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第39話:勝利の宴と、居場所の確立

ハルシュタット城の大庭園は、地平線まで届くような歓声と松明の明かりに包まれていた。


今夜は、隣国の経済侵略を完封し、無血平定を成し遂げたハルシュタット領の『大勝利祝勝宴』。

庭園には長テーブルがいくつも並べられ、焼き立ての丸焼き肉、芳醇な葡萄酒、焼き立てのパンが山積みにされている。


「ハルシュタット家に栄光あれ―――ッ!!」

「アルベルト様、ヴィオラ様、万歳―――ッ!!」


兵士も、城の使用人も、街から招かれた商人や領民たちも、無礼講でグラスを掲げて祝杯を挙げていた。


その大狂乱の宴を、城の二階テラスから見下ろしている人影があった。


「……ふふ、まあ。皆さん、まるで祭りのような騒ぎようですわね」


ドレスの裾を揺らしながら、サファイアブルーの瞳を細めるヴィオラ。

18歳という若さで王都から「冷酷な辺境伯への生贄」として売られてきた少女の姿は、今やどこにもない。

そこにいるのは、洗練された美貌と圧倒的な気品、そして領民への愛に満ちた「至高の辺境伯夫人」であった。


後ろから、重厚で温かい気配が寄り添ってくる。


「……お前が望んだ通りの宴になったな、ヴィオラ」


アルベルトがそっとヴィオラの腰に腕を回し、彼女の肩に顎を乗せた。

かつて誰も寄せ付けない「鬼神」と恐れられた男の顔には、今や愛しい妻への無限の甘やかさと穏やかさが満ちている。


「ええ、アルベルト様♪ 領民の皆様も、兵士の方々も……怪我ひとつなく、こうしてご家族と笑顔で乾杯できておりますもの。これ以上の『勝利の酒』はありませんわ」


「フッ……全くお前の言う通りだ。兵を死なせず、領庫を肥やし、敵を降伏させる……。騎士団の連中も『奥様のために命を捧げる!』と大はしゃぎだぞ」


アルベルトは愛おしそうにヴィオラの頬にチュッと kiss を落とした。


「さあ、下へ降りよう。今夜の主役はお前だ」



二人が大庭園の階段を降りていくと、湧き上がるような歓声が二人を包み込んだ。


「あッ! アルベルト様! ヴィオラ様だぁぁぁっ!!」

「ヴィオラ様ーーッ! お姿をお見せくださりありがとうございますっ!!」


まず駆け寄ってきたのは、私設騎士団の武骨な男たちだった。


「ヴィオラ様! 俺たち、感動いたしました! 今回の作戦、剣を一筋も抜かずにあの嫌な過激派どもを降伏させちまうなんて……ッ! 本当に凄いです!」

「そうですとも! 俺たちが戦場に行かずに済んだおかげで、生まれたばかりの娘の顔を抱きしめることができました! 全部、ヴィオラ様のおかげです!」


ガッシリとした体格の騎士たちが、ボロボロと大粒の涙を流しながら膝をつき、ヴィオラに深々と頭を下げていく。


「まあまあ、皆様お顔を上げてくださいませ」


ヴィオラはあざとく首をかしげ、極上の笑顔を向けた。


「皆様が無事でいてくださることが、ハルシュタット家にとって一番の財産ですのよ? 旦那様を支えてくださる頼もしい騎士様たちを失うわけにはいきませんもの♪」


「うおおおっ!! ヴィオラ様ァァァッ!!」

「一生ついていきますッ! 俺たちの命はヴィオラ様とハルシュタット家に捧げますッ!!」


騎士たちが感動の叫びを上げる横から、今度は城の料理長や侍女たち、そして街の商人たちが笑顔で集まってきた。


「奥様! 今夜のお肉、奥様が教えてくださった『隠し味のタレ』で焼き上げましたぞ! 領民たちが『こんな美味い肉は初めてだ』と大絶賛です!」

「ヴィオラ様! 暴落した食料を安く買い取れるようにしてくださったおかげで、街の市場は活気に溢れています! 本当に……本当にありがとうございます!」


「ふふ、皆様の笑顔が見られれば、私の苦労なんて吹き飛んでしまいますわ♪」


次々と集まってくる領民や兵士たち。

その一人ひとりの言葉に、ヴィオラは一切嫌な顔をせず、一人ひとりの目をしっかりと見て、温かい言葉をかけていく。


前世の歌舞伎町で培った「人の心を掴む技術(接客術)」。

だが、今のヴィオラが注ぐ言葉には、営業用の嘘など一つもない。


自分の提案で、この領地の人々が救われ、笑顔になり、自分を心から頼ってくれている。

その事実が、ヴィオラの胸をじんわりと温かく満たしていく。


「……奥様」


ふと気づくと、傍らにセバスチャンが静かに立っていた。

冷徹で知られる老執事が、珍しく目元を緩ませ、深々と頭を下げた。


「かつて王都から『生贄』としてお越しになられた日のことを、今でも鮮明に覚えております。……あの時、誰が想像できたでしょう。奥様がこれほどまでにハルシュタットの民を愛し、そして民全員から崇め奉られる『至高の夫人』となられることを」


