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第14話 温泉旅館でのひととき

 今日という一日が始まっていた。何て事は無い、いつもと同じ穏やかで、平凡な生活の時間を送っている。


 ミドリも変わらずの様子で、純のお世話をしているのだが、その純はいつもと違って頭を悩ませていた。

 頭をグシャグシャと掻きむしりながら、キーボードをカタカタと叩いて、マウスをカチカチ動かしていた。沖縄から帰ってから、三日程この様な状態が続いている。


「誰でしょうか?」


 ミドリは後ろから、純の両目を両手で包み込む様に視界を塞いで問い掛けた。流石に前が見えなければ作業も出来ない為、その手を止めざる得ない。

 ミドリの手を退かして、ゆっくりと振り返って疑問符を浮かべる。


「何か用でも?」


「いえ、少々根を詰めて居られてますので、休憩の方を」


 ミドリの脇には丸型のお盆。テーブルの上を見れば、ショートケーキと紅茶が二人分用意されていた。改めてミドリに顔を向けると、心配の色を浮かばせていた。

 いつの間にか、気を遣わせてしまっていた。ここまで用意されているのに、一口も食さなければ余計に心配を掛けてしまう。ここら辺が休みどきだろうと、ようやく作業を止める事にした。


「そうだな」


 ミドリと共に対面となって席に座り、用意されたフォークで一口サイズに切って、口の中へ運んでいく。甘い生クリームが、疲れた脳の疲労を癒していく感じがする。それと、スポンジの間にサンドされてある苺がこれまた酸っぱく、甘さを引き立てていく。


 紅茶にも手に取って味あっていると、今までの作業についてミドリが問い掛ける。


「純様、何をなさっていたのでしょうか?出来れば、私も知りたいのですが」


 必要最低限の休憩はしていたが、それ以上の休憩をせずに作業に没頭していた純。別に作業をする事に意義を唱えるつもりは無いが、やはり気になってしまうもの。もしかしたら、自分にも何か手伝える事があるかもと、そう考えての質問だ。

 純が答える気など無いと言うのであれば、それ以上の詮索はしないでいる。


「…本当は、まだ言うつもりでなかったんだけど」


「何か大事な事なのですか?」


「全然。ただ、サプライズのつもりだったんだ」


 純は紅茶を飲み干し、一呼吸の間を置いてからその詳細を明かす。


「ミドリのパワーアップアイテムだ」


「パワーアップアイテム、ですか?」


「アイテム、ではないな。言い直すと、パワーアップデータと言うべきかな?ほら、最近結構苦戦する事が多くなって来ただろ?そろそろ対策を講じておこうかと」


 振り返れば確かに、結果だけ見ればミドリは頑張っているのは事実だが、そこまでに至るのに苦戦を強いられている事もまた増えた。先日の沖縄の件に関しては、一度敗北している。

 過去の事や、これからの事を考慮して、ミドリ自身を強くさせようと純が判断して、勝手に作業を開始していたのだ。


 ミドリは感謝と感激、純に対する尊敬などの感情が一気に膨れ上がり涙する。


「そんな、私の為に純様がそんなに苦労していましたとは!感極まります!!」


「そこまで喜んでくれるのは嬉しいけど、早まるな。まだ、調整が終わってなくてデータを渡せないんだ」


 調整が終わってないとなると、データ自体の作成はもう終わっているとも取れる。そのせいもあって先程まで、苦悩に満ち溢れて作業に躓いていたのだろう。

 しかし、ミドリにサプライズをやりたくて黙っていたとしても、調整でそこまで手こずっていたら、ミドリに手渡すのにあと何日掛かることか知れたものではない。


 と、喋っている間も口と手を動かしてケーキも完食していた。そして、席を立ってまたディスプレイモニターに目を向ける。先程話していた、調整の続きを再開するみたいだ。


 まだ、休憩してから然程時間は経っていない。それでは充分に休んだとは言わない。ここは少々強引にでも休ませないと、過労で倒れる恐れがある。そうでなくとも、この先もこの調子で行くとなると、それこそ病院送りの結末となってしまう。


「それはそれとしまして、休憩は大事です。お願いです純様、私は心配で胸が張り裂けそうです」


 心配するあまり、涙するミドリに困惑してしまう。純としては、今すぐにでも完成させたいのだが。改めて、ちゃんと考える。そして、唸りを上げながら考えること数秒、純は仕方ないといった表情でミドリに向き直す。


