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第2話:新解釈と丸投げの横行(新堂亜紀)

 ――金曜の朝。

 出社してすぐ、オフィスがざわめいているのが分かった。


 ざわざわ――。

 どのフロアも、やけに騒がしい。

 GAIALINQ広報スペースのディスプレイにはニュースサイトの見出しが並んでいる。


> 『GAIALINQ COO・一ノ瀬直也氏、“チョコより寄付を”発言が話題に』

> 『五井物産バレンタイン改革? “愛を贈る形の多様化”』


 ――これは、ちょっとマズいんじゃないかな?


 まさかRICOのラジオ番組での直也くんのコメントが、NHKと民放各局でここまで大きく拾われるとは思ってなかった。

 ラジオのリスナー層を完全に超えて、“社会的ムーブメント”みたいな扱いになっている。


 しかも、朝のワイドショーでは「バレンタイン文化見直し特集」とか始まってて、挙げ句の果てに、コメンテーターの一人がこう言ってのけたのだ。


> 「いやぁ、GAIALINQの一ノ瀬直也さん、すごいですね。バレンタインこそ、むしろフードバンクや子ども食堂を思いやるという、寄付の呼びかけは本当に素晴らしい!」


 ……違う、そういう話じゃない。


 私は頭を抱えた。


 デスクの向かいで、玲奈が静かにニュースをスクロールしている。

「……予想通り、“寄付の呼びかけ”部分だけが切り取られていますね」

「“寄付のお願い”って、本人は完全に善意で言ってるだけなのにね」

「善意ほどメディアに誤解されるものはありません」


 その瞬間、社内ビジネスチャットの通知が鳴り止まなくなった。


> 【食品事業部】

> 『GAIALINQのコメントで、菓子メーカーからクレームが入りました。

> “バレンタイン商戦期に完全に水を差す発言は、いかなる存念か?”とのことです。』


> 【広報】

> 『義理チョコ文化の廃止を検討するよう、社長室からも通達がありました。』


> 【総務】

> 『社内女性職員から、“本気の想いを伝える場合も禁止ですか?”という質問が複数届いています。』


 ……地獄の三段オチだった。


「ちょ、ちょっと待って! “本気の想い”って何よ!」

 私が声を上げると、玲奈が小さくため息をついた。

「そこなんです。そもそも、それが“本気”かどうかを“誰が”“どうやって”、判断できるのか、という話になってしまいます……」

「そんなの総務に聞いてもどうしようもなくない?……」


「でも、社内規程上、“特定個人への贈答行為”は禁止になる可能性がありますね」玲奈が淡々と続ける。

「いや、恋愛沙汰を社内規程で定義しないで!」

「でも、五井物産ですから……コンプラ委員会、ありますし」

「コンプラ委員会がバレンタイン審査とか嫌すぎる!」


 その時、麻里がコーヒー片手にやってきた。

「……今、エレベーターホールで聞いたわよ。食品部、直也のコメントに完全にキレてるみたい」

「うわ、やっぱり」

「“製菓業界との関係にヒビが入る”って言ってる。

 しかも、GAIALINQの“エコフェス開催”の記者会見が来週でしょ?

 今の流れでいくと、“エコの為に、製菓業界全体を敵に回した総合商社”みたいな扱いになりかねないわ」

「……そんなバカな」

 私はため息をついた。 

「こっちは“フードロス削減”のささやかな願いだったのに、いつの間にか“商業主義の全否定”に変換されてるじゃん」


「ほんとにそうね」

 麻里が座る。


「本人、今どうしてるの?」

「昨日から体調悪くて、自宅でリモート。ちょっと咳しているし……」

 玲奈が答える。

「出社は絶対させられない。もう絶対に去年みたいな事にしたくないから、代わりに対応は亜紀さんと私でやってる」

「なるほど、つまり、現場火消しはあなたたち二人と、私が手伝っても三人という訳ね」

「そういうこと」


 麻里が両手を上に投げた。

「……なんでいつも、恋愛とビジネスが同時に燃えるのよ」


 私はうつむいて笑った。

「直也がモテ過ぎるからでしょ」

「モテるのも才能のうちだけど、もはや“社会的災害”よね」麻里が言う。

 玲奈も苦く笑う。

 直也は間違いなく天才だ。

 でも同時に時として天災になってしまう……。

「天災のように発生し、AIのように誤解され、最後にニュースになる」


 そのとき、私の端末に社内チャットがまたひとつ。


> 【総務部】

> 『“本気チョコ”の定義について、GAIALINQプロジェクト側の見解をお伺いしたい。』


「もうやだ……こいつら責任放棄して丸投げに打って出たよ」

「“定義”って言葉が出た時点で地獄確定ね」麻里が顔を覆う。


「……ねぇ、いっそこのまま、“全てのチョコ禁止”にしちゃえば?」

 玲奈が小声で言った。

「でも、そうしたら逆に――“バレンタイン反革命派”が出てくるわよ」麻里。

「“想いを奪われた女たち”が、たぶん署名活動始める」私。

「……確かに」


 沈黙。

 笑うしかなかった。


 そんなときだった。

 オフィスのスピーカーから、軽快な音楽が流れてきた。


> 『NHKニュース続報です。五井物産のGAIALINQプロジェクトを率いる、一ノ瀬直也氏の“フードバンク寄付呼びかけ”が契機となり、全国的に、昨晩から、フードバンクや子ども食堂への寄付に関する問い合わせが急増している模様です。――』


「急増しているの!?」

「いや、まぁ、いいことなんだと思うよ。……思うけどさ……直也くんのコメントを理由にしちゃダメでしょ!」

「……もう誰も止められないわね」玲奈がぼそっと言った。


 麻里が椅子にもたれ、天井を見上げる。

「直也が本当に言いたかったのは、“自分の想いを不特定多数にばら撒いたり、その貰った数自体を誇ったり、そういうさもしい生き方をするな”ってことなのにね」

「うん。でもその真意を本当に理解しているの、たぶん本人と――」

「まずは、莉子ね。あとは私たち……」玲奈がすぐに言った。

「そう。あのラジオのコメント、絶対わざとやったでしょ」

「あれは、絶対確信犯ね」麻里が言う。

「“みんなが直也にチョコ贈りたがるだろうから、最初からそのルートそのものを塞いでおけば平和”って、そういう発想」

「……そういうとこ、嫌いじゃないけどね」私は笑った。

「まぁでも、これで、直也くん宛での大量の処分するしかないチョコレートがこのフロアに山積するのは、避けられたと言えなくもないわね……」


 モニターには、ニュースキャスターが続ける。


> 「なお、SNS上では“本命以外は寄付でOK”という新しいムーブメントも――」


「……やめて!勝手に新解釈しないで!」

 私たちの悲鳴がオフィスに響いた。


 そして私は思った。

 ――たぶん、今年のバレンタインは、

 “チョコの代わりに頭を抱える日”になる。


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