Chapter2
何でだろ……。詩歌を見ると胸が苦しくなる。初めて会った日から、ずっと……。
一目惚れって奴なのか……? わからないけど、恋とは何か違う気がする。
――――この気持ちは恋じゃない。あの笑顔を昔見たことがあるんだ。
このモヤモヤした気分は思い出せない苛立ちだろう。なにか大切な事が思い出せない時のそれと良く似ていた。それがもっと強くなった感じの……。
また、胸が苦しくなる……。詩歌の顔が浮かび遠ざかる……。
『ドージ』
不意に誰かの声が聞こえた気がした。そして、誰かの顔が頭を掠める。
詩歌に似た女の子……。オレはその子を良く知っている……。
――知っているはずだった……。
思い出せない……いや、思い出すのが恐い……?
辛い……。思い出したくない……。――――けど、思い出さなきゃいけない。何故だかわからないけどそう思った。
詩歌といれば思い出せるのかな……。
思い出したくない何か……。
オレは入学式の朝のことを思い出していた。あの日見た夢のことを……。
「ドージ」
夢で繋いだ手の感触を思い出しながら、そう呟いた。
彼女は窓もなく薄い明かりに照らされた暗い部屋にあった。
ソレは、短めの髪、大きめの瞳、普通よりも少し大きいくらいの胸、柔らかい白い肌、笑えばかなり可愛いであろう口元、それらのパーツを身体に持ち、生きていた。
彼女は、しっかりと血も流れ脈打ち確かにそこにいる。しかし、彼女の心臓は幾重にも重なった部品や歯車で出来ていた。
ソレは、確かに感情を持っているが自分の感情に従うことは出来ない――いや、しない。
――――彼女は、限りなく完全で限りなく不完全な“人の形をした機械”だった。人としては生きていけず、しかし機械と言うよりは余りにも人なのだ。
「ゴメンね……。あなたを作って……」
ソレが何度も聞いた言葉……。彼女を作った人が発した言葉だ。
「なぜ、謝るのですか?」
ソレは、淡々と言い。目の前にいるその人へと目を向ける。
「……。ううん、謝りたかっただけだから」
何度も聞いた返答。その人の悲しい顔は見たくなかった。でも、彼女にはどうすることもできなかった。
「あのね。こないだした約束。この部屋から出ちゃダメってやつ……。なしにするから、一緒に外に行こう?」
「はい」
約束――それは彼女にとっては命令だった。作った本人もそれはわかっていただろう。それだけ外に出したくなかったはずだった。けれど、その人は彼女を連れて外に出た。
外に出ると車に乗り人気のない所まで行って車を止める。
「あなたをもっと自由にしてあげたかった。敵のいない自由な世界で……」
「……」
ソレは、黙って聞いていた。胸が辛くなるのを感じながら……。
「そうね……。この“鷹のいない小鳥が自由に遊べる空”にあなたを放ってあげられたら……」
その人は、そういうと空を見上げて少し涼しそうな顔をする。
「鷹のいない空ですか……」
彼女は知っていた。自分が壊されようとしていることを……。彼女を作ったその人にではない。世界の人々から壊されようとしているのだ。
――――神が自分の姿にまねて人を創ったと言う。人が人を作ること――――神に近づき過ぎること、は許されることじゃないらしい。そんなこと気にしない人もいるだろう。彼女にもよくわからない事だった。
「……。私を殺して……?」
彼女の製作者――彼女の産みの親である、その人が静かに優しい笑顔を向けてそう言った。
「……はい」
殺したくなかった。けれど、彼女にはどうすることもできない。
「ゴメンね……」
その人は最後にそう言った。ソレは最も辛くないであろう殺し方で自分の親を殺した。
彼女は、泣くことはできた――けれど、泣きかたを知らなかった。そして、胸の苦しみに耐えられず自分も死のうと思った。
「……」
何度も自分を殺した。親にしたのと同じ方法もそれ以外も……。
――――彼女は死ぬことも出来なかった。そして彼女はこう思い、口にした。
『べつの世界で生きたい』
それは、彼女が自分の感情に初めて従った時だったろう。口にすると涙が溢れてきた。――――彼女を作ってくれた人の笑顔、敵の――鷹のいない自由な空を、思って涙を流した。
『Si-ca』
彼女の首に付けられた首輪にそう刻まれていた。それが彼女の名前だった。
一年に数回、長期休暇の時にやってくる男の子がいた。
私はその男の子が大好きだった。
その男の子が来る度に近所の神社に誘い、みんなで遊んだ。――――みんなとは、私の友達、私も入れて4人。男女2人ずつ、その男の子を入れると男子のほうが一人多くなる。
その男の子が来ると決まって鬼ごっこをして遊んだ。私は走るのが好きだったから、みんなも鬼ごっこでいいと言ってくれていた。
その日も、雪の積もった神社で鬼ごっこをしていた。鬼は、その男の子だ。
私を追いかけて、派手に転ぶ。
「雪に慣れてないから転んだんだっ!」
と、転んだまま言っていた。私はその男の子に近づき微笑んだ。
「ドージ」
その男の子に最高の笑顔でそう言った。そして、その男の子に手を差し出す。
その男の子が私の手をとると思いっきり引っ張って立ち上がらせる。そして――――
「大好き……私と付き合ってください」
私は、どんな顔をしていただろう。その男の子は、しばらく考え込み黙って頷いた。
「大丈夫だよ」
私は目の前の男の子にそう言った。
今、どんな顔しているのだろう。笑えているのかな……? 悲しんでいないだろうか……。
「帰ったらメールするから」
男の子はそう言って部屋から出て行った。
「大好き……」
私は男の子がいなくなった場所を見つめ呟いていた。




