Chapter1
廊下は、がやがやと賑わいをみせていた。中には、別のクラスまで足を運んでいる者もいるだろう。
オレは、やかましい廊下を急いで抜け、自分の教室に入る。
「っと……(月見里……月見里……)」
座席表を見て自分の席を確認する。そう、今日は入学式、高校生として新しい生活が始まるのだ――――っと言っても、それらしい実感もなく。とりあえず席に着き周りを見渡す。
「知ってる奴は……いないか」
まあ同じ中学から入学した奴は少ないしな……。まだ時間があるのを確認すると、鞄から小説、――所謂ライトノベルを取り出し読み始める。
(そういや朝の夢、アニメか何かの話だったのかな……)
そう考えるのが一番自然なのかも知れない。妙にはっきり覚えているし、昔みたアニメが記憶の隅に残っているなんてのは良くある話だろう。
「夢、ね……」
無意識にそう呟くと、ラノベを片手に持ち掌を見つめていた。
「夢がどうかしたのー?」
不意に目の前に顔が現れた。優しそうな女の子の笑顔が向けられている。
「えっと……」
つい言葉に詰まる。突然知らない女の子に声を掛けられたんだ。それにいきなり夢がどうしたとか聞かれても、――そんな事を考えていると相手が察してくれたのか、隣の机に腰を下ろして口を開く。
「私は、小鳥遊詩歌。えっと、つきみざと君?」
たかなし しいか、と言うらしい女の子は、短めの薄茶色の髪を右の方でくくっている、何とも活発そうな笑顔をした少女のような女の子だった。正直、かなり可愛い。――だが、胸がデカイ……。貧乳派のオレにとってこの胸は少々致命的だ。
「つきみざと君……?」
つきみざと……。まず、オレのことだろうな。座席表でも見たのか……。
「オレは、月見里翔」
確かに“つきみざと”と読むが本当は“やまなし”だ。――っと少々威張ってみたりすると。
「ほぇー。私より珍しい苗字初めて見たよ……!? なんでこれで“やまなし”って読むの?」
などと、質問してきやがったわけだけど……。まぁオレが知ってるわけもなく……。
「さぁ……。気分じゃない?」
っと、詩歌は一人で大笑いを始めた。――って、小鳥遊はずるい。読めない名字として有名すぎるだろ……。
「あはは。小鳥遊はねぇ、子鳥が遊んでもだぃ――――」
「知ってる。それは結構有名だろ?」
今度は二人で思い切り笑いあった。――はぁ、完全に向こうのペースじゃないか……。まっ、いいけど。実際、この詩歌って子は一緒にいて楽しいと思う。胸以外はどストライクの容姿もある。――――ただ、何かがこう……モヤモヤと引っ掛かっていた。
「それで、夢って何のこと?」
思いっきり笑った後に詩歌が首を傾げて聞いてきた。
「……。ん……?」
同じように首を傾げる。
「ほら、さっき言ってたじゃん。掌見つめて、夢がどうとかって」
「あー、今朝見た夢が結構リアルだったなぁっと思ってさ」
詩歌の目の輝きが一瞬増したような気がしたが……。
「へぇー、どんな夢なの?」
「何でそんなに夢のこと気にするんだ?」
なんとなく口から出た言葉。詩歌は、はっと息を呑み何故か少し頬を赤らめている。
「いや……。えっと、そのぉ……」
突然目線を彷徨わせ始めた。んー。変なこと聞いちゃったかな……。
暫く沈黙が続き、担任が教室に入ってくると、詩歌は苦笑いしたまま隣の席に着いた。
入学式から数日後――――
もう授業も終わり学校に残っているのは、体験入部やらで各々の部活を見学している生徒くらいだろう。ましてや、教室に残っている者など普段ならいないはずの時間だった。
オレの隣の席には、詩歌が座り紙の束を眺めている。オレの手にも紙の束が握られていて、オレはそれを読んでいるわけだが……。
もちろん、教室で二人きりで……。それも隣同士……。嬉しくないと言ったら嘘になる。
しかし、――――集中できねぇ。緊張して心臓の鼓動が速く、大きくなっていく気がする。
いつからか、オレの目線は手に握られた紙の束ではなく、詩歌のほうにいっていた。
1日前――入学式やら実力テストやらが終わり、周りでは、「部活どうする?」など部活の話しがメインになってきた。
「部活ねぇ……」
もちろんオレにもその手の質問がくるわけで、オレはその度にそう応えていた。
特に入りたい部活があるわけでもなく。だからといって何も入らないのはどうかと思う。――などと考えながら部活紹介の冊子をパラパラしていると隣から声を掛けられた。
「入る部活決まったー?」
お前もそれか……。気怠そうに詩歌のほうをむき。
