していたのですよ」
そう心から案じるように眉を下げる表情は、もう何度も見たものだ。
「お待たせいたしました。こちらに移動する間に、少しトラブルがございまして……」
そう詫び頭を下げた場所は、まだ扉近く。
「はぁ。偶然にも、また、ですか。ずいぶんと都合のいい偶然が重なるものだ」
「ええ、後ほどご連絡があるかと思いますが……どうかソフィエル様を責めないであげてください。彼女にもご事情があったのだとお察しします。どうか、彼女の心が休まる環境に身を置かれることを願うばかりです」
「……私の娘が何か?」
グレイヴリス公爵の握る杖が軋む音が微かに、部屋の空気を揺らした。
「その件については後回しだ。先に本件の審議を進めるにあたり、ダリバン侯爵令嬢が持参した手紙の内容が機密情報に当たるのかを確認しよう」
「殿下、それはあんまりではございませんか。娘は殿下の婚約者ではありませんか!」
「今、審議に関係のない話はお控えください」
「そうですね。今から貴族院長の再選をする時間はありませんもの」
失礼いたしました、そう重ねて謝罪すれば、グレイヴリス公爵の顔は赤く染まった。
ローマンのエスコートを受け、決められた席に腰を下ろす。
「そこのエスピオンの、もう下がっていいぞ」
「私も関係者ですので、同席いたします」
「ハッ、関係者とは。もう夫気分でもいるのか。ああ、いや、これ以上は野暮ですな」
ハハハ、という高笑いに同調する者もおらず、すぐに霧散した。
進行役は引き続き、神殿長が行うようだ。
まずは口外しない誓いを立てる。各々、手を円卓に押し付け、神殿長の声に続くように促された。
神殿長が体の前で手を組む動作を行い、自然と周囲も同じく手を組んだ。そして目を閉じ、神に誓いを立てるらしい。私も遅れて、視線を下げる。
神殿長の声は、祈りの言葉のように平坦な節の祈りの一節から始まった。
──ここに誓う。
見聞きせし一切を他言せず、主の許しなき限り、言の端にても漏らさぬことを。
もしこの誓いを破らば、名誉も身命ももって相応の裁きを甘受する。
ある者は神に、ある者は王冠に、ある者は法に。それぞれ誓いを立てた。
私は何に誓いを立てようか。
神殿では神の像に向かって祈ることが一般的で、こうして円卓で中心に向かったまま祈るのは不思議な感覚だ。
私たちが囲むのは歴史を感じる、よく手入れされた円卓だ。何度も塗り直されたのか木目は見えない。天板にはエールデン国の創世物語が彫刻されている。長い年月のあいだ、この円卓を囲んでどれほどの運命が決められてきたのか。
私の席には、偶然にも何かを天に祈る巫女のようなモチーフがあった。
こうして宣誓する顔ぶれを盗み見ていたのは、私だけではなかったらしい。
ふいと机から視線を持ち上げれば、こちらをじっと見る翡翠の瞳と視線が絡む。射貫かれそうなほど強い視線に捉まった、という感覚が正しい。
裁判中は意識して見ないようにしていた。先ほどの階段での騒動中、私は目を閉じていたし。だから、視線に捉まったと思った。
“鍵はかかっていない”
先ほどのローマンの言葉が、耳の奥で囁かれる。
私とリュヒテ様の間の緊張感は、宣誓の完了と共に影を潜めていく。消えたわけではないと感じるのは、意識してしまうからだろうか。
宣誓と同じ文言の書かれた宣誓書にサインと血判を押したのち。
やっと今回の主題となった件について、この国の首脳陣に打ち明ける機会が訪れた。
「さて、準備は整いました。”王家にまつわる件”とはなんなのかお話いただきましょう」
諾、と一礼してドレスの隠しポケットから取り出した手紙を机の上に乗せる。
これは、過去と現在と未来につながる話だ。
「──まず先に確認したいことがございます。皆さま、”魔女”についてご存じですか?」
「はて、魔女とは。まあ、一般的に魔女とは男を惑わし、堕落させる女のことを指しますな。もしどなたかに言われたとしても、それはあなたが魅力的だという意味でしょう」