「セバスチャンさん……」


「旦那様の心を溶かし、領地を救ってくださったこと……ハルシュタット家に仕える者として、心よりの感謝と敬意を申し上げます」


セバスチャンの心からの言葉に、ヴィオラはサファイアブルーの瞳を少しだけ揺らした。


(……生贄、か……)


ヴィオラは、遠い目をして自らの過去を回想した。


前世の歌舞伎町。

誰のことも信用できず、お金と数字だけを信じ、孤独の中で夜の街を戦い抜いた日々。


そして転生したこの世界。

18歳という若さで、実の家族から「使い捨ての駒」「冷酷な辺境伯への生贄」として、北の最果てへと売られてきたあの日。


(……私には、ずっと居場所がなかった。どこに行っても『便利なお飾り』か『欲望の対象』でしかなかった……)


けれど、今は違う。


ここには、自分の知恵と言葉を必要とし、感謝してくれる温かい領民たちがいる。

自分のプロとしての強さを認め、共に戦ってくれるセバスチャンや使用人たちがいる。


そして――何より。


「――ヴィオラ」


不意に、大きな手がヴィオラの細い手をしっかりと包み込んだ。


振り向くと、アルベルトがまっすぐな青い瞳で自分を見つめていた。


「どうした? 少し疲れたか?」


「いいえ……少し、昔のことを思い出していただけですわ」


ヴィオラはくすりと笑い、アルベルトの胸にそっと身体を寄せた。


「王都にいた頃の私は……自分の居場所なんて、世界のどこにもないと思っておりましたの。ただ誰かに利用され、捨てられるだけの存在なのだと」


「……ヴィオラ」


アルベルトの腕に、ぎゅっと力がこもる。


「二度とそんなことを言うな。お前は生贄などではない」


アルベルトは、周囲の目を一切気にすることなく、ヴィオラを正面から強く抱きしめた。


「お前はハルシュタットの真の『太陽』だ。私を暗闇から引き揚げてくれ、領地に光をもたらしてくれた……世界で最も気高く、愛おしい私の妻だ」


アルベルトの低い声が、ヴィオラの耳元で心地よく響く。


「お前の居場所は、ここにある。……いや、私の腕の中こそが、お前の居場所だ。誰にも渡さんし、どこへも行かせない」


「ふふっ……情熱的な告白ですわね、アルベルト様♪」


ヴィオラはアルベルトの胸に顔を埋め、溢れ出る嬉しさと感動の涙を、彼の服でそっと拭った。


(ああ……そうね。私は……見つけたんだわ)


お金や嘘で塗り固められた歌舞伎町の夜でもない。

冷酷な実家での孤独な部屋でもない。


このハルシュタット領こそが。

そして、この不器用で愛おしい旦那様の隣こそが――私がずっと探し続けていた、世界で一番温かい『私の居場所』。


「アルベルト様」


ヴィオラは顔を上げると、最高の笑顔でアルベルトを見つめた。


「私をこの領地に……そして貴方様の奥様にしてくださって、ありがとうございます♪」


「私の方こそ……私を選んでくれてありがとう、ヴィオラ」


二人の視線が重なり、自然と顔が近づく。

周囲の兵士や領民たちが「ヒューヒュー!」と冷やかす歓声を上げる中、二人は深く、甘いキスを交わした。


大爆発するような拍手と歓声が、夜空へと上がっていく。


「さあ! 皆様! 今夜は朝まで宴ですわよーッ!!」


ヴィオラがグラスを掲げて叫ぶと、庭園全体が揺れるほどの「うおおおっ!!」という歓喜の渦が巻き起こった。


かつて「生贄」と呼ばれた18歳の少女は、今や誰もが認めるハルシュタットの至高の辺境伯夫人として、確固たる居場所をその手で掴み取ったのだった。

お読みいただき、本当にありがとうございました!


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現代恋愛シリーズも投稿しております。

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