Chapter00-2
「ゴメンね。あなたを作って……」
心は、今日も詩歌に話しかける。
「……」
詩歌にも心はあるはずなのに……。他のドールがするように話したりしてくれなかった。
「桜夜……。私、詩歌に嫌われてるのかな……」
「クゥー」
頭の上のドールに話しかけると、桜夜は悲しそうな声をだした。
その目は彼女を心配するかのように優しく潤んでいた。
――――ある日、家の前が急に騒がしくなった。
大勢の機功師たちが詩歌を殺しに来たのだ、と心にはわかった。
「何のよう……?」
心は家から出て、機功師たちの数を数える。
五人……八人――――十三、十四……。全部で十四人の機功師と十四体のドール。
――不意に、三体のドラゴンが襲い掛かって来る。
「桜夜っ!」
心の周囲を桜色の光が包む、――――その光が消えた時、その中から現れたのは、小さなままの桜夜と少女……。
「ちょ……桜夜っ!」
心は戸惑いを隠せないでいた。その上で桜夜は弱々しく鳴くだけだった。
「輝夜……」
三体のドラゴンが今にも心に襲い掛かろうという時、辺りに男の透き通った声が響いた。
――すると、三体のドラゴンは空中で静止する。
「な、なんだ……!」
おそらく、ドラゴンの主であろう機功師は声を荒げ。ドラゴンたちの奥に目をこらす。
そこには、女の子の形をしたドールがいた。
長い黒髪を持ち、黒色の着物を着たドール――――あれが噂のドールかとも思ったが、それはどう見てもドールだった。
「輝夜、斜め後ろ……」
するとドラゴンは斜め後ろの岩にぶつかる。そこには銃を持ったドールが二体、正確にドラゴンを当てられ、動かなくなる。
「翔……?」
心は目の前に立っていた男を見つめ首を傾げた。
「あと、九体か……。てか、お前ほどの奴が何してんだ? あと一体倒してやるから、残りはお前な」
翔は笑いながら、そう言った。しかし、目は真剣に目の前にいる機功師たちを見つめている。
「えぇ。わかってる……」
心の顔に冷静さが戻っていく。決意に満ちた目を翔に向け、機功師たちへ。
――すると、機功師たちは一目さんに逃げ出していった。
数で奇襲に来たのだ。それが失敗した今、彼らに勝ち目なんてない。
「あー。逃げたな……」
「だね」
心は頬を赤く染め、何か言いたそうに口を開け閉めしていた。
「あのさ、ありがとね……」
「ああ、そんな事より、あのドールの子連れてきて?」
心は深くため息をつくと、翔を家の中へ迎え入れる。
「べつに、そんな事じゃないと思うんだ……」
心はブツブツと呟きながら、詩歌のいる部屋へと向かう。
翔の表情は、何かの決意に満ちていた。
「心、オレたちと戦ってくれ」
詩歌のいる地下室に入ると、翔は詩歌を見つめそう言った。
「え……?」
心には、翔がそんなこと言い出す人じゃないってわかっていた。なのに……。
「オレは、あの子を壊しに来た……」
翔の表情は真剣なものだった。
「……。そっか……。依頼か何か? それともチームに入ったの?」
「ごめん……」
翔はそれ以上何も言わなかった。だから――もう、戦うしかなかった……。
「桜夜っ!」
「オレはあの子と戦いたい……」
翔は首を振って、詩歌を指差していた。
「そっか、だよね……。詩歌……」
心は今にも泣きそうな声で詩歌を呼ぶ。
「ごめんな……。輝夜……」
翔も泣きそうな声になりながらも、目に灯った決意の光を曇らせることはなかった。
「その子と翔の能力は、剛力と硬化、だっけ……」
心がそう呟いた時、輝夜は床に叩きつけられる。力も硬さも手の及ばない速さで詩歌が組み伏せていた。
「な……」
相手が早かったとしても、輝夜の剛力なら簡単に抜けることが出来るはずだった。しかし、輝夜は動くことさえ出来なくなっていた。翔と輝夜の繋がりを強引に切断されたのだ。
「翔のばかぁっ!」
――翔が見たのは心の涙だった。そして、翔の視界は暗くなっていき、翔は地面に倒れた。
「ごめんね……」
輝夜の修理をしながら心が呟いた。
翔はベッドに寝かせてある。あの様子だと、あと二、三日は起きないだろう。
――機功師とドールは、心の力を媒介に繋がり、心を共有して特殊な力を発生する。
だから、腕の良い人形技師にはわかってしまうのだ。修理するドールとその使い手の心が……。
翔は、私たちを救おうとしていた。自分の利益のために詩歌を壊そうとしたわけじゃなかった。
『あれは生まれないほうがいい……』
