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第15話 UNKNOWN襲来

「何かもう、色々と疲れた…」


「ですが純様も、言葉とは逆に笑って楽しんでいる様に見えましたが?」


「そりゃあまあ、楽しかったは楽しかったよ?でも、疲れるのとはまた別の問題だろ?」


 温泉ではミドリと叶に振り回され、出た後は反則の応酬が続く卓球をしたりと体力も一気に削り取られた。それでも、自身が楽しいと感じているならそれは別に良いかと考える。

 ただ、普通にゆっくりする事だけが休むという意味ではない。馬鹿みたいに騒ぐのもまた、一つの休むということ。心は一応休まれた。


「明日の朝一でまた温泉に入る…ミドリもどうだ?」


「良いのですか?」


 純は小さく頷いてその返答に答える。てっきり、一人で入り直すのかと思っていた為、一緒にまた温泉で浸かれると思うと嬉しくなる。そもそもな話、純について行けるだけでもミドリは満足だ。


 であれば、明日に備えて今日は早めに寝てしまうに限る。「おやすみなさい」と同時に告げて、明かりを消して就寝するタイミング、叶が静かに戸を開けて入室して来た。


「唐突で悪いが、緊急事態が発生した。今すぐ来てくれたまえ」


 二人は気怠げな上体を起こして、怪訝な表情で叶に視線を向けた。布団を被って時間は殆ど経ってはないが、すぐにでも寝られる状態だったのだ。それを邪魔されたら不機嫌になるというもの。

 緊急事態と言うのだからそれなりの事だと思い、話を聞く態勢になる。


「碌な緊急事態だったら張り倒すからな」


「マルウェア関係だ。さっきも言った通り、緊急だから詳細は歩きながらで」


 マルウェアの単語を聞いて目が覚め、ミドリウェアを片手に叶の後に続く。


「感染経路はメールからだ。知らずに開いてしまい、個人情報の漏洩となった、と思ってたのだが、備えられてあったアンチウイルスソフトウェアが非常に優秀だったよ。マルウェアは確かにパソコン内のデータを持って逃走をしていたが、閉じ込めている」


「えっ、は?何で閉じ込めている?アンチウイルスソフトウェアなら、駆除まで出来るだろ?」


「見てくれ」


 叶が持つガジェットを手渡され、そこに映し出されている情報を目にする。それは、話しにも出てきたアンチウイルスソフトウェアのプログラムコード。

 ミドリは物珍しそうに読み解き、対する純は何も分かっていない表情をしていた。


「君、もう2年もバディハッカーしているなら、プログラムコードくらい理解したまえ。よくそれで、プログラミングが出来るね」


「う、うるさい!後少しで分かるから…」


「はぁ…ミドリ」


 純を待っていたら日が暮れてしまう。叶は呆れつつも、ミドリに説明を求めさせる。ミドリもそれを理解し、一つ咳払いをしてからどういうプログラミングされているか説明をする。


「このアンチウイルスソフトウェアは、マルウェアが侵入すると、検知されるより早くシステムが実行され、あらゆる回線を全て自動で遮断し、外部にデータが漏洩しないようにしています。その後、時間を掛けてマルウェアを駆除する、そんな仕組みとなっております」


「駆除に時間は掛かるが、その分マルウェアに感染しても大丈夫の様にされてある。初心者にはオススメのソフトウェアだ」


 その説明だけで純にでも分かる代物。随分と手が込んでおり、それと同じくらいの安全と信頼性が伝わって来る。何処のメーカーのものかと、ガジェットを操作して調べてみた。意外にもそれは、大手のメーカーからのソフトウェアではなく、個人の作成によるソフトウェアと分かった。


