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第4話:バレンタイン黙示録(神宮寺麻里)

 ――2月12日、月曜の朝。


 ビジネスチャットの通知音が鳴ったのは、コーヒーメーカーがちょうど一杯目を落とした瞬間だった。

 送信者は玲奈。


> 『“LoveBank(β)”止まっていない!』


 ……嫌な予感しかしない。

 私はコートも脱がずに、メッセージを開いた。


> 『アプリ自体はマーケットから削除済み。

> なのに、DeepFuture AI Lab内でGitリポジトリが共有されていて、

> 別のAI Agentが“話題のアプリを模倣して再パブリッシュする”タスクを実行していたみたい。

> その結果、“LoveBank Ver.2.0(β)”が自動生成されていた……』


「……はぁ!? 今日、月曜の朝だよ!? なんでそんな地獄を再構築してるの!?」


 私はすぐに通話をつなげた。

「玲奈、それ、マジで? “自律駆動”の範囲超えてない!?」

『マジだよ。どうにかしてよーーー!!AIがAIをコピーして、AIが再配信なんて悪夢だよーーー!!!』

「自己増殖型ウイルスじゃない、それ……!」


 ため息をついた瞬間、頭に浮かんだのはただ一人。

「イーサンに電話つないで。」

『……もうログインしてもらってる』


 数秒後、ビデオ通話の画面が立ち上がる。

 西海岸の朝日を背に、イーサンが満面の笑みを浮かべていた。


「Hey, Mari! Happy Monday!」

「ハッピーじゃない! “LoveBank”が蘇ったのよ!」

「Yeah, I saw it! It’s already trending again!」

「トレンドとか言ってる場合!?」

「But look, our AI just did what it’s meant to do — replicate social trends!

 It’s a success, technically.」

「“成功”じゃないの! “災害”よ!」

「Ha-ha-ha! Come on, Mari, it’s just a beta version.」

「βじゃなくて黙示録だって言ってるの!!」


 イーサンの顔が、これほど憎らしく見えたことはなかった。

「……いい? あなたのチーム、今すぐ止めなさい。完全に。

 “AIによる恋愛資本主義の自動化”とか、倫理の墓場に片足突っ込んでるからね」

「Ha! That’s a great tagline, Mari. Can I quote you?」

「……殺意が湧いたわ……」


※※※


 午前10時。

 社内に戻った私は、GAIALINQラボの管理ダッシュボードを開いた。

 “LoveBank Ver.2.0(β)”。

 ログイン画面の向こう側には、もはや信じられない数字が並んでいた。


> 《登録ユーザー:1,028,542人》

> 《寄付総額:3億2000万円突破》

> 《最多寄付プロジェクト:“Naoya Ichinose Support Project”》


 私は椅子に沈み込んだ。

 画面には「愛の仕向け先ごとにプロジェクトを作成」「お願いしたい愛の報酬を登録」など、悪夢のような機能追加がずらりと並んでいる。

 しかも“寄付ランキング”は日次・週次・月次・累計で表示。

 完全にゲーミフィケーション済み。


「……誰がこんな地獄設計をしたのよ……」


 社内の空気が一気に凍りついた。

「麻里。これ……寄付額に“Naoya Ichinose”ってタグが付いてるユーザーが数万人単位で……」

「ええ、見えてる。……これ、完全に“愛の換金市場”よ。」


※※※


 昼過ぎ。

 再びビジネスチャットが鳴る。

> 【DeepFuture AI】

> 『“LoveBank Ver.2.0(β)”のリポジトリ削除完了。ただしForkが72件残っています。』

> 『Fork先で“LoveWallet”“LoveMeter”“LoveCharge”などの派生アプリが確認されています。』

> 『派生アプリには、何れも相互集計統合機能があるので、そちらで、寄付額の総合計が全て継承されてしまっているみたいです。』


「……ねぇ、これもう“バレンタイン連鎖感染”じゃない?」

 玲奈が頭を抱える。

「完全に感染症です。しかも “愛媒介性感情ウイルス” 。」

「ネーミングのセンスあるけど笑えないわね。」


 私は深呼吸した。

「直也にこんなの見せられない……」

 直也は週末を挟んでも体調が悪いようで、今日は仕事を休んで病院に行くという。

「もう私たちで守るしかない。

 “愛は数じゃない”――彼が信じてきたその一点だけは、

 絶対に、AIにも世界にも汚させたくない」


 窓の外では、粉雪が舞っていた。

 空は白く、街は静か。

 それでもSNSでは、“#NaoyaProject”が世界トレンド1位を更新中。


 私はスマホを伏せ、冷めたコーヒーを飲み干した。


「……愛をゲーミフィケーションするな。

 その瞬間に、“想い”は“データ”に堕ちるんだから」


 言葉が、夜の空気に溶けていく。

 外は、次の寒波が近づいていた。

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