グレイヴリス公爵は、弾かれるように話し始めた。
先ほどの裁判休止直後に投げかけられた言葉を、この場で言いつけるとでも思ったのだろうか。
「その件ではありません。実際に、力を持った”魔女”について、です」
改めて、手紙をトンと指で押さえて首脳陣の顔を見渡せば明らかだった。
問いかけられた内の二人だけは口を開かず。身じろぎもせず。じっと私を見返した。その目が語っている。
陛下と神殿長はご存知なのだ。魔女の存在を。
私は王太子妃教育の中で、王族しか入室出来ない書庫の文献から知った。
どうやら神殿長は、神殿側に残された魔女の情報を知っているのかもしれない。
「……まさか、”魔女”が全てのことの原因だとでも言いたいのか? 気でも触れたか」
歴史書に残る実在の魔女については何も知らないのかグレイヴリス公爵は、汚れたものでも見るかのように顔をしかめた。
「まさかそのようなくだらない話をするために、我々をここに集めたと。妄言に付き合う時間はないのだよ」
同意を求めるようにグレイヴリス公爵は周囲に視線を投げて、やっと気付く。陛下や神殿長の深刻な表情に「まさか」と小さく呟いた。
沈黙が場を支配していた。空気は重く、誰も動こうとしなかった。
「──では、もし仮に”いる”として。それが此度の騒動、ひいては我が国で暴れたとでも?」
陛下はコツリと机を指で叩いた。魔女については仮の話とする、その合図だった。
「端的にご説明申し上げるなら、わたくしはその件を調べておりました。神殿にもその件を調べに……」
「あぁ、だから古い文献を……そうでしたか」
神殿長は納得したように脱力し、背を椅子に預けた。
手紙はローマンからリュヒテ様の元に渡り、次々に目を通して渡していく。
皆が手紙に目を通すと同時に、重要なことをかいつまんで説明していった。
あの国中の貴族が集まる社交界シーズンの幕開け。
出席した全員の記憶が混濁し、舞踏場は半壊となっていた事件について。
原因は隣国アントリューズの王女に扮していた魔女であったこと。
操られていた者は、隣国、自国にも多数いたこと。
世界に現存する魔女は7人であり、欠けてはならないこと。
隣国からやってきた<傲慢の魔女>は我が国を掌握しようと暴れ、そして死んだこと。
そして操られていた者の記憶が混濁したこと。
「──かの国の王女が魔女だった、と」
「おかしいではありませんか。魔女は欠けてはならないのでしょう」
何も起こっていないではありませんか。そう神殿長は言葉を重ねた。
ぐっと言葉に詰まる。出来ることなら説明したくない部分だが、嘘をつくことはできない。
私の一瞬の迷いを察したのか、隣に座るローマンが「それは」と会話を引き受けるように口を開いた。
咄嗟に、私はそれを止めた。できることなら、ローマンのことは知られたくなかった。
話してしまえば、申告してしまえば、彼の生活は一変するだろう。
せめて、まだ。
私がローマンの手を掴んだ時、ローマンはピタリと静止してこちらを見た。同時にリュヒテ様の方からも視線があったが、すぐに逸らされたと思う。
「いやいや。おかしいのは、この空気でしょう」
グレイヴリス公爵は手紙をパシリと指ではじいた。
手紙の内容自体には”魔女”という単語は入っていないものの、私の説明と照らし合わせるとアントリューズ国にあった魔女の荷物について書かれていることが読み解ける。
「なぜ我々が雁首を揃えて、この女の証言を真に受けるのか理解に苦しむ」
「そのための審議でしょう」
「この手紙が本物だと確認するために、アントリューズ国王に証言でも求めるのですか?」
裁判のために他国の王を召喚するなんて前例のないことだ。要するに信憑性を問い、この場で決められないように時間を稼ぐつもりなのだろう。
「他国の王族を証言台に立たせることよりも、我が国に有益なお約束はいただいております」