「このソフトウェア『アンチセキュリティ』のやつだ」


「アンチセキュリティ?そんなメーカー聞いた事ないが…知っているのかい?」


「俺とミドリに、バディハッカーの何たるかを教えてくれた人の会社名だ。個人で経営してるから、多分このソフトウェアは自作の筈だ」


 純からガジェットを返してもらうや、その物珍しさにプログラムコードを目を細めて観察する。


 一旦話しの区切りがついた場面で、とある部屋の前で立ち止まった。戸を開けると、ハクリュウが座敷に座って、指先を器用に使って問題のパソコンを操作していた。

 周りに誰も居ない。ふと、戸の近くを見ると「関係者以外立ち入り禁止」の看板が立っていた。どうやらこの部屋は、旅館のスタッフの為に用意された休憩室の様なものらしい。


「あのソフトウェアは帰ってじっくり見るとして、今は目の前に集中しないとね。今回のマルウェアは2種類。ワームとダウンローダ型のトロイの木馬。新種の可能性も考慮するように」


 純と叶は、それぞれのガジェットをケーブルでパソコンと同期させる。それに伴って、ミドリはいつもの黒ドレスに姿を変えてミドリウェアの中へ、ハクリュウは叶のガジェットの中へと入って待機する。


「このソフトウェアなら放って置いても問題は無いと思うが、自分から切り出した事だ。最後までその責務を果たすとしよう」


 純と叶は、ガジェットの画面をタップして二人をパソコン内部へと送り出すのであった。



 ////////



 マルウェア2体は運良く一カ所に止まっている。分かれて相手するより、幾分かは楽だ。


 ミドリ達が降り立った場所は、これまでの電脳世界とは違ってシンプルなもの。周りには一切建物が無く、地面には足首まで浸かる水があるくらいだ。着地したら水音が鳴り、その音でマルウェア2体がミドリ達の存在に気付いた。


 ワームと、小学生程の背丈のトロイの木馬。マルウェアの種類は検知通り。

 ミドリは大鎌を、ハクリュウは鋭い爪をチラつかせてゆっくりと歩み、次第にその速度を上げて駆除に掛かった。


 ミドリ達が動き出したのを見て、増殖していたワーム達が何処からともなく現れた。しかし、今回は意外にも数が少ない。それでも増えている事には変わりはない。ミドリなら時間を要するが、ハクリュウが相手をすれば数十分であら方片付くだろう。


 ハクリュウはスラスターにブーストを掛け、ワームの大群の中に自ら突っ込んで行く。鋭い爪で切り裂き、薙ぎ払い、強靭な顎で噛み引きちぎる。空へ高く飛び、武装してあるレールガン二丁をワーム郡へ砲口を向け、高出力のプログラム砲を放ち、駆除する。


 大きな爆煙が上がり、ジッと観察していると中からワームが一体大きく跳んで向かって来た。そう動く事は想定内であり、拳を作って打ち払う。が、ワームは一体だけではない。続々と同じ様な行動を取って、空中に居るハクリュウに襲い掛かって来ている。


「有象無象が集まっても、それが変わる事ないで御座る。全て迅速に、跡形も残らず駆除するで御座る!!」


 空中で激しい撃ち落としの戦いの最中、一方でミドリは地上に残っているワームを軽く退けながらも、トロイの木馬と交戦している。


 ミドリとの身長に比べ、今回のトロイの木馬は小さい。大鎌を振り回すミドリの攻撃を、その小さい体格を活かしてアクロバットに避けている。


 ──いつものマルウェアと違い、やり難い。


 そう感じるが、それを表には出さずに済ました顔で駆除に専念する。


 縦横無尽に動き回るトロイの木馬だったが、調子に乗り過ぎた事もあって一瞬油断した。それを見逃す筈もなく、柄を更に強く握って大きく縦に振り翳す。


「クッ、もう!」


 攻撃する体勢に入った直後、ワームが間に割り込んだ為に下がらざる得なかった。トロイの木馬の動きもそうだが、偶にこうしてワームが阻んでいる為、中々思う様に通った攻撃が出来ない。

 混戦しているのだから仕方ないが、それを言い訳にしてはミドリのプライドが許さない。


「居ない、何処へ──」


 ワームの介入によって、目の前の敵を見失ってしまって焦る。辺りを見渡しても、やはり何処にも居ない。必死になって探しているミドリの背後、見つからない様に体を低くしてトロイの木馬が回り込んでいた。


