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第3話:新規会員がもういない!? 悪魔たちの涙ぐましい「自腹営業」

 魔王軍の最前線基地がマルチ商法に染まってから2週間。

 俺が仕掛けた【ディバイン・マルチ・マーケティング(DMM)】は、ついに一つの「物理的な限界」にぶち当たっていた。


「頼む! お願いだからこの『輝魔石』を買って、俺の紹介でビジネス会員になってくれ! 頼むよぉ!」


「無理を言うなゴブ! 俺はもうルシ夫の紹介で『エメラルド会員』になってるゴブ! お前こそ俺の下の会員になれゴブ!」


 基地のあちこちで、悪魔たちが互いに怪しい紫の石を突きつけ合い、胸ぐらをつかみ合っていた。

 当然の結末だ。

マルチ商法とは、ピラミッドの下層が「ネズミ算式」に増え続けることで成り立つシステムである。

しかし、この最前線基地にいる悪魔の数には上限がある。

わずか半月で、基地の全悪魔が会員になってしまったのだ。


 つまり、これ以上勧誘できる『ピュアな新規カモ(悪魔)』が、この基地には一人も残っていなかった。


「タ、タカシさん! 助けてくれ!」


 タカシ金融の相談窓口に、汗だくになったルシ夫が飛び込んできた。かつての輝かしいトップ営業マンの面影はなく、目の下にはどす黒いクマが浮かんでいる。


「どうしました、ルシ夫さん。今月も『サファイア会員』のノルマ達成、余裕でしょう?」


「余裕なわけないだろ! 新規会員がどこにもいないんだ! このままだと今月のノルマが未達成になって、会員ランクが格下げされちまう! 下の奴らからのマージンが貰えなくなるんだよぉ!」


 ルシ夫は発狂寸前で頭をかきむしった。

 ランクを維持するためには、毎月一定以上の『輝魔石』を組織全体で売り上げなければならないルールにしている。新規が入らない以上、売上はゼロだ。


「困りましたね。あ、ちなみに、自分で石を買い取って売上を『偽装』すれば、ランクは維持できますよ? いわゆる【自腹営業(買い込み)】という裏ワザですが」

「自腹!? 自分で買うのか!?」

「ええ。一時的に身銭を切ってでも、上位ランクの権利収入をキープした方が、長期的には得だと思いませんか?」

「そ、そうか……! 権利さえ守れば、来月にはまた大金が……! タカシさん、俺にまた金を貸してくれ! その金で石を買う!」


 ルシ夫は狂ったように笑いながら、追加の融資契約書に血判を押した。

 もちろん、来月になっても新規会員が増えるわけがない。彼はただ、借金を重ねて『ただの河原の石』の在庫を自室に積み上げるだけのマシーンと化したのだ。


 この「自腹営業」の地獄は、ルシ夫だけではなかった。

 中間管理職のゴル大佐ガーゴイルもまた、自分の部屋を大量の『特大・輝魔石(ただの大岩)』で埋め尽くし、身動きが取れなくなっていた。


「クソッ、今月の維持費のために、俺の家宝の魔剣を売る羽目になるとは……。だが、俺は『レジェンド会員』なのだ! 下級悪魔どもに無様な姿は見せられん!」


 ゴル大佐は自室の床が岩の重みで抜け落ちそうになっているのも気にせず、ブツブツと呪詛のように呟いている。

 戦うための魔剣を売り払い、ただの岩を買い込む。魔王軍の軍事力は、この時点で完全に内側から自滅していた。悪魔たちは戦う気力すら失い、毎日借金の返済と在庫の処理に追われて泣いていた。


 そんなある日、基地の空が突如として不穏な暗雲に覆われた。

 凄まじい魔力のプレッシャーと共に、上空から巨大な影が舞い降りる。


「ゴル大佐! 命じられた人間領への侵攻が未だに始まっていないとはどういうことだ! 貴様、魔王軍を裏切る気か!」


 現れたのは、魔王軍の最高幹部『四天王』の一人、猛将バルザスだった。禍々しい鎧を纏った巨漢の悪魔であり、その戦闘力は人間の軍隊を単騎で滅ぼすレベルである。


 基地の悪魔たちが恐怖で縮こまる中、ゴル大佐は虚ろな目でバルザスを見上げた。


「……し、四天王バルザス様……。良いところへ、お越し、くださいました……」

「ぬ? 何だその死んだ魚のような目は」

「バルザス様……。突然ですが、今の生活に満足していますか? 毎日魔王様の顔色を窺い、命をかけて戦う割に、給料が割に合わないと思いませんか?」


 ゴル大佐は懐から、すっかり手垢で汚れたピラミッドの組織図を取り出し、四天王の前に突きつけた。


「はあ!? 貴様、何を言っている――」

「バルザス様のように優秀な幹部なら、最初から【インフィニティ・ゴッド会員】としてスタートできます! この基地の悪魔全員が、あなたの『下層』になるのです! 寝ているだけで金貨1万枚ですぞ!」


 四天王バルザスは、あまりの出来事に呆然と口を開けた。

 しかし、俺は陰からその様子を見て、静かに確信していた。


(よし……ついに『トップ(四天王)』が釣れたぞ)


 最前線基地のバブル崩壊は間近。だが、このマルチの魔の手は、ついに魔王軍の最高中枢へと感染を広げるのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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次回もお楽しみに。

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