「まだだけど……。詩歌は?」
特に興味もなかったが参考までに聞いておくことにする。
「まあ一応はね……」
詩歌は苦笑いしながらそういうと、言葉を選ぶようにして続けた。
「あのさ、翔って本とか好きだよね…?」
「あー、まあ好きだよ……?」
何で急に本の話になったんだ? とか考えていると、詩歌が少し言いづらそうに口を開く。
「文芸部とか興味ない?」
「ん? 文芸部なんてあったっけ……?」
見ていた部活紹介の冊子をパラパラとめくる。
「ないよ……。だから一緒に創らない?」
「……は?」
職員室、担任の水沢先生のところに行くと、詩歌と二人、職員室の隅のテーブルまで案内される。詩歌が既に話をしていたらしい。
「今日のところは二人か。他の子にも声は掛けたの……?」
水沢先生は少し嬉しそうな様子で詩歌に聞いた。
「ぁ、いえ……。知り合いも少ないので……」
それから、二人は部活についての話をしていた。まあ、オレは適当に聞き流す。オレが聞いてもわからんし、文芸部設立が成功したとして部長は詩歌がやるはずだ。
「……。まあ、人数がそろわない事には何ともなぁ……。せめて小説書いた経験がある奴とかいればいいんだが……」
大体話したい事は終わったらしい。そう言って水沢先生は腰をあげようとする。
「ん? どうした?」
詩歌と水沢先生が突然手を挙げたオレに目をやる。
「えっと……。小説書いたことありますよ。初心者用のサイトに投稿するくらいですけど」
おそるおそる手を挙げて言ったオレを詩歌と水沢先生の二人は驚きの表情で見つめる。
「ホントか? それじゃ一つ読ませてくれ」
「え……。やっぱり読みますよね?」
ふぅ――――、職員室をでると長く息を吐く。まさか、自分が書いた小説を誰かに見せるときが来るとはな……。詩歌のほうに目をやると、遠慮がちにこっちをちらちら見ていた。
「あー。お前も小説読む……?」
「読むっ!」
案の定即答されたわけで……。頼むからそんな期待の目でオレを見ないでくれ……。
自作の小説を水沢先生に渡すと詩歌の待つ教室に戻った。
「……」
なんか真剣に読んでる……。あはは……オレの書いた小説ですね。
「ふぅ……」
軽く息を吐くと自分の席――詩歌の隣の席に座り、さっき水沢先生からもらった紙の束に目を通す。演劇の台本に先生が書き方のポイントを書き加えたものだ。
詩歌の話しによると、我らが担任水沢は、担当科目は国語。演劇部顧問で文芸部設立時には文芸部の顧問も掛け持ちしてくれるらしい。
『上手いじゃないか。演劇部の台本書いてみないか?』
そう言って渡された台本……。何で用意されてんだ? とか、いろいろ思ったが、まあ掛け持ちとか楽じゃないだろうし……。受け取ったのはそんな心境なわけだよ。
「……」(やっぱ台本と小説って全然違うんだな……)
ちらっと詩歌のほうを見ると真剣に小説を読んでいた。その表情が楽しそうだったので少し安心したがやっぱり人に読まれるのは恥ずかしい。
少し頬を赤くし、台本へと目を戻す。……が、――――集中できねぇ。できるわけがない。緊張して心臓の鼓動が速く、大きくなっていく気がする。
いつからか、オレの目線は演劇の台本ではなく、詩歌のほうにいっていた。――あと、オレの書いた小説に……。
「……だぁ――――!」
そりゃ叫びたくもなるだろ。こんな状況は初めてだ。ただの沈黙でも耐えがたいのにこの沈黙は無理だ。
「ほぇっ!? いたの?」
「いました……。すみません」
あからさまに驚きの表情を浮かべる詩歌につい謝ってしまう。てか、気付いてなかったのかよ……。
「小説上手だね。私もこんな風に書いてみたいな」
「そんなことないだろ……」
「一つ聞きたいんだけど、何で小説書こうって思ったの?」
詩歌は少し小説を読み進めると、小説を置いてオレのほうをむく。多分きりのいいところまで読んだのだろう。
「覚えてない。まあ書くの楽しいしさ、なんか話し考えるのって楽しくない? ぁ、そういや詩歌は……?」
「私? 私は書いたことないからわかんないけど、書けたら楽しいかなって。それに……」
明らかに表情が曇った。何か言いにくい事があるのか……? 小説書く理由に……?
「言いたくないなら言わなくていいよ。べつにそこまで聞きたかったわけでもないし」
「言いたくないわけじゃないけど……。うん、ありがと」
詩歌が俯き頷くと二人とも黙ってしまう。しばらくの沈黙――――破ったのはオレの口から出た言葉だった。
「あのさ、詩歌とオレって昔あったことない?」