「分かったよ。それじゃあ、ちゃんと休憩しようか」


「ありがとうございます」


「休憩するなら、ミドリも一緒になって癒そう。ズバリ──温泉に行こう!」



 ////////


 家を出て、片道約70kmの距離をバイクで走った場所。深くも浅くも山の中にある、一軒の旅館前に純とミドリは立っていた。


「急な宿泊でしたが、空きの部屋があって良かったですね!」


「遠慮無く羽でも伸ばすぞー!」


 休憩という事もあって体だけではなく、心も癒そうという訳で、奮発して一泊する事に決まったお休み。この旅館を選んだ基準としては、温泉に尽きる。勿論、街にも沢山のホテルや旅館があるのだが、今回選んだ旅館は街の喧騒も忘れてゆっくりと出来、尚且つ混浴も出来るという点だ。


「ミドリも一緒に」というコンセプトでなると、温泉に入っている時でも一緒に居られる混浴に目が行った。これに関してはミドリが言い出したのでは無く、純の提案によるもの。


「では、行きましょうか」


 旅館に入り、受付で部屋の鍵を受け取ろうと意気込んでいたのだが、女将と思われる方と接待しているお客さんの後ろ姿を見て、二人の歩みは止まった。

 そのお客さんも純達の存在に気付いて、白いセミロングヘアーを揺らしながら振り返っては、不思議そうな表情で声を掛けた。


「おや?これこれは奇遇だね、君達」


「やっぱり叶か…」


 偶然にしては、あまりにもピンポイント過ぎる遭遇。叶も、純達がこの旅館に足を運んでいた事に、思わず目を見開いて驚く。


「叶も心身を癒しに来たのか?」


「そうだ、ハクリュウを連れてね。『も』って事は君達も?お互い苦労は絶えないね」


「そういえば銀音さんは?姿が見えないが」


「姉さんなら、多忙で行かないって断ったよ。だからこうして、ハクリュウとぶらり癒されに来たのだよ」


 叶が来ているなら、姉である銀音も同伴しているだろうと期待していたが、多忙という事もあって来ていない事実を目の当たりにしてがっくりとする。

 そもそも来ていようが、居まいが関係無い。そもそも、ミドリと一緒に過ごす事が大事なのだ。いくら銀音に色恋しているとはいえ、目の前に大事なパートナーがいるのだから、置いていく様な真似はしては駄目だ。


「と、取り敢えず今はミドリとゆっくりする。じゃあな」


 純は手続きを手早く済ませ、叶と分かれて自分達が予約した部屋へと赴く。


 折角此処まで遥々来たというのに、これではいつもと変わらない。偶然というものは本当に怖いものだ。なんて思いながら、荷物を置いて座席に座って、此処まで来るのに固まってしまった筋肉を軽く伸ばして解す。


「純様、早速温泉に浸かりましょう!」


 混浴で、純と共に湯に浸かりたくて堪らないミドリは、必要な物を手にして準備万端の状態。いつの間にか浴衣に早着替えもしていた。純も、筋肉を解すならお湯に浸かりながらの方が気持ち良く解消出来ると思い、のんびりながら浴衣にも着替えて支度する。


 談笑をしならがら歩いていると、曲がり角でまた叶と出会した。


『純殿、ミドリ殿。また、奇遇で御座るな』


 わざとかと疑うくらいの遭遇率に、呆れてしまう。旅館に来ているのだから、温泉から入るのもおかしくはない話。そう、偶々が重なっているだけ。

 しかし逆に、ここまでとなると何か良い事が起きそうな予感もある。


「また、ですね。本当は、純様とゆっくりと過ごしたかったですが仕方ありません。ご一緒にどうでしょう?混浴」


「ミドリから誘うとは珍しい。いいよ、これも何かの縁だ」


「えっ、いいのか!?」


 ミドリはともかく純は男。そんな簡単に混浴を一言で良いと許可を得る叶に、驚愕した。普通に考えて、知人とはいえ混浴なんて親しい人と以外では入ろうという気にならない。男慣れをしているのか、それとも叶からして距離が近いと感じているのか。


「同じ異性同士でも良いが、偶には男女の裸の付き合いも良いと自分は思うが。純はどう思うかい?」


「どう思うも何も、ミドリが入るなら俺も行かないとダメだし」


「では、決定という事だね!」


 駄弁りつつも、「混浴」の文字が入った湯のれんを潜り、男女区分された脱衣所へと分かれている。叶は、ハクリュウが居る端末を純に手渡してから、ミドリと共に女性側の脱衣所へ向かって行った。ミドリ達が入って行くのを見届けてから、純達も男性側の脱衣所に足を運んで行く。