 気付いたミドリは振り返ろうとするも遅く、お尻の穴に激しい痛みと数センチの異物が挿れ込まれ、下品な声が出る。


「お゛ッ──」


 すぐさまお尻の穴から抜かれ、またも下品な声が漏れ出て、痛みと衝撃で前のめりに崩れ落ちる。悶絶しながら苦痛の表情が浮かび上がる。

 お尻の穴の一部データが破壊され、そのデータが滴れて下着を濡らし、地面に小さな水溜まりを作る。


 地面を這いながら背後を見ると、トロイの木馬は何やら両の人差し指を舐めていた。その様子を見たミドリは、不快感が一気に込み上げた。自分が一体何をされたのかは察し、それを知った上でトロイの木馬がしている行動に吐き気を覚える。


 それに、ここまで自分をコケにされたのは初めてであり、この屈辱感を殺意に変え、トロイの木馬を見据える。


 揺ら揺らとふらつきながらも立ち上がり、軽くお尻を摩ってデータを修復する。


「純様──見ましたか?」


『ヴェ!?何も!!』


 本当ははっきり、くっきりとその恥ずかしい姿を目にした。それに伴って、返事する声も変な声となった。もし素直に答えると、後で何をされるか分からないし、知りたくもない。


 確認を終え、改めてミドリはトロイの木馬を考察する。混戦しているこの状況を上手く利用して、自分の優位性を保っている。マルウェアにしてはズル賢く動いている。そして、幸いな事にワーム含め、新種のマルウェアではない事が分かった。


 それに、場所は離れているがハクリュウもこの場に居る。

 ミドリは大鎌の柄を力強く地面に突き立て、甲高い音を電脳世界に響き渡らす。不敵に笑い、その口角の上がり方に何か企みを思い付いた様子。


 天を見上げ、ハクリュウに向けて大声を上げる。


「ハクリュウさん、叶さん!この程度のマルウェアなら一掃出来ます!力を貸して下さい!」


『良いとも!ハクリュウ、行くよ!』


 叶の指示によってハクリュウは一度攻撃を中断し、その場から離れてミドリの元へ急ぐ。ミドリも、トロイの木馬相手に背を向けてハクリュウの元へ、駆け出して高く跳躍する。


『ハクリュウ──武装形態(ウェポンフォーム)!』


 叶の音声によって、ハクリュウの関節部位が一気に変形。機械であっても、互いに干渉し合って変形するのにも制限がある。だが、ハクリュウは違う。

 装甲は干渉しない様に事細かく分割され、関節部位などの駆動系は180度回転し、各部位の配置がスライドされて新たな形へと形成される。


 ハクリュウは、元の大きさを維持したまま、自身を巨大火砲として変形させた。


 この駆動システムは、ハクリュウのテーマが機械という点から考えついたもの。ありとあらゆる敵、その場の状況に応じて様々な形態変化をもたらす万能システム。

 しかし、形態変化する故にそれを扱う使用者が居ないと意味を為さないのが弱点。


 ミドリは、巨大火砲に変形したハクリュウと右腕を連結してかの如く装備して、地上に這いずり回っているワームの大群に砲口を向ける。


『ミドリ、このデータを弾としてハクリュウに装填するんだ!』


 純から送信されたデータを受信、そして火砲に合わせた弾としてデータの形を組み換え、装填する。更にミドリの瞳は、可変倍率のスコープに変化し、より安定した命中を可能となった。


 全てのワームに照準を合わせ、砲撃。放たれたプログラム弾は、ワームの数の分だけ一度に放たれて雨の如く降り掛かる。

 ワームは這いずって一斉に逃げ出すが、それを弾が追尾する。先程純が送信したデータには、ミドリが照準した相手に対して、何処までも追尾するプログラムが仕込まれているのだった。


