魔女の適正
私が知っているローマンは、最初から優しい頼れる兄として出来上がっていた。
本当の兄はローマンの方だったらいいなと思っていたし、少しだけそう思い込んでいたり。
思い出すのは、ふと振り向くといつだって優しくこちらを見守っている、眼差しだとか。
緊張と不安で二の足を踏んでいると、おまじないだと勇気づけてくれた優しさだとか。
多くを求めてこない優しいローマンに救われていた事実だとか。
結局、私はずっと甘えていたのだ。
『──本当に忘れてしまったのなら、俺のことも考えてくれないか』
『鍵ではなく、マリエッテが欲しいんだ』
『できれば、心も欲しいが』
求めてこないのではない、求められても見てみないふりをしてきたのだ。
ローマンの求める私はどのような顔をしていただろう。もしその期待を裏切っていたら、ローマンは離れていってしまうのではないか。失望されるのではないか。
そう思うと怖くて、このまま今の関係を変えたくないと保身に走ってしまった。
だから、この剣は私の罰なのだろう。
ローマンを綺麗なガラスの箱に閉じ込めた罰。
臆病者な罰。
声の代わりに鮮血が口から零れる。
ぐらりと傾いた身体を受け止めたのは、私を刺したローマンだ。
『──ごめんね』
私を貫いた剣が元の軌道を辿り引き抜かれていく。そしてガランと投げ捨てる音。
両手で私を抱え直したローマンは、私よりもよっぽど痛みを感じているような表情で私の顔を覗き込んでいた。
その表情が、いつもの、私が泣いていないか気を揉むときの表情そのままで、ふと笑ってしまう。
いつもその表情を見ると、よっぽどローマンの方が泣いてしまいそうに見えて。
私の頬に添えられた手は震えていて、私を刺し殺してやりたいと思っていたというには違和感がある。どちらかというと怯えているように見える。おかしな話だ。怯えるべきは私の方なのに、なぜか全く怖くない。
それは、ローマンの腕の中にいるからだろうか。
「マリエッテ、ごめん、俺──」
なぜローマンの方が怯えているの?
そう話しかけようとするが、零れたのは鮮血だけだ。
なぜ、どうして。聞きたいことは沢山ある。
だけれど、今の彼の表情を見て。この行動にも意味があるような、そんな気がしていた。
ローマンは衝動的に誰かを傷つけたりするような人ではない。
むしろ、何通りも何通りも選択肢を考えて行動をする人だ。それは慎重すぎて身動きがとれなくなるほど。
だから、彼がこうすると決めて実行したことなら”必要なこと”なのだろう。
こんな状況でおかしな話だが、ストンと自分の中で腑に落ちた。
だから私の姿を見て激しく動揺するローマンに伝えたいことは一つだけ。
喉からせり上がって来る鉄の味を飲み下し、ローマンの震える手を支え頬を寄せた。
「──大、丈夫」
ね? 安心させるように笑んでみせたが、上手く笑えているだろうか。
不器用な励ましの言葉はちゃんと伝わったのか、ローマンは一度だけ強く目を閉じて、怯えを消し去った。
次に彼が目を開けた時、その深緑色の瞳には覚悟がみてとれた。
よかった。
そこまで見守った私は、一飲みにしてしまおうと口を開けて待つ眠気に抗うことをやめた。
こうして剣に刺される経験はデビュタントの時以来だけれど、やはり慣れそうにはない。