「ハクリュウは元の姿が大き過ぎるから湯に浸かれないけど、偶には入ってみたいという気持ちにならないか?」


『あるで御座る。しかしながら、人様に迷惑を掛けてまで、湯に浸かろうとは思わないで御座る。吾輩は、端末内にあるデータを使って擬似的な温泉を味わうので、気になさらずゆっくりするで御座る』


 純の言う様にハクリュウの体格では、少々無理がある。それだけなら大した事では無いのだが、問題は他にもある。それは、ハクリュウが「機械」をテーマにしているAIアンチウイルスの為。ミドリみたいに、人型のAIアンチウイルスなら問題は無かったが、流石に機械となると話しは別だ。


「入るか」


 水着に着替えて扉を開けると、タオル一枚で胸元を隠しているミドリと叶の姿があった。その姿を見て、即座に疑問に持つ。


「いや二人共、何でタオル一枚だけ?水着着用って書いてなかったか?」


「着用しなくても大丈夫とも書いてあったぞ。そこら辺の羞恥心は自己責任らしいが」


「ですので、純様も恥を捨てて脱ぎましょう」


 ミドリが純の水着に手を掛けるが、それに抵抗して純は脱がれない様にと必死になる。その時、ミドリの胸元を隠していたタオルは床に落ち、綺麗な裸体を晒す事となっているが、純の水着を脱がす事の方が大事なので気にも留めていない。


「周りを見てみたまえ純。少数だが、男女問わず肌を晒している人達は居る。産まれた時の姿に戻るのも良いではないか?」


 叶の言う様にチラホラだが、タオル一枚で歩いているお客さんも居る。でも、だからといって純も脱ごうという気にはならない。


「そこに俺の心はあるのか?!」


「君も、男なら覚悟を決めたらどうなのだ?女であるまいし」


 結局のところ、湯にも浸からずモタモタしているのも迷惑な為、ミドリは諦めてくれた。好きあらば水着に手を伸ばしてくるも、両手を掴んで対応した。


 湯に浸かる前に、先ずは体の汚れを落としてから行けない。三人はバスチェアに腰を掛け、頭から洗っている最中で純は、叶に質問をした。


「頼んでたアレ、どうなってた?トロイの木馬の」


 純の言うトロイの木馬は、沖縄に出向いた時に対峙したマルウェア。あの戦いの最中、純はこっそりあのトロイの木馬のデータを保存していたのだ。何かしらの疑問を抱いており、沖縄から帰って来た後、白塚姉妹に詳しく調べて欲しいと頼んでいたのだ。


「その事ならもう調べ終わったよ。にしても君は凄いね。実は、あのトロイの木馬も新種の部類と断定した。しかも、これがまた面白い内容だ」


「勿体ぶっていないで話して下さい」


「ミドリはせっかちだな。あのトロイの木馬には、《ボクシング》のテーマが備わっていた。ね、面白いだろ?」


「面白い」と称しているが、これは由々しき事態。本来、テーマを持ち合わせているのはパーソナルAIサポートアンチウイルスのみ。ウイルスが、そのテーマデータを持つなんて事は絶対に無い。考えられる可能性があるなら二つ。


 一つは、本当にマルウェア事態がパーソナルAIサポートアンチウイルスに対抗する為、自己進化して身に付いた。

 二つ目は、外部からの手によって後付けの形で、テーマデータを取得した。


 思いつくとしたらこの二つに限られる。


「だから、ボクシングで使われる技術を繰り出していたのですね」


「これが、マルウェアの自己進化ならまだマシだよ。だけどもし、人の手によってとなると話しは違って来る」


 恐れているのは、その対策についてだ。マルウェアがテーマデータを有せる事を、他のハッカーが知ると悪用する者が増えていく。となると、それを未然に防ぐ為の対策する数も、同等に増えていく事になる。

 最悪の場合、たった一つのマルウェアだけであらゆる情報が出回り、国外にも漏れる事だって少なからずある。


「テロ組織にでも渡ったら、それこそ自分達だけではもうお手上げだ。国が滅び兼ねない」


「国が滅びるって、またそんな大袈裟な」


「君は少々楽観的過ぎるぞ!君はやれば出来る人。まだ数回しか共に仕事をしてないとはいえ、自分は君の事を凄い人と認めている。だからこそ、そういう態度は自分が許さない。分かったかい?」