 なす術もなく、撃ち抜かれていくワームは一撃で消滅し、ワーム群はあっという間に全滅するのであった。

 ワームはこれで終わり、残ったのはトロイの木馬だけ。というよりは、わざと残した。


「貴方だけは、直接始末します。まあ、所詮マルウェアなので、始末する事に変わり無いですが」


 またも、ハクリュウが音を立てながら新たな武器に変形する。今度は、ミドリも良く使用する大鎌へと姿を変えた。


 ようやく地に足が付いたミドリ、その視線の先にはトロイの木馬。大鎌となったハクリュウを引き摺り、火花が飛び散る。その様は、正しく命を刈り取る者・死神である。


「では──」


 スッと、トロイの木馬の目の前でミドリの姿が一瞬で消えた。目を離してはいない。視認出来ない程の超スピードで姿を消したミドリは、トロイの木馬の背後の上からのしかかり、頭を地面に押し付け、大鎌を高く振り上げる。


「終わりです」


 容赦無く振り下ろす刃は、トロイの木馬の首を綺麗に切断した。切断面からデータが、流れ出てトロイの木馬は消滅していく。ミドリは立ち上がり、切断した拍子に飛び散ったデータを拭いて立ち上がった。


 マルウェアが持ち去ろうとしていたパソコン内のデータも、無事に回収しに成功した。


「新種でなければ、楽勝で御座るな!」


『これで自分達の仕事は終わった。突然のマルウェアで焦りはしたが、なんて事なかったね』


『撤収するか。ミドリ、ハクリュウお疲れ様』


 マルウェアが駆除され、やり残した事も無く終わった。後はこのままミドリ達が帰還すれば唐突だったお仕事は全部完了する。ホログラムモニターを出し、帰る準備をしている途中でミドリが何か察知した。


 ホログラムモニターを操作していた手を止め、辺りを見渡す。しかし、目に映る範囲内には自分達以外の影も形もない。ウイルススキャンで、もう少しこの違和感の正体を探る。

 すると、ミドリの察知通りこの電脳世界にマルウェアが存在を示している反応があった。


「帰還はまだ早いかと思われます。この電脳世界に、マルウェアの存在がまだあります。警戒して下さい」


『ミドリ悪いけど、検出した内容を見せてくれ』


 ミドリウェアの画面に検出したマルウェアが表示されるが、純と叶はそれを見て首を傾げる。それも当然だ。画面には「UNKNOWN」となっており、マルウェアの種類が分からずじまいなのだから。

 念の為に、ハクリュウもウイルススキャンするも同じ結果。この様な事は初めてで、どうすれば良いか誰にも分からない。


「純様、反応が近付いて来ております!取り敢えずは迎え撃つ準備をしましょう!」


「しかしミドリ殿、吾輩達にも検出出来ないマルウェアを相手にするなど無謀!叶殿、此処は一度引き下がるべきで御座る!」


 ミドリとハクリュウ、2人の意見がものの見事に分かれてしまった。例え正体不明なマルウェアだとしても、バディハッカーとしてはこれを見過ごす訳にはいかない。けれど、ハクリュウの意見にも一理はある。正体不明な相手だからこそ、念入りの準備をしなくてはならない。


 もし戦って負ければ、ミドリとハクリュウは無事では済まない。それだけでは留まらず、パソコンにも被害が及ぶ。

 もし撤退を選べば、間違いなくパソコンは正体不明のマルウェアの手に落ちる。


 進むべきか、戻るべきか。


「純様!」

「叶殿!」


 名前を呼ばれた2人は、お互いに目を見た後に小さく深呼吸して口を開いた。


『ハクリュウ、すまないが自分はミドリの意見に賛成だ』


『俺も同じだ。どっちに転んでも、マルウェアが侵入している事に変わりはない』


『それに自分達はバディハッカー。こんな時の為に自分達は居るんだ。君なら分かるだろ?』


 2人の話を聞いて、ハクリュウは口を閉じた。分かっているからこそ口を閉じたのだ。ハクリュウも意を決して、武装形態(ウェポンフォーム)から通常形態へ戻って戦闘態勢になる。


 ここからは後戻りは出来ず、二度目は無い一発勝負。


「──来ます」


 ミドリの言葉と同時に壁が破壊されて、正体不明のマルウェアがこの空間内に侵入して来た。壁の中から這い出て来たのは、ライオンの頭に山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ獣だった。


 4人は改めて気を引き締め、正体不明のマルウェアと対峙るのであった。

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