ライフリッカーズラッフィング
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甘えすぎないようにしないといけないとは思っていて、そのためには、こうして繋がった日一日を、雑に生きるということをしてはならない。やがて必ずこの人たちを、この人たちに限らず誰かを、この世界に遺して逝かなければいけない日が来るのなら。
死というものを例外なく、誰もが自分の裡に抱えて生きているものである以上は、死は一人に一つきりあれば十分なものだ。他者から、外部からもたらされるものであってはいけない、ましてや自分が誰かにそれを与えるものであってもいけない。
そんな当たり前のことを、確かめながら生きる。生きることが出来るなら、勉強をし、仕事をする、そして生きた痕跡を、今日も何らか、記していく。
音符を、文字を一つでも。
呼吸の、鼓動の数を、一つでも。
それがもし、愛しい誰かと重なるものであったなら、それは相当にハッピーなことではあるけれど、まずもって誰かを傷めず穢さずいられた一日であればそれも上等と言っていいはずだ。
何であれ人間として、生まれてしまった以上は。
「どうも、……ありがとうございました! 良い夜を、良い人生を!」
芋窪さんが右手にマイクを高らかに挙げて、それから腰を折りたたむように深々と頭を下げた。拍手の中に指笛や歓声が混じる。これはまるでどこかの「ハコ」のようであるが、赤い提灯やベビーカステラやたこ焼きの屋台が立ち並び、空高くにはぼんやりと膨れた月が実ってオープンエア。ここは小津塚神社という神社の境内である。
このあたり、昔は「骨塚」と申してのう、字が物騒ゆえ昭和の中ごろから「小津塚」に字が変わって、家が建て込むようになって以後は「しらゆり台」などと小洒落た名で呼ばれるようになったのじゃ……、という知識を、冬弥は先ほど芋窪さんから授かった。
今日、地名が変遷する中で、往時の響きを今に伝える神社を中心に行われる秋の祭。
地域で活動する演歌歌手や、浅川駅前で路上ライブをするアマチュア歌手などがライブを行う中に混じって、浅川学園に籍を置く学生バンドの幾つかも、活躍の場が与えられた。ヘッドライナーを務めたのが、芋窪さんたち五人であった。
「お疲れさまでした! お水、と、タオル、あとかき氷!」
ステージから降りてきたおばあちゃんたち五人、何も汗びっしょりである。冬弥は彼女たちの、プロデューサーでありマネージャー、今回の神社でのライブも、冬弥が申し込み、予定を組んだ。
「どうだった、冬弥。上手く唄えていただろう!」
つむぎちゃんが冬弥の腰に抱き付いて来る。
「はい、とっても上手でした、めちゃめちゃ可愛かったです」
「可愛いか、それも悪くないけど」
「すごいカッコよかったです、世界一クールな女の子でした!」
にー、とつむぎちゃんが笑う。やっぱり「可愛い」が相応しいようだ。
今回がつむぎちゃんのバンドメンバーデビュー、この小さな女の子のための曲も、冬弥は新たに書き下ろしたのである。いつも早寝早起きのつむぎちゃんが、昨夜に関しては「どうしよう冬弥、興奮して眠れない」と困惑の声を発した。まあ、そのぶん今日の午後にはたっぷりと昼寝をして、ベストなコンディションでライブを迎えることが出来たのであるが。
「そのような汗だくな身体で引っ付くでない」
ミネラルウォーターを一気に空にした芋窪さんが咎める。
「だいたい、カッコいいのはそなた一人の力ではない」
「芋窪さんもカッコよかったです」
「ぐっむっ……むぅ……」
その隣では吊掛さんが、かき氷をミネラルウォーターの勢いで飲み干している。白子さんは「あーっちぃ、なーんでまだこんなあっちぃのかねぇ……」と冷やしタオルに顔を埋めている。
