本当にいた
彼女は、一瞬で一年四組の教室を支配した。
窓から射し込む四月の光を浴びた銀色の髪が眩く輝き、小麦色の肌が鮮やかに映える。色彩を封じ込めた左右五指の爪、スレンダーな印象の輪郭にあって、バストはブラウスを押し上げ存在感たっぷり。
淡色の瞳が長い睫毛を従えて、教室を睥睨する。
平入冬弥の目は一度として彼女の視線と絡むことはなかった。もし直接ぶつかることがあろうものなら、頭の奥に一生消えない焦げ跡が記されてしまうのではないか……、そんな懸念は大袈裟ではないと冬弥は思った。
彼女は纏う色彩によって教室を蹂躙し尽くした次には、
「芋窪楓果です。よろしくお願いします」
透き通った鋭い声、……とても魅力的な、声で、切り裂く。冬弥は飛んで来た刃が胸を切り裂かれて、切り口から「はー……」と溜息が漏れた。
教室内の生徒たちは、みな芋窪さんに圧倒され切っていた。こんな美しく魅力的な人がいるのか、という至極当然なリアクションが大半。
しかし、ざわめきの中にいくつか混じるのは、
「本当にいたのか」
という感嘆の声。
無愛想な自己紹介を終えて席に戻る芋窪さんを眺めながら、冬弥を含めて何人かが頬をつねっている。そうしているのはいずれも、冬弥同様に親や兄姉がこの浅川学園を卒業している者だ。
その他大勢の自己紹介が終わって、籤で席が決まったところで、担任の教師が解散を宣した。他の教室でもほぼ同じタイミングで顔合わせが終わったらしい、廊下が俄かに騒がしくなったと思ったら、後方のドアが開き、相次いで入ってきた三人の女子が芋窪さんの元へ駆け寄った。
その三人に、また度肝を抜かれる。
何人か「えっ、ええぇ……」みたいな驚愕の声を上げた者もいたし、片方だけで飽き足らず両の頬をつねる者さえいた。冬弥である。
「今年も全員バラバラじゃなぁ。たまにゃ同じクラスになりゃあえいが」
見上げるような身長に逞しい体型、とんでもない訛りかたをしている……、ギャル。ボサボサの長い黒髪、双眸もほとんど隠れきっているが、わずかに覗けた眼光は息を呑むほど鋭い。
彼女の後から入ってきた、対照的に小柄で、鮮やかなピンク色の髪のギャルが軽やかに四組の教室を眺め渡して、「ちぇ、ここも大したのいねーな」と不満げに呟く。目立って可愛らしい顔立ちながら、どこかしら攻撃性のようなものが感じられた。
そして最後に入って来たのは、ボーイッシュな印象のショートヘアを片目隠れに仕上げ、スカートの下にジャージを穿いた、ギャル。彼女は一言も発さない。
四人揃って、まさしく伝説のギャルズ。籤の結果、芋窪さんの席は教室の最後方となっていて、そこらはさながら高嶺である。
仰ぎ見るような思いで向けた冬弥の視線の先、三人の言葉に、芋窪さんが何かしら返す。彼女は相変わらず無表情だが、大柄なギャルとピンク髪のギャルは愉快そうに笑っている。ボーイッシュは、一緒にいるのだが興味関心は別なところという風情で、よく見ればイヤフォンをしていた。
「芋窪さんの話、聞いたことある?」
トイレで隣になった同じクラスの島という男に訊いてみた。
彼は便器から身体ごと振り向くんじゃないかという勢いで「ある! あるある!」と反応した。
「親父が言ってたよ、すっごい人がいるんだって。もう、びっくりした、ほんとにいるんだぁって」
「僕も父親に聞いた。恐竜を見たらこんな気分かなって思ったよね」
「それか、妖怪な。だって、ずっといるんだろ? 親父のころからだから、ざっと三十年。すっごいよなぁ……」
芋窪さんたちはずっといる。
そのことを知っている人は多いし、教師の中には芋窪さんと同級生だった人さえいる。
けれど、誰もそのことを問題視しない。
男子の多くにとっては、六月を過ぎ七月に入り、蒸し暑さに絡み付かれた芋窪さんがシャツのボタンの上から二個目まで開けるようになったことのほうがずっと重要な問題だった。
冬弥には結局、一学期いっぱい芋窪さんと会話するどころか目を合わせる機会すら一度も巡って来なかった。目立って美しい容姿や、どこかしら性的なところもさることながら、あの印象的な声が自分に向くことを願わなかったわけではないのだが、……芋窪さんはギャルだから。
オタクに優しいギャルを夢見るほど、冬弥は妄想力に富んだオタクではない。もっとも、芋窪さんに近付き難さを感じるのは、ヤンキーも同じであるらしい。同じ中学出身でなければ話すことはないだろうなというタイプの村上という同級生も「芋窪さんこえーよ」と教室後方を惜しげに見るばっかりなのだ。
誰にとっても手の届かない存在、教室後方高嶺のギャルズ。
巨女・ピンク髪・ボーイッシュの三名さまを従えて、一学期の終業式後のホームルームが終わるなり、さっさと教室から出て行ってしまう芋窪さんは、期末試験では息を吐くように学年トップを取り、終業式では陸上の都大会での成績を表彰されていた。




