曖昧で複雑な関係 -リュヒテ-
腕に抱いていた温もりと重みがなくなり、宙を握りしめる。
先程まで自分の胸に抱いていた温もりは、今はない。
青白い顔色をしたマリエッテは、少しだけ不満そうに眉を寄せながら目を閉じて大人しくしていてくれた。
今回、審議の場には王族側の立場で参加している関係で、衆人の目がある場所でマリエッテと会話をするのは避けるべきだった。そのため、何か言いたげなマリエッテには黙っていてもらったが……後で謝ろう。
愛らしい狸寝入りを思い出し、つい笑ってしまいそうになったところを咳き込んで誤魔化す。
その妙に難しい顔をしたマリエッテを受け取った親友も、彼女を見て小さく笑っていた。その表情に裏の意味はない、友人の妹やそれに類似する人物に向ける表情と何ら差はない。親しみと、気安さを込めた眼差しだ。
だけれど、親友であるローマンは表情よりも仕草の方が雄弁だ。
少しの力でも形を崩す飴細工だとでも思っているのか、繊細な手つきで抱き上げる。少しの揺れも伝えたくないと慎重な足取りで控えの間に向かっていった。
その後ろ姿を視線で追ってしまっていることに自嘲し、意識を切り替えようと頭をゆるく振った。効果はないようだけれど。
私から見た、親友のローマンと婚約者のマリエッテの関係は複雑で曖昧なものだった。
兄妹のように信頼し合い、友人よりも親しげで、男女の仲というには距離があった。
私とマリエッテが知り合う以前から、ローマンとマリエッテは親しい間柄だったと聞いている。元はマリエッテの兄の友人として、ダリバン侯爵邸に招かれていたのだとか。
私自身も幼い頃からローマンと交流があったものの、彼からマリエッテの話を聞いたことはなかった。
だから驚いたのだ。マリエッテが親しみと憧れの眼差しをローマンに向けている場面を見た時は。そしてローマンも、愛しいという感情を隠すことなくマリエッテに接していたと思う。
だが、私とマリエッテの婚約が整ったと同時に、ローマンの態度は愛しく見守る対象から、友人のソレとなんら変わらないものに”なった”。それが親友の誠意だとわからないほど、私は幼くなかったつもりだ。
彼が飲み込むと決めるきっかけになった、私とマリエッテの婚約は盤石で覆るはずもない事実だった。
だから、ローマンがマリエッテを心の特別な場所に据えていたとしても関係のないことだった。
それは心の奥にあるぶんには、彼のもので。
心の奥から出すことは、ありえないことだったから。
だけれど、その婚約が白紙となったことで枷は崩れ、私たち三人の関係にあった歪みが表面化したのだ。
親友は、マリエッテに手を伸ばした。
解放され元婚約者となった彼女にとって、それは救済だったのだろうか。
事態は混沌を極める。
王族の妃に伝わる、〈王妃の鍵〉は魔女の秘薬だった。
その薬を飲み、魔女の資格を得た彼女は七人目の魔女となった。
魔女となれば肉体の時は止まる。
自分よりも周囲の人間を大切にする彼女のことだ、何よりも守りたいと奔走した家族と生きる時間がずれていくことに耐えられないのだと、物悲しい笑顔を見せた。
寂しがる彼女に、私は十分な言葉を伝えられただろうか。
「──愛しているよ」
「──愛と、それだけではない感情があるんだ」
「──マリエッテが別の、私以外の男の妻になるのが嫌だ」
「──私のものにしたいと、愛とは別の感情があって。それを伝えるのは、まだ重い」
「──婚約者を決めないといけないからじゃない。マリエッテだから欲しいんだと、伝わっているだろうか」
まだまだ伝えたいこと、まだ伝えるには重すぎるもの、知られたくない感情がある。
すべてが終わった時。彼女はどんな顔をしているだろうか。
彼女は、何を選びとるだろうか。