 食い入る様に叶が顔を近付けて来ており、鼻と鼻が今にもくっつきそう。叶が喋る事に、その息が肌に掛かってこそばゆい。いつもなら、あまり意識はしていなかったが、混浴をしているせいか胸の高鳴りが止まらない。


 よく見ると、本当に銀音と変わらない顔立ちをしている。流石姉妹と言うべきか。


 ──なんて、考えてる場合ではない。


「わ、分かったから!ち、近い!」


「そうですよ!壁は純様から離れて下さい!」


「なっ!?壁とは何だね壁とは?!」


 後ろから胸元に抱き寄せるミドリに対し、更に食い付いて迫って来る叶。逃げようにも逃げられず、板挟み状態となってしまった。特に正面が酷い。

 視線を何処に逸らしても、叶の小さくも少しばかり大きく実っている胸が視界に入る。意識している分、余計に問題あり。


「叶さん、胸が近いです!!」


「あー、サービスとして受け取りたまえ」


「胸!?純様純様!胸なら私の方が豊満ですよ!ほらほら見て下さい!」


 渋滞、渋滞、渋滞。視覚と聴覚と触覚による情報が一気に集中されており、脳内で渋滞が発生する。ミドリもミドリで、いつもと違う雰囲気もあって、もう無茶苦茶。


 温泉に入ってゆっくりするつもりが、無駄な体力を消費する場となってしまった。本当に何故なのだろうか。



 ////////


「いやー、楽しかった!」


『純殿は、あまり楽しそうな表情をしていない気がしたで御座るが?』


 一悶着あった大浴場から上がりその後、珍しくもエアホッケーが設置されてあった。純と叶がワンプレイだけしたのだが、その内容が反則だらけの泥試合と化していた。

 その隣では、ハクリュウも実体化してミドリと定番ともいえる卓球をしていた。こちらはこちらで、球ではなく、自分達が跳びはねたりして縦横無尽にプレイしていた。

 そんな対極な遊びを30分以上して、各自自室に戻り始めたのだ。


「ハクリュウ、少し良いかな?」


 ハクリュウとの話に、一度区切りをつけてから歩く速度を速めた。その先は受付。そこで、旅館のスタッフに女将の二人が、何やら頭を悩ませていた。

 叶はそれが気になったらしく、尋ねてみることにした。


「何かお困りの様だね。こんな自分でも力になろうか?」


「お客様、ありがとうございます。ですが、たわいのない事ですのでお気になさらず」


 そういって、頭を悩ませている原因の物をそっと体で隠した。しかし、叶の目にはそれがしっかり捉えていた。


 頭を悩ませている物、それはパソコンだった。それならば叶の出番だ。ある程度の事なら、ハクリュウに任せることもない。


「失礼ながら、後ろにあるパソコンにお悩みの様だね。自分はバディハッカー。壊れてない限り、お役に立てると思うがどうだろうか?なに、お金は取らないから安心したまえ」


 隠したつもりが隠せれておらず、看破されて戸惑う女将。後ろにあるパソコンに、何度も目移りしている様子に、返答に迷っているみたいだ。


 女将自身も、頼った方が正解だと言う事は承知しているものの、相手はお客さんなのだ。手を煩わせる訳にもいかないと葛藤していはいるも、ずっとこちらを見つめる叶に根負けしてようやく口を開いた。


「で、では、お願い致します」


「よしキタ!」


 意気揚々としてパソコンを操作し始める。損傷という物は一目で分かる。という事は、その中身についてだ。ちょっと操作して、叶は動作が遅い事に気付いてマルウェアの仕業の可能性と考慮し、ウイルススキャンを開始した。


 それから更に数分して、ウイルススキャンがマルウェアを特定して画面に映し出した。マルウェアは、ワームとトロイの木馬の2種類のみと検出された。


 とはいえ難しい表情をする。近頃のマルウェアは新種との遭遇率が高い。普通のマルウェア2体なら、ハクリュウだけで容易に事足りる。新種ではない事を祈って、ハクリュウに駆除させる事も考えるが、それはあまり賢い選択とは思えない。


 念には念を、保険は大事だ。


「成功率を上げる為、彼らにも協力を仰ごう」


 叶は一度その場を後にし、もう一組のバディハッカーの元へと応援を急ぐのであった。

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