第2話:魔王軍の朝礼が「やる気! 元気! 奇跡!」の唱和に染まった日
ルシ夫に『幸福の輝魔石』を売りつけ、怪しいピラミッド組織の頂点に据えてからわずか1週間。
俺の仕掛けた【ディバイン・マルチ・マーケティング(通称:DMM)】は、恐るべき速度で魔王軍の最前線基地を侵食していた。
「――いいですか皆さん! 過去の自分と、今の自分は関係ありません! あなたが変われば、世界が変わる! さあ、隣の仲間と手を取り合って叫びましょう! やる気! 元気! 奇跡!」
「「「やる気! 元気! 奇跡!!!」」」
早朝の魔王軍最前線基地。
かつては「人間に突撃せよ!」と血生臭い怒号が飛び交っていた広場は、今や完全に怪しい自己啓発セミナーの会場と化していた。
壇上で拳を突き上げているのは、最初の会員であるルシ夫だ。その目は完全にイッている。
そして広場を埋め尽くす数百匹のスケルトンやゴブリン、オークたちが、満面の笑み(骨はカタカタ鳴らしながら)で狂ったように唱和していた。
その光景を、俺は基地の端にある特設テント(タカシ金融・相談窓口)から、ぬるいお茶を飲みながら眺めていた。
「いやあ、素晴らしい教育(洗脳)の成果だ。前世のブラック企業の朝礼を思い出すな」
ネズミ算式の増殖スピードは、俺の予想を遥かに超えていた。
ルシ夫が同僚のインプ2人に石を売り、その2人がさらにゴブリンたちに売る。人間社会の『資本主義の闇』を知らないピュアなモンスターたちは、「寝ているだけでゴールドが稼げる権利収入」という甘い蜜に、一瞬で脳を溶かされたのだ。
今や基地の悪魔たちの間では、人間との戦争など二の次だった。
彼らの最大の関心事は「今月、何人の新規会員を勧誘できたか」である。戦場に出るよりも、身内の悪魔にセミナーを開いて『輝魔石』を売りつける方が、圧倒的に安全で効率よく稼げるからだ。
おかげでここ数日、人間の領土への侵攻は完全にストップ。開店休業状態の戦場を見て、人間の騎士団が「魔王軍の新たな罠か!?」と逆に大混乱しているらしいが、ただマルチに夢中なだけである。
そこに、ドスンドスンと重い足音を響かせ、基地の最高責任者である上位悪魔「ガーゴイル」のゴル大佐が血相を変えて突進してきた。
「おい、タカシ! 貴様、我が部下たちに一体何を吹き込んだ!」
「おや、ゴル大佐。おはようございます。今日もいいお顔ですね」
「いいお顔なわけがあるか! 部下どもが『営業活動が忙しいので今日の突撃作戦は有給を取ります』と言って誰も戦場に行かんのだぞ! 武器の代わりに怪しい紫色の石ころを磨きおって!」
ゴル大佐は怒り狂い、その巨大な石の翼を震わせた。
中間管理職としては当然の怒りだ。上司である四天王から「早く人間を滅ぼせ」とノルマを課されているのだから。
だが、俺は慌てず騒がず、営業スマイルを浮かべて席を立った。
「ゴル大佐、落ち着いてください。彼らはサボっているのではなく、真の『自由』のために努力しているのです。……ところで大佐、大佐の現在の月給はゴールド換算でいくらですか?」
「ぬ、ぬう? 月給だと? ……金貨3枚だが、それがどうした」
「命をかけて戦っているのに、たったの金貨3枚ですか。悲しいですね。……大佐、あなたは現在の地位に本当に満足していますか?」
俺はそっと、ゴル大佐の目の前に特製の羊皮紙を広げた。そこには、ルシ夫たちのピラミッドよりもさらに上の階級である【レジェンド・ダイヤモンド・ゴールド会員】の文字が輝いている。
「大佐のように優秀な指揮官なら、この『DMM』の仕組みを使えば、わずか数日でルシ夫たち下級会員の売上からマージンを吸い上げることができます。そう、寝ているだけで、月収金貨100枚も夢ではありません」
「き、金貨100枚だと……!? そんなバカな話が……」
「嘘だと思うなら、これを見てください」
俺は机の上に、ルシ夫たちから回収した金貨の山をドサリと積み上げた。
「大佐、今ここにサインして上の階級(親会員)になれば、この基地にいる悪魔全員の売上が、自動的に大佐の懐に入ることになります。四天王の顔色を窺う生活から、おさらばしたくないですか?」
ゴル大佐の石の顔が、ゴクリと唾を呑むように強張った。
人間と違って、悪魔には「疑う」という倫理観が薄い。力こそパワーの彼らにとって、この「合法的に下から搾取するシステム」は、あまりにも魅力的すぎたのだ。
「……そ、その会員になるには、どうすればいいのだ?」
「簡単です。初期投資として、こちらの『特大・幸福の輝魔石(河原の大きい岩)』を金貨20枚で購入していただくだけです」
「20枚!? そんな大金、手元にないぞ!」
「ご安心ください。我がタカシ金融が、大佐の『翼』を担保に、超低金利でお貸ししますよ」
数分後。ゴル大佐は「これで俺もレジェンド会員だ!」と歓喜の咆哮を上げながら、血判を押した契約書を手に、巨大な岩を引きずって帰っていった。
基地のトップすらも取り込んだマルチ商法。
だが、ピラミッドが大きくなればなるほど、恐るべき『バブルの崩壊』へのカウントダウンは加速していく。
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