第1話:最弱転生者、スライムに勝てないので魔王軍に『幸せの魔石』を売ることにした
剣と魔法の異世界に転生して1ヶ月。
俺、タカシは、目の前でプルプルと震える最弱モンスター「スライム」を前に、冷や汗を流していた。
「……よし、いけっ、俺の全力ストレート!」
ボフッ、と情けない音がして、俺の拳がスライムの弾力に虚しく弾き返される。スライムのHPはミリとも減っていない。逆に俺の拳がめちゃくちゃ痛い。スライムは「何だこいつ?」と言いたげな顔で俺を見つめている。
この世界に転生した時、俺のステータスは「一般人以下」だった。魔法の才能はゼロ。剣を持てば重さでよろける。チートスキル? そんなものは神様が配り忘れたらしい。つまり、俺はこの世界で最も弱い。まともに冒険者をやっていたら、明日には行き倒れて野犬の餌だ。
「戦ってダメなら、頭を使うしかない。前世の『あの経験』を活かす時が来たな……」
俺は前世、絵に描いたようなブラック企業で、強引な営業と【悪徳マルチ商法】のノウハウを徹底的に叩き込まれていた。
幸いなことに、この世界にはまだ『資本主義の闇』が存在しない。そして、人間の言葉を解するが、人間社会の狡猾さを全く知らないピュアな連中がすぐ近くにいた。
魔王軍の下級悪魔たちだ。
数日後。俺は国境付近にある怪しい居酒屋の個室で、一匹の下級悪魔の前に座っていた。
名前はルシ夫。毎日命がけで人間と戦い、上司のガーゴイルに理不尽に怒鳴られ、給料は銅貨数枚という、典型的な魔王軍の搾取対象(社畜悪魔)である。
「ルシ夫さん。毎日戦場で命をかける割に、その装備、ボロボロじゃないですか? 正直、今の生活に満足していますか?」
「え? な、なんだよ急に。満足してるわけないだろ。俺たち下級悪魔は、死ぬまで前線で人間の盾にされる運命なんだ……。昨日も聖騎士に突撃させられて死にかけたしよぉ」
ルシ夫が安い泥酒を煽りながら、ボロボロと涙をこぼして愚痴を言う。よし、完全にこちらのフィールドに引き込んだぞ。
「人生……いや、悪魔生を変えたくないですか? 実は、選ばれた悪魔だけが知っている『特別なビジネス』があるんです。戦闘力に関係なく、誰でも魔王軍の幹部並みにゴールドを稼げる方法がね」
「は? そんなのあるわけないだろ。嘘を言うな! 騙されないぞ!」
「嘘じゃありません。これを、見てください」
俺は懐から、その辺の河原で拾って魔力液に浸しただけの、怪しく紫色に光る「ただの石ころ」を取り出した。
「これは『幸福をもたらす輝魔石』です。これを所持しているだけで体内の魔力が活性化し、運気が上がります。通常なら金貨10枚の最高級品ですが、今回は特別なご縁ということで、会員価格の金貨1枚で提供できます」
「金貨1枚!? 俺の給料の3ヶ月分だぞ! 買えるわけないだろ!」
「そこです、ルシ夫さん!」
俺はテーブルをバンと叩き、身を乗り出した。前世のトップ営業マン時代のスイッチが完全にオンになる。
「ただ買うだけなら、ただの消費者です。ですが、あなたが『ビジネス会員』になれば話は別です。この石の素晴らしさを、あなたの同僚の悪魔2人に伝えて、その2人が石を購入したら、売上の半分が『紹介料』としてあなたに入るんです!」
「な……紹介料?」
「そうです! さらに、その2人が別の悪魔に売ったら、その売上の一部も『権利収入』としてあなたの懐に入り続けます。あなたが何もしなくても、寝ているだけで下層の会員たちが稼いだ金が、ピラミッドの頂点にいるあなたに集まってくる仕組み……これが【ディバイン・マルチ・マーケティング】です!」
俺は羊皮紙を取り出し、ピラミッド型の怪しい組織図をサラサラと描き上げた。
「想像してください。あなたの紹介で入った会員が100人に増えたらどうなります? あなたは最前線で戦う必要すらありません。魔王城の特等席で、高級ワインを飲みながら下級悪魔たちが稼いだ金を眺めるだけ。……これって、あなたが本当の『魔王』になるってことだと思いませんか?」
「俺が……魔王……!?」
ルシ夫の瞳に、見たこともないギラギラとした欲望の光が灯った。
人間社会の仕組みを知らないピュアな悪魔にとって、この「不労所得」という概念は、一撃で脳を溶かす禁断の果実だったのだ。
「で、でも、最初の金貨1枚がどうしても足りないぞ……」
「大丈夫、我がタカシ金融が超低金利でお貸しします。さあ、ここにサイン(血判)を。あなたの輝かしい悪魔生の第一歩です!」
「やる! 俺、やるよタカシさん! 俺をビジネス会員にしてくれ!」
ルシ夫は狂ったように笑いながら、差し出された契約書に血の混じったサインをした。
ククク、かかった。
戦闘力ゼロの俺が、資本主義の闇で魔王軍を経済崩壊させる。
恐るべきマルチ商法の感染拡大が、今、ここから始まった。
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