小豆洗さんは、次が「黄色」の出番とあって、大急ぎで汗を拭き、吊掛さんの陰でシャツをを換え、たちまち観客となった。「黄色」も浅川・南武を含めたエリアで活動するバンドということで、この祭に呼ばれているのだ。一つの夢であった「黄色」との対バンが叶ったと言える。あのクールな小豆洗さんが、「黄色」のメンバーと話すときには少女の顔になる。冬弥はそれを見るのがこっそりと好きなのだが、本人には決して言えないことだ。
つむぎちゃんにとってはデビューライブ、しかし芋窪さんたちには、文化祭から数えて今回が四回目のライブである。一、二、三、たくさん、ここから先は日常になる。
最初から完成度の高かったパフォーマンスは回を重ねるごとに確実に磨き込まれ、輝きを増していた。お互いに合わせつつ、挑発するようにズラしてみたり、暴れてみたり。演奏は生きもののようなところがあって、どんなに厳密に譜面通りに弾いたとしても、同じものは二度と現れない。少しずつ形を変えて、今日も新しい悦びが生み出される。
「ねえエツコ、私ラステカービベが食べたいんだけど」
「ベビーカステラな。そんがな、乗るがじゃ」
人混みの中にずんずん踏み込んでいっても、つむぎちゃんを肩車した吊掛さんは目立つので、はぐれる心配はなさそうだ。
冬弥はいつも、自分がパフォーマンスをしたわけでもないのに彼女たちがライブを終えた後は、安堵からしばらく休憩が必要になる。
芋窪さんと白子さんがそばにいてくれる。一つのカップで氷いちごをシェアしていた二人が、不意に冬弥にスプーンを向けた。
「冬弥くんも一口じゃ」
「ありがとうございます。でも間接キスになっちゃいませんかこれ」
「どっちかってもんじゃないからいいだろ」
「そういうもんなんでしょうか……、いただきますけど」
薄まっているはずのシロップの味なのに、心なしか甘さが濃いように感じられた。
舞台上から「黄色」の楽器の音が聴こえてくる。ファンの多いバンドであるから、拍手の音も一際大きい。腰を浮かせて舞台上の様子を伺った芋窪さんが座り直し、
「生きておるなぁ……」
と呟いた。
「イキってる?」
「言うとらんわそのようなこと。……人間がたくさん生きておるなぁと思うたのじゃ、舞台の上におるときは、ろくに見てはおらんゆえな、いや別に、緊張しているとかではなくて」
芋窪さんが一口食べ、白子さんが一口食べてまた、甘い甘い氷いちごが冬弥に巡ってくる。
「一人も生き残っておらなんだ場所でも、こうしてまた……、そんなことを考えたのじゃ」
水島喬太郎さんにラジオを託して出征した若者が生まれ育ち、その母親が空襲を受けて亡くなった集落が、このあたりにあったのだ。
焼け野原、という表現を、冬弥も何度かは聞いたことがある。戦争はあらゆる形の死を外から運んでくるが、だいたい、人の命が消え去ったあとに残るのは瓦礫と焼け野原。残る、というよりは、それもまた、外部から運ばれてきた環境であると見るべきか。冬弥が実際に目にしたことの一度もない光景が、かつてここにはあったのだろう。
「冬弥くんには説教臭くて辛気臭いと思われてしまうやもしれぬが、……まあ、ばあさんの言うことなんてだいたいそういう類のものではあろうが、人間がどれほど進化しても、戦争の後にやって来るのは、焼け野原じゃ。そこには命がなく、したがって、人の作り出す音もない世界じゃ」
「冬弥だけじゃなくてあたしも辛気臭いと思う」
「そらまあそうかも知れんが。……こうして、のう。こうしていま、いとおしき人間たちの音を、営みの音を聴いておると、これが失われる日の来ないことを、もはや大した力もない妾としても祈るばかりじゃ。せめて冬弥くんの生きておる間は……」
曲の中に、詞の中に、冬弥は願いを、祈りを託している。それを芋窪さんと白子さん、この二人に、言葉にして届けてもらっている。しかし、芋窪さんと冬弥の認識には少しの違いがある。