翔は確かにそう言っていた。なのに私は、詩歌を作ってしまった。だから、翔は詩歌が完全な人になる前に壊そうとしたんだ……。
今の詩歌は、まだ心が育っていない。だから、まだ人と言えるほど近づいていない。
けれど、翔は普通のドールを壊すことも躊躇うような奴だ。きっと、そうとう辛い思いをさせてしまっただろう。
「あなたの御主人に、ごめんって言っておいて……」
心は修理の終わった輝夜に微笑みかけた。
――――そして、詩歌のいる地下室へ。
「ゴメンね……。あなたを作って……」
詩歌が何度も聞いた言葉……。
「なぜ、謝るのですか?」
詩歌は、淡々と言い。目の前にいる心へと目を向ける。
「……。ううん、謝りたかっただけだから」
何度も聞いた返答。その人の悲しい顔は見たくなかった。でも、詩歌にはどうすることもできなかった。
「あのね。こないだした約束。この部屋から出ちゃダメってやつ……。なしにするから、一緒に外に行こう?」
「はい」
約束――それは詩歌にとっては命令だった。心もそれはわかっていた。けれど、外に出すわけには行かなかった。そして、今詩歌を連れて外に出た。
心と詩歌は、外に出ると車に乗り人気のない所まで行って車を止める。
「あなたをもっと自由にしてあげたかった。敵のいない自由な世界で……」
「……」
心は胸が辛くなるのを感じながら……。詩歌も同じ気持ちなのだと気付いた。
「そうね……。この“鷹のいない小鳥が自由に遊べる空”にあなたを放ってあげられたら……」
そういうと空を見上げて少し涼しそうな顔をする。詩歌と初めて気持ちが繋がった気がした。機功師とドールとしてでなく、友達として。
「鷹のいない空ですか……」
「うん。そうだよ……。もっと、みんなが平和に暮らせる世界。戦いなんかなくて……。強さなんかいらなくて……」
心は涙を流した。詩歌がその頬を撫でてくれた。
――たくさん、たくさん泣いたあと、心は詩歌を見つめ口を開く。
「……。私を殺して……?」
心は静かに優しい笑顔を向けてそう言った。
「……はい」
「ゴメンね……」
心には、詩歌が泣いてくれているのがわかった。涙は流れなくても、心で泣いてくれているのだと……。それが、とても嬉しかった。
――――翔が目を覚ますと、そこは心の家の中だった。隣に輝夜が座っている。他に人影はなかった。
家の中を探したが、そこには主人のいないドール達ばかりだった。
その中には、桜夜もいた。桜夜も主人と繋がっていないドールだった。
「心が桜夜との繋がりを絶ったのか……?」
その答えは、何となくわかっていた。
――その時、ドアを、壁を破ろうとする音が聞こえた。外を見ると何人もの機功師たちが家に入ろうと奮闘していた。
「輝夜っ!」
翔と輝夜は、家の外に出て、家を守ろうとする。
――が、数が違いすぎる。翔と輝夜の能力が“硬化”でなければ、すぐにやられていただろう。
そんな、翔たちの前に現れたのは桜夜だった。そして、翔と桜夜の心が共有される。
心の死ぬ直前までの感情が翔に流れ込んで来る。
翔は、涙で濡れた頬を拭うと、――この家を、心の作ったドールたちを守ると心に誓う。
そしてこの時、世界で唯一、二体のドールを同時に操れる機功師が誕生した。
――――詩歌は、望んだ。
『べつの世界で生きたい』
そして、――心の笑顔、敵の――鷹のいない自由な空を、思って涙を流し続けた。
――――気が付くと、詩歌は夢の中にいた。
その夢に、最上心の姿はなかった。そこにいたのは詩歌だった。
小鳥遊詩歌と言うなの女の子として、普通に笑ったり泣いたり……。
詩歌は、夢の中で『べつの世界で生きたい』と言う夢が叶ったんだと喜んだ。
けれど、心の姿がないのが悲しかった。
『心と一緒に自由に暮らしたい、心と友達になりたい』
こう願うべきだったのだろうか。
その夢は、何年間も続いた。ある時、知っている顔の人に出会った。
月見里翔と言う男の子だった。
そして、その子と仲良くなり、一緒に笑い、とても楽しい時間を過ごした。
夢じゃない、現実世界で詩歌を思ってくれていた人――その人と同じ顔の男の子、詩歌はその人が好きなんだと思う。
――たぶん、心も翔のことが好きだっただろう。
それでも――いや、だからこそ、詩歌は目が覚めたら翔に告白しようと思った。
ドールである自分が人に恋をしちゃダメだとわかってはいた。
けれど、翔なら、人として聞いてくれるだろう。
詩歌は、胸の奥が締め付けられるのを感じながら今日も夢を見続ける。




