Chapter4
「ボクは間違いなく五月七日皐だよ」
オレの目の前にいたのは、さっきまで一緒にいた皐……じゃなかった。オレと詩歌は目を見合わせ、その女の子を驚きの表情で見つめていた。
「だから、少し見た目が違うかもしれないって言ったじゃん……」
その女の子は拗ねたように唇を尖らせてみせた。
少し見た目が違うって……。どう考えても少しどころじゃないんですけど……。
「ほら? よく見れば似てる気がしてくるっしょ?」
幼さの残る顔、肩まで伸びた髪、薄い胸、そして紅い瞳……。確かに男女って概念を完全に無視することに成功すれば似ていると言えないこともないのかも知れないが……。
「……。誰?」
オレの口から発せられたのはそれだけだった。
「だーかーらー! 五月七日皐! ココ以外の世界に干渉する時は男になっちゃうんだよ!」
この皐と言う女の子が言うには、本来なら皐は男として生まれるはずだったらしい。“この世界の皐”がではなく、“他の大多数の世界の皐”がである。
そのため、世界全体の価値観からすれば皐は男である、とされるらしい。皐のように女の子から男の子へという大きな変化をすることは少ないが、世界の狭間を越える時に世界はそういった世界全体とのズレを最小限にしようとするとかしないとか……。
皐によると重複世界は大きく分けて3種類あるらしい。
1つは、単純な過去や未来。
2つ目は、この世界とほとんど同じ表と裏のような世界。――所謂パラレルワールドだろうか。
もう1つは、小説やアニメなどに出てくる世界だそうだ。
そして、重複世界とやらは、お互いの世界に影響を及ぼさないように、干渉しあっているのだと言う。
皐も無条件に重複世界を行き来できるわけじゃないらしく、あまり詳しい事はわからないらしい。上記はすべて皐の仮説だと思ってくれて構わない。
とにかく重複世界とやらは存在した。
それは、詩歌が本当に自分の世界が別にあるのかも知れないということ――――つまり、詩歌がこの世界の人間じゃないかも知れない可能性が高まったってことだ。
詩歌を家まで送り、オレは皐と二人で残りの帰り道を歩きながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「なぁ。何であの時止めたんだ?」
「あの時って?」
「ほら、別の世界に行ってた時にオレが女の子に……」
まただ……。頭にあの時と同じ痛みが広がる。
「頭、痛いの? 多分ね、月見があの女の子に会ってしまったら、きっと月見も小鳥も耐えられない……」
どういう意味だ……。というか、月見と小鳥、誰だぁ……。頭が痛くて突っ込む気にもなれないが。
口を開こうとするオレを皐は人差し指を唇に置き止める。
「月見には、その頭痛よりも辛いことがあるかも知れないってこと」
にっこりと笑いながらも淡々と――その口調には、はっきりとそれ以上聞くなと言う意思が感じられる。それは、皐にとって不利益だからとかじゃない。ただ、オレを心配してくれているのだ。
「……。皐は、詩歌のこと、――あの女の子のこと知ってるのか?」
「ボクは何も知らないよ……」
皐のその言葉に嘘はなかった。それがわかったからオレはもう何も言えなかった。
「月見、なのかな……。ボクの探してる人」
皐は、ベッドに横になりながら、そう呟いた。
皐が初めて別の世界に行った時、自分の姿が男だと言うことに驚愕した。最初の頃は、そういうもんなんだと思っていた。
しかし、世界を越えても皐が女のままの姿だった時があった。その時、知ってしまったのだ。自分が男に生まれるべきだったということを……。
「ボクは……。間違った存在なの……? ボクは、なんなのさ……」
まだ幼かった皐は膝を抱えて泣いていた。
「ボクは、ボクは……」
皐のキレイな紅い瞳は、暗く濁っていた。
まるで、彼女には二度と日の光は当たらないような感覚すら覚える。
「キミは、皐だろ……? オレにとって大切な人だ」
不意に皐に光がさした。温かそうな手が皐にむけられている。
皐の濁ってしまった目には、その光は眩しすぎた。顔を見ることもできそうにない。
「……」
ただ、皐は黙って頷くと、光から伸びた温かい手に手を伸ばす。
「皐……。オレが皐を認めてやる。皐は間違ってなんかいないんだ」
皐は光のほうへ引っ張られ、そして元の世界に戻っていた。
皐の紅い瞳には濁ったものなんて残ってはいなかった。
ただ、真っ直ぐに、あの光を探すんだ。
幼かった皐が心に誓った、皐の夢……。
『大丈夫か?』
詩歌は黙って携帯の画面を見つめていた。今にも崩れそうな表情を必死に堪えて……。
翔からのメール。
「慰めてるつもりなのかな……」
『大丈夫だよ』
詩歌はいろいろ言葉を選び、指を動かしたが、結局それだけをメールして携帯を閉じた。
それから、すぐに返信は来たが詩歌はそれを読まなかった。
何て書いてあったとしても気持ちを抑えることはできそうになかった。
「私は、誰なのかな……?」
世界に裏切られた感覚……。詩歌の周りの全てのモノが人が嘘なんじゃないかとさえ思えてくる。
――けれど、翔だけは違った。ちゃんと自分を見てくれていた。
この気持ちは恋なのかな……。不意に自分の声が頭に浮かぶ。
『ん……。翔はどこにも行かないでね……。もう、嫌だから大切なひとが私の前からいなくなるの……』
自分が翔に言った言葉。
「大切な人、か……」
少し痛みだした頭を押さえ、呟いた。