「僕は、……僕がいなくなった後に、またきっと現れる誰かも、幸せでいてくれたらいいなと思います」
「誰か」
と白子さんが首を傾げた。
「……とは?」
「みなさんには、生きていて頂かなくては困るので……、生きて、せっかくなので、人間の感じる幸せを、いっぱい共有してもらえたらいいなって思っているので」
これから先も、芋窪さんたちは生きていく。
しかし人間もまた、生きていく。冬弥は死ぬけれど、生まれてくる命がある。入れ替わり立ち替わり、人間は現れるだろう。
芋窪さんに限っても、出征して戦死した若者、水島喬太郎さん、そして高校でクラスメイトとなった無数の少年少女、その中における、来宮啓一郎、平入冬弥、島や村上、その他大勢、たくさん。冬弥の愛しく思う人たちは、その全てを記憶している。
であるならば、
「誰かのことを思い出すとき、みなさんの胸に痛みが走らないといいなって、僕は思います。人間が死ぬことを避けられないのなら、人間がみんな死ぬことを自分の中に抱えて生きていかなきゃいけないのなら、死というものが外からやって来ることがないといいなって」
芋窪さんと白子さんが顔を見合わせた。
冬弥は、吊掛さんとまたあの山の鉄道に行った。その道中で「もっと遠くの電車に乗りゆうが」という話をした。他に一緒に行きたいと言うメンバーがいなかったので、二学期の期末試験が終わったあとに二人で泊まりに行くことになった。
小豆洗さんとは、先週またライブに行った。この間とは違うハコ、違うバンド……、未知の音楽に触れるのは、冬弥にとってとても心地よい刺激となる。
毎晩のようにつむぎちゃんが寝るとき、冬弥は側にいて、彼女の寝息が整うまでを見守っている。つむぎちゃん的には冬弥は息子のようだが、冬弥は妹が出来たような気持ち。
人間の生きる悦びを、冬弥は毎日受け取っている。
自分だけではない、出来るだけ多くの人間が、理不尽な死からは懸け離れた場所で、生きていてよかったと毎日思えるような時間を過ごして欲しい。明日心臓が破裂して死ぬかも知れないのならば、なおのこと。だって冬弥は想像せずにはいられない。自分のいなくなった世界でまた誰かがこの人たちの側にいるとき、一つの命に対して一つだけあれば十分の死が、二つも三つもあっては困るのだ!
「そっかぁ……、じゃー、また次もヤんなきゃねぇ」
白子さんが優しい微笑みを浮かべる。芋窪さんと、ぐりぐり撫でられる冬弥は、共に複雑な表情を浮かべている。
「お? なんだよ」
「いや、あの……、のう」
「白子さんが『ヤる』って言うと、何だかその、迫力が出ちゃうっていうか……」
「ワーそんなこと思ってんのかよエロいなー」
「そなたにだけはエロいとか言われたくないのじゃが!」
エロス、性的な話であると同時に「生の欲動」という捉える方法もある。冬弥の生きるエネルギーの一つであることは否定できない。
◯
「妾は、冬弥くんと青春がしたい」
芋窪さんからこんな言葉を委ねられたのは、学校に復帰してしばらくしたころの、帰り道、勝手橋を渡るあたりでのこと。退院以来、冬弥は週に二度ほどしか家に帰っておらず、生活の拠点は谷戸の邸となっているので、毎朝毎夕勝手橋を渡るのである。
芋窪さんはとても真面目な顔をして言ったもので、そのとき一緒にいた三人に嗤う隙を与えなかった。振り返ったところで芋窪さんは、夕焼けの光に銀色の髪を鮮やかに彩らせて、恥じらう様子も特に見せない。
「ずうっと考えておったのじゃ。冬弥くんが戻って来たなら、妾は何をしたいじゃろうかと。……エツコのように一緒にお出掛けをするのもよいのう、スイのようにライブに行くのも楽しそうじゃ、でもって、エマのような、エマのような……、あの、二人はその、どれぐらいのことをしとるんじゃ……?」
