男の家に一人で上がると、こうなるよ。
「シャワー、ありがとうございました。」
「どういたしましてー。」
サイズの合わない僕のスウェットを着て、彼女はリビングに戻って来た。
僕の前まで来ると、案の定目の前のソファに腰を下ろした。
貸したタオルでトントンと長い髪の毛を拭いている。
あー、なんか女性らしいなーって、ふと思った。
そして同時に小さな疑問が生まれる。
「そういえばさ、君は危機感とかないの?」
「危機感もなにも、私は殺される為に付いて来たので。」
「いやそういう意味じゃなくてさ。怪しい男の家にのこのこ上がり込んじゃっていいの?ってこと。」
「……?」
「にっぶいなぁ。犯されるかもよ?性的に。」
「………っ!?」
数秒の間が空いて、意味が分かったかの様に彼女が顔を強張せた。
「え…、あの……」
「うっわぁ。本当に考えてなかったんだ。」
どうしようもない死にたがりの癖に、こういう事には普通に恥じらいとか持つんだ。
ふーん……
僕は座っていた席を立つと、彼女のソファへと近づいた。
そして不思議そうにしている彼女の肩を押し、ソファへと倒した。
「え……?」
「ダメだよ遥香ちゃん。もうちょっと危機感持たないと。」
そう言って彼女の上に馬乗りになる。
そうすると彼女の顔が見る見るうちに青ざめていく。
「あははっ、いーねその顔。たまんない。」
彼女の首筋に顔を埋める。
そこから鎖骨辺りまで唇でなぞっていくと、彼女が「ひっ」という声をあげた。
「怖い?恐いよね?コワくて堪らないよね?あははっ。」
あんなに何事にも動じなかった彼女が怯えている。
それが堪らなく僕を興奮させた。
スウェットの中に手を入れて太ももを撫でると、足をバタバタさせて暴れ始めた。
そういう抵抗が逆に興奮させる。
「いいね。もっと足掻いてよ。どうせ死んでもいいんでしょ?なら体がどうなってもいいじゃん。」
「………」
そう言った瞬間、ピタッと彼女の動きが止まった。
え、なに?
「……死ねるのなら、体なんていくらでも差し上げます。」
僕の顔をまっすぐと見つめ、彼女はそう言った。
もう抵抗する気はなさそうだ。
うっわ、萎えた。
彼女の上からおりて、元の自分の位置に戻る。
その行動を不思議そうに彼女が見ていた。
「怯えてくれない君になんて興味ないよ。元々ヤりたかった訳でもないし。はぁ、つまんないなぁ。」
僕がそう言うと、彼女は何処か安堵したような表情になった。
「良かったね、相手が僕で。もし欲求不満のおっさんとかだったら、家入れた瞬間玄関先で犯されてたかもよ。」
「………」
想像してしまったのか、彼女が青ざめた顔をする。
その顔のままでいてくれれば良かったのに。
なーんで開き直っちゃうかなぁ。
「まぁいいや。もう夜だし寝たかったらそこで寝な。床がいいなら床で寝ても構わないけど。」
「……ここがいいです。」
「そう。」
「………」
彼女があからさまに疑問を浮かべた顔をする。
めんどくさいなぁ。
「僕は性欲とか無に近いから。怖がんないならこれ以上どうこうしないよ。あともう拘束はいいや。いちいちめんどくさい。早く寝な。」
いっぺんにそう言うと、彼女は小さく「はい」と返事をしてソファに横になった。
それからしばらく、カタカタとキーボードを叩く音だけが室内に響く。
一旦紅茶を入れにキッチンに行き、戻ってきた時あることに気付いた。
あれ、泣いてる?
ソファに横になった彼女の頬に涙の跡の様なものが付いている。
さっきまでなかったのに。
特に気にせず自分の位置に座り直し、作業を続けようとした瞬間……
「おかあ…さん……」
彼女のか細い声が耳を掠めた。
顔を上げて彼女の方を向くと、また閉じた瞼から涙を流していた。
「おかあさん、ね。」
僕にとっては酷く荒んだ言葉だ。
そんな言葉を呟いて、涙を流す少女にどこか不思議な感情を抱いた。
疑問やら興味やら同情やら、共感やら。
広いベッドの上で一人膝を抱え、感情を押し殺していた少年の姿が頭の中に浮かんだ。
大丈夫。
彼は殺したから。
いないから。
もうどこにもいないから。
もう、ボクは死んだから。
頭の中の映像を掻き消すように、パソコンのデスクトップを静かに閉じた。