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【書籍化】魔女の秘薬-新しい婚約者のためにもう一度「恋をしろ」と、あなたは言う-  作者: コーヒー牛乳
EP.2

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3


 それでも来訪者はまだ足りないと言う。

 何度繰り返してもマリエッテは死ぬし、魔女の証を持つ者が死ねば世界は滅ぶ。


「──”魔女は災いの元”。これはある意味で正しかった。魔女の証がマリエッテにある限り、何かがうまくいかない。だから逆に他の誰かに移せばいい。災いの元を」


 血統が必要ならばソフィエル様に移すことも考えたが、危険分子に力を与えかねない。魔女の証を権力の象徴とされるのは避けたかった。


「そこで気付いたんだ。俺が受け取れると。そのためとはいえ、痛い思いをさせてごめんな。薬も、時をほんの少しだけ戻すと聞いてたけど、効果があってよかった」


 ローマンは、そう言って笑った。

 いつもそうだ。重荷を抱えているのに、彼は平気な顔をするのだ。


 私はとてもじゃないが平気でいられない。喉は潰れそうなほど痛いし、胸が苦しい。目の奥はじくじくとするし、さんざんだ。


「よかったって……」


 ふらりと立ち上がれば、背を支えるようにローマンの手が添えられた。

 

 どこも異常がないか心配そうに覗き込む、隠し事が上手い彼に手を伸ばす。一瞬、驚いたように肩を揺らしたローマンの視線は私の手の行方を追っている。


 伸ばした指先がフロックコートに触れ、襟をなぞる。

 そのまま強く握りしめて、力強く引いてみた。


 呆気にとられたままのローマンの顔が少しだけ近づいた。


 だって私は怒っているんだから。


「何もよくないわ!」


 もう悲しいのか怒りで興奮しているのか、ぐちゃぐちゃで、信じたくないのだ。自分のことなら耐えられるのに。

 大きい声で怒鳴ったつもりなのに、耳に入って来る自分の声はみっともなく泣いている。


「怪しい人の言うことを信じるなんて信じられない。もし嘘だったら、騙されてたら? ずっと隠し事ばっかり、私の意志はどうなるのよ!」

「もしあの薬が嘘でマリエッテが助からなかったら、俺もすぐに追いかける予定だったから」

「ばか、バカバカ! ローマンの馬鹿!」


 口先だけの、私の気持ちをなだめるためだけの言葉なんて。

 だってほら、ぐいぐいと乱暴にコートを引っ張られているのに。全然、悪いと思っていない顔で私のくしゃくしゃな顔を見下ろしている。


「マリエッテは魔女じゃない。魔女について調べていただけなんだ」


 子どものように顔を横に振る私の顔を両手で挟み、念を押すように「いいね?」と覗き込む瞳は徐々に黄みを増している。


「ローマンじゃなくてもよかったじゃない」

「ハハ。じゃあ、リュヒテが引き継げばよかった?」


 そんな顔をするな、そう苦笑いするローマンの輪郭がぼやけてしまう。


「デビュタントの夜、アントリューズ国王がもってきた宝剣を覚えているか?」

「魔を祓うって……」

「そう。あれに貫かれたマリエッテとリュヒテは強制的に適正外。マリエッテが全く力を動かせないのはあれが原因だったんだ。だから、謝ることなんて一つもない。そう決まっていたんだ」


 ──アントリューズ国王が身に着けていた宝剣。あの剣に貫かれた瞬間に、私の運命の道は一つ消えていた。


 力が抜けた身体を、長椅子が優しく受け止める。マナーも何もなく力が抜けたものだから、ぼふりと身体が反発して何度か揺れた。


「それに『マリエッテを救う方法を教えてやろうか』って持ちかけてきた男の正体は、俺だったんだ。瞳の色が変わってるって言われて、確信したよ。あれは俺だ」

「未来のローマンが私を救うための方法を教えに来たっていうの?」

「あぁ、俺ならやりそうだろう。力があるなら尚更」


 だからこれでよかったのだと、俯く私の頭をゆっくりと撫でる手が慰める。


「マリエッテは、俺も幸せにならなければいけないと言っていたな。よく考えたよ、これが俺の幸せだ」


 違う。違うのだ。

 幸せは、誰かの不幸や不自由の上にあるものではいけない。


 ローマンの言う通り、その時を操る能力をもった……魔女の証をもった未来のローマンだとすると、ずっと彼は誰かを助けるために奔走する生き方になるということじゃないか。


 それは私たちがいなくなった後の、ずっと先の未来まで。


「そんなこと言われて、一人にできるわけないじゃない」


 手を強く握りしめ、唸るように言えばクスクスと小さく笑う声がする。


「……マリエッテは優しいから、そう言うと思った。犠牲を見捨てられないところが、優しさであり甘いところなんだ。これから何度だって誰かを切り捨てる場面は来る。正しい道を選択するたびに、選ばれなかった道に取り残された者に同情していたら、マリエッテの方が潰れる」


 凪いだ声に合わせたテンポでゆっくりゆっくり手が頭を撫でる。


「こうやって慰めると、マリエッテはいつも甘やかさないでって拗ねてたな。でもその顔が可愛くて。全部から守って、俺なしじゃ息が出来ないぐらいに甘やかしたかったな」


 きっとローマンに寄りかかってしまったら、そうなると思っていたから。嫌だったのに。もう遅いみたいだ。

 どうしても、寂しくて、悲しい。


「でも、マリエッテに必要なのは風も当たらない鳥籠ではないんだろう。マリエッテなら出来るって、そう誰よりも信じているやつが、待ってるよ」


 ふわりと感じていた重みや、あたたかさが離れていく。


「思い出して。マリエッテはもう自分の気持ちに気づいているはずだ。鍵はかかっていないんだから。これが正しい道だったと胸を張って。マリエッテとリュヒテが幸せになるところを見せて」


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