第12話 独りは嫌だ
「あの、純様…すみませんでした。私の力では何もお役に立てず、挙げ句の果てにミドリウェアも使えない状態にまで追い詰められるなんて…」
気絶してから数時間が経ってようやく目覚めたミドリだったが、起きて最初の言葉が中々重みのあるもので純は困惑してしまう。
「気にするなって!俺だってちゃんとミドリをサポート出来なかったし、それに相手は二人だったんだぜ?寧ろよく頑張った」
「……頑張るだけでは意味がありません」
落ち込むミドリを元気付けようと声を掛けたが、逆に余計凹んでしまって手に負えなくなってしまった。いつもの様に頭を撫でても、寄り添っても全て逆効果。
時間も時間でもう夜だ。これ以上の慰めはミドリを苦しめるだけと思い、この話は一度ここで切り上げる事を選択する。
「分かった!取り敢えず今日は休んでまた明日にしようか。俺もミドリも、今日一日マルウェアの連戦続きだったからな」
「本当にすみません…」
頭を優しく触り、ゆっくりと体を横にさせて布団を被せる。パーソナルAIサポートアンチウイルスは睡眠を取らなくとも常時活動は出来るが、ミドリがちゃんと目を瞑るまで純は側で眠るまで見届ける。
数分経つと寝息が聞こえて、眠りについた事を純は確認した。一人となった彼は、久し振りに一人だけで簡単な夕食を取り、ノートパソコンを起動させるのであった。純の夜はまだまだ続いてく。
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「ふわぁ…おはようございます純様……純様?」
早朝の7時丁度に起床したミドリ。上体を起こして朝の挨拶をするミドリだけれど、挨拶をした純の姿が何処にも見当たらない。
飛び起きて室内をくまなく探すも居ない。外に出た可能性も考え、ベランダに出て見える範囲で目を凝らして探していると、案の定外出していた。場所もホテル近くの浜辺と距離も離れていない。
まだフラフラともたつく足取りで、急いで下に降りて純の元へと駆け付ける。
息も切らしながら走り、ようやく浜辺へと到着して純の背中が見えた。純はミドリが走って来てる事に気付いて無い。大きな声を上げて呼び止める。
「純様!待って下さい純様!純様!!」
「あ、ミドリどうし──」
「どうした?」と言い切る前に、ミドリがタックルに近い感じの抱き締め方をしたせいで、純の腹部に深い一撃が入り、そのままミドリに押し倒される形となった。
「お願いします純様!私を見捨てないで下さい!次はちゃんと頑張りますから何処に行かないで下さい!もう、独りになるのは嫌なんです!!」
「ちょ、待て…く、苦しいから!言ってる意味がさっぱりで……取り敢えず退け!」
何とか引き剥がす事が出来て、落ち着かせようと言葉考えながらミドリの顔を覗くと、その表情は涙でぐちゃぐちゃになって酷い有り様となっていた。
ここまでミドリが悲しみに包まれているのは初めて目にした為、純も不安になる。
両肩をトントンと軽く叩き、一緒に座り、落ち着きを取り戻し始めてどうしてそうなってしまったかの事情を聞く。
「なぁ、どうしたんだよ?何かホテルで変なものでも見たのか?」
「純様が居ませんでした…」
「はぁ?そんな──」
「そんな事でか?」と口に出す直前で喉の奥へと引っ込めさせた。そんな事を言うと、またミドリが不安定となってしまうのを予感した。今は取り敢えず、ミドリの言う事に耳を傾けて寄り添うのがベストな対応だ。
「私が弱かったせいでミドリウェアをダメにしただけではなく、あまつさえ純様の顔に泥を塗ってしまいました」
「大袈裟な」
「私にとっては大事な事なんですよ!!」
またもミドリは押し倒し、両腕を押さえ付けて涙を純の顔にポロポロ溢して震える涙声で必死に叫ぶ。
「あの時、私を救ってくれた貴方に尽くしたくて尽くしたくて堪りません!孤独で、信用していなかった私に優しく接して頂いた貴方の隣に居たい!だから、その…あっ」
手を伸ばし、涙を拭い、胸元に抱き寄せて優しく頭を撫でる。女性の扱いにあまり慣れておらず、何度も頭を撫でたりしてやっている。こんなものでミドリの内に秘める気持ちが収まるとは思ってはない。でも、何かをしなければいけないと思ったのは確か。
「よ、弱くてごめんなさい。なのに強いなんて言ってごめんなさい…もう、独りになりたくないです!純様がぁ…私を捨てたと思って怖かった!」