「こいつ往来で何言い出してんだ」
「ド変態がじゃ」
橋を渡り終えた白子さんと吊掛さんが呆れた声を出し、
「狭いんだからど真ん中で止まるなよ」
芋窪さんの向こうから小豆洗さんが不満を口にする。
「あいすまぬ……。けど、こう、妾は思い浮かばぬ。ゆえに、全部をしてみたらどうじゃろかと……、せっかくギャルのなりをしておって、JKとして過ごしておるのに、妾はなにかこう、心がいつまでたってもばあさんでおるというか……」
「お前動かないんならちょっと端に寄れ」
芋窪さんの脇をすり抜けた小豆洗さんが、「あんま厄介だと思ったら聞き流していいんだからな」と冬弥に告げる。
三人は芋窪さんと冬弥を橋の上に残して、さっさと邸に向けて歩いていく。白子さんが少し行った先から振り返って、声を投じた。
「冬弥ぁ。あたしは、どっちでもいいからな。あたしとあんたは親友、心の友なんだからなぁ」
「いやあの妾は別に具体的に何をしようというのではなくてじゃな……」
たぶん、何でもしてみたい、と芋窪さんは思ってくれたのだ。
冬弥と共に過ごす時間、その痕跡を、全て覚えて生きて行くのなら、あらゆることをしていきたいと思ってくれたのだろう。
それならば。
「じゃあ、そうしましょうか」
力み返るまでもなく、結論はすんなりと出る。
「僕も、……何せ初めて生きてるので、人生にこれからどんなことが起きるのかわからないですけど」
「い、生きるのが初めてなのは、妾とて同じじゃ」
「それなら、……ね、二人でたくさん、いろんな、初めてのことを体験していけばいいんじゃないでしょうか」
冬弥がそう答えたときの芋窪さんの顔を、つむぎちゃんが見たら、どんなことを言うだろう、思うだろう。
きっと、言葉にならないんじゃないかと思う。人の中で生きるようになって以来八十二年間、ずっとつむぎちゃんの母親として生きてきた芋窪さんは、そういう表情を浮かべたことは一度もなかっただろうから。
◯
冬弥は、もしかしたら長生きが出来るかも知れない、なんてことを、このところ思うようになった。
手術こそしたが、相変わらず薬は飲んでいるし、体力は皆無。調子の悪い日もなくはない。
それでも、生きるということに対して極めて貪欲で、かつ積極的な自分を意識するとき、今しばらくは自分の中にだけある死から目を背けて生きていける気がする。
簡単に死んでしまうような無責任はもう許されない。いとおしい人たちのために出来る表現を、し尽くしてから止まる心臓でなければ許されない。
「冬弥ぁ、見て見て」
れー、と舌を白子さんが見せてくれた。
「真っ赤ですね」
「冬弥も見せて」
それだけのこと。なのに、
「ばっ、なっ、はしたなっ……」
芋窪さんは冬弥と白子さんの舌よりも真っ赤になって慌てふためく。
別に焦らなくてもいいのである。
「楓果も見せろよ、ほら、ほらほら、冬弥もあたしも見せてんだぞ」
「んみっ、なっ、こ、こらっ、ひ、ひとのひたをっ……」
芋窪さんの舌も、いちごのシロップの色だった。
「ううぅう……、妾もう嫁に行けぬ……、どう責任を取ってくれるつもりじゃあ……」
顔を覆ってさめざめと弱音を吐く。
「こんなんで恥ずかしがってんのかよ……。冬弥大変だなこんなのが嫁になるんだって」
「およめさんだけじゃなくて、他にも姉とか母とかにもなりたいそうです」
「人生舐めてんなこいつ……」
走り出したばかりの青春の道、芋窪さんの道はまだまだ果てしなく長い。その道を冬弥は一緒に歩く。ゆっくりでもいい、一歩一歩、でも、出来るだけ先まで。長い長い時間をかけて一つの心に一つの命を携えて歩むのならば、出来る限りの悦びを、能う限りに快楽を。
この舌で、芋窪さんの舌で、生そのものを味わい舐め尽くしたその先で、ああ美味かったと笑えるぐらいで丁度いい。