「独りにしないし、捨てないよ。ずっと側に居る。此処に居るよ。何処にも行かない」
「私は悔しいです。自分一人で何でも出来ると自惚れていました。結局私の力では何も出来ない…役立たずの出来損ない…だからあの人も亡くなって──」
「それ以上はやめろ」
溢れ出る感情を制御出来ず、心の奥深くに仕舞い込んで溜めていたものが今になって全部言葉となって溢れ出る。上擦った声、嗚咽が純の耳に届く。だけどそれら全ては、純からするの少し間違っている。
「『バディ』ってのはお互いに支え合うもんだろ?お前の弱さは俺の弱さ、俺の弱さはお前の弱さ。誰であろうと一人で出来る事なんてたかが知れている。最初から一人で出来る奴なんていないさ。俺達はバディハッカーズだ。一人で苦楽をするんじゃなくて、二人で苦楽を共にして行こう」
「苦楽を、共に……夫婦みたいですね」
「あー台無し!結構カッコ良くぅ、雰囲気も最高潮だったのをぉ、そんな冗談で白けさせるのは頂けないよぉー!?」
一瞬目が点となるも、そんな純を見てクスリと笑みが溢れる。釣られて純も笑い、先程までの雰囲気は何処へやらと和らいだ。
二人は起き上がり、衣服に付いた砂を払って大きく息を吐く。溜め込んでいたのを全部曝け出してスッキリする。口に出して終わってみれば意外とこんなものだ。
ミドリも心にあった重りはもう何処にも無く、羽の様に軽くなった。
「純様すみませんでした。情けない姿を見せてしまい」
「情けなくて上等。誰も完璧にやれとは言わないし、やる気もない。やれる範囲でやろう、俺達二人で」
「はい……ところで気になっていましたが、純様は散歩でもしていたのでしょうか?」
朝から浜辺で出歩いたとなると、そういう事になる。実際問題、純も自分の不甲斐無さに負い目を感じて独りになる空間が欲しくてわざわざ出歩いていたのだ。純もミドリと同じ気持ちだ。
「ちょっとだけ、な」
あれからマルウェアの対策を講じていたのだが、「これだ!」と言う策は未だに閃いておらず、こうしてぶらぶら浜辺を彷徨っていたという訳だ。純自身が言った通り、ミドリの強さは自身にも繋がる。純=ミドリ、ミドリ=純。いくらアンチウイルスソフトウェアが優秀でも、使い手が素人だと力は発揮されない。逆に使い手が優秀だったとしても、アンチソフトウイルスウェアが貧弱だとどうこうする前に対策も取れない。
冷静に分析…なんて言うつもりはない。最初から純の方が劣っており、ミドリの性能を100%フルに引き出せれていない。そして、それを補える頭の良さも無い事は重々承知している。だからこそ、人一倍努力して、経験して、それを活かして行かなければならない。
まだ純は、ミドリと同じ土俵の上に立てていない。
後ろ向きな考えばかりが頭の中を駆け巡るばかりだが、策はあるにはある。が、それでも練習無しの一発本番だ。
「今回のマルウェア、駆除する方法はあるにはあるが…言うだけなら何の問題はないよな?」
「はい。ですが純様がどうであれ、それが最適なものでしたら私はそれを実行に移します。実際問題、私も頭を悩ませていますので」
「それじゃあ──」
上手く行くか分からない作戦を、ミドリに伝えて数十分後。結果その作戦を実行する事を選び、その準備に取り掛かる事にした。
駆除の再開は今日の午後から。
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万全とまではいかないが、出来る限りの事はやるつもりだ。
そこで作戦内容を改めて互いに確認しておく必要がある。内容は至ってシンプル。
新種のワームのみ隔離と同時に駆除を行うだけ。
これに関して従来と同じ手法なのだが、新種の事もあってそれに効くやり方をしなければならない。前回の新種のワームの時は、増殖したワームを一ヶ所に集めて合体させるプログラムを組んだ。今回もそれを使用して、加えてワームの活動機能を停止させる抑制プログラムも組み込む。
わざわざそこまでしなくてもと思うが、前回の新種のワームでは普通に削除するだけは無理となった。なので、活動そのものを停止させれば、何の抵抗も無く駆除出来るに違いないと勝手に結論付ける。もし出来なければ、終わりと言うわけだ。
因みに今回はそのプログラミングにはミドリは参加しない。というより出来ない。純がプログラミングしてる間は、ミドリはまだ破損しているデータを修復する事に集中する為、一時的にスリープモードになるのだ。
そして、ワームの駆除が済めば後はミドリ次第だ。此方で一対一の状況を作ったとしても相手は相当の手練。生半可なやり方では前回と同じ目に遭うのがオチ。とはいえ、誰にも邪魔されずの戦闘なら恐らくは互角…と信じたい。
ミドリを勝たせる為に、純が頑張らなければならない。その状況を作るのにまず、純がワームを駆除する大前提があってのもの。
「では純様、私は暫くスリープモードに入ります。無理せず頑張って下さい」
「ああ」
ノートパソコンの中へ入り、それぞれの役割りに全うする作業が始まった。
そして時間はあっという間に過ぎて行き、時計の針は6時を回っていた。
「こんな感じで良いのか?不安だ…」
「はい、大丈夫です。流石純様です」
ノートパソコンと睨めっこしていると、左耳の側からこそばゆい声がした。声のした方向へ振り返ると、ミドリが何やらうんうんと首を頷かせて関心をしていた。
突然ミドリの出現に加え、二人の距離があまりにも近過ぎて純は椅子から転げ落ちてしまった。
心臓をバクバク鼓動して、冷や汗が止まらない。全然気付かなかった。寿命が縮まってしまったと思わせる様な仰天ぶり。
「い、いつからそこに!?」
「そうですね、約2時間前程からかと。細かく言えば1時間53分前からです。声を掛けたつもりだったのですが…」
全くもって気付かなかった。それだけ一生懸命プログラミングをやっていた証拠だ。しかしミドリはともかく、叶と比べるとかなりの時間を使っている。まだまだ未熟ということ。これからも精進して、如何なる時でも瞬時にミドリのサポートを出来る様に最善の努力をしよう。
「それにしても懐かしいですね。初めてプログラミング言語を触った時は、右も左も分からず仕舞いであたふたしてましたよね?」
「そうそれ。たった一つプログラム作るだけで何日掛かった事か」
やれやれなどと、昔の思い出に花を咲かせている場合ではない。ミドリがパソコン内から出て来たという事はデータの修復はもう完全に終わっていること。純も時間は掛かりはしたが、今しがた作業を完了させた。
という事はつまり、これでいつでもマルウェアの駆除が出来る。
「やろうか」
「やりましょうか」
互いの声がハモり、やる気も息もピッタリで万全の状態。
ミドリは大鎌を携えてミドリウェアの電脳世界に潜り、純はインカムを着ける。
先にミドリウェアの中で蔓延るマルウェアの駆除後、それが終わり次第最初の目的であるUSBメモリ内のマルウェアも掃除するという計画。
「純様お願いします!」
純はプログラムを実行する。すると、手筈通りにワームが一ヶ所に集まって一つになる。そして、合体したワームを囲む様にサーフェスを展開させて閉じ込めた。
最後の仕上げはエンターキー一つで、サーフェスに取り囲まれているワームはデータの羅列となって消滅した。意外な事に何事も無く成功して終わった。もう少し手こずったり、何かしらのトラブルがある事に身構えていたが肩に力が入り過ぎていただけの様だ。
時間を掛けて丁寧にプログラミングしたお陰というべきか、それともちゃんと純自身も成長している証拠なのか。どちらにしろ喜ばしい事は確かだ。
この調子なら、USBメモリの中に潜んでいるワームも簡単に一掃出来る事は間違いないだろう。
ワームがミドリウェアの中から居なくなった事を確認し、ミドリがようやく電脳世界の地に足を踏み入れる。
改めてウイルススキャンして、ワームがまだ生き残っているかどうか検出する。数秒したらその結果が出て、トロイの木馬だけが検知されたので要らぬ警戒心を少しだけ解く。
ミドリが検出の作業を終わらせるのと同じくして、トロイの木馬もミドリの目の前に堂々と現れた。まるで待っていたかの様に。
「よし」
ミドリも両手で小さく拳を握って気合いを入れ直す。ここからが本番だ。ここでトロイの木馬を駆除出来れば、そこから得たデータを元にワームと同じ様なプログラムを作る事が出来、USBメモリ内に仕込まれているトロイの木馬も一掃が可能となる。
これといった対抗策は無い。真面目に真正面から戦って捻り潰すのみ。
ミドリは大鎌を巧みに操りながら、トロイの木馬はファイティングポーズを取りながら距離を縮め────お互いの武器が同時に火花を散らす。




