第38話:決戦! 経済的平定と隣国の降伏
ハルシュタット城の大広間。
朝の清々しい光がステンドグラスを通して差し込む中、重々しい足音とともに一群の男たちが引きずられるように入ってきた。
彼らは、隣国ガルシアの新政権で最後までハルシュタットへの武力侵攻を主張していた過激派の首謀者――ゼノ将軍とその幹部たちだった。
だが、かつて威風堂々と甲冑を纏っていた面影はどこにもない。
身に着けている鎧は汚れ、頬は痩せこけ、瞳からは活気が完全に失われていた。
「……ハルシュタット辺境伯……ッ!」
ゼノ将軍はガタガタと膝を震わせ、大広間の冷たい床に両手を突いた。
「降伏……降伏いたす……! どうか……どうか我が兵たちに、パンと水を与えてくれ……っ!」
大将軍と呼ばれた男の、あまりにも哀れな懇願。
その視線の先――一段高い玉座には、ハルシュタット領主アルベルトと、その隣で優雅に扇子を揺らす妻ヴィオラの姿があった。
「……ゼノ将軍」
アルベルトの低い声が大広間に響き渡る。その顔には、かつてのような無謀な殺気はなく、王の如き圧倒的な気品と余裕が満ちていた。
「我がハルシュタット私設騎士団と、一度も剣を交えることなく降伏か。……誇り高きガルシアの将軍が、随分と呆気ないものだな」
「くっ……ッ!!」
ゼノは悔しさに歯を食いしばり、床を拳で叩いた。
「剣を交えるだと……!? ふざけるな! 剣を交えるための『鉄』も『馬の藁』も、兵士に払う『まともな給与』も、すべて貴様らに奪われたのだぞ!!」
ゼノたち過激派は、ハルシュタットの武力が疲弊した隙を突いて自軍を動かそうとしていた。
しかし、ヴィオラが仕掛けた「通貨大暴落」と「市場売り崩し」によって、彼らの軍資金(ガルシア新通貨)は一瞬でただの紙くずと化した。
さらに、ハルシュタット家が買収した流通網によって食料の流入が完全に遮断され、ゼノの軍勢は戦う前に「完全な飢餓と一文無し」に追い込まれたのだ。
「兵士たちは給料が紙くずになった途端に全員逃走し……残った者も空腹で動けぬ! 武器を買おうにも、ハルシュタットの手形(紙幣)がなければパン一粒すら買えんのだ! これでどうやって戦えというのだぁぁっ!?」
ゼノの叫びは、経済戦によって敗北した者の悲痛な慟哭だった。
その言葉に、ヴィオラはパチリと扇子を閉じると、あざとく首をかしげて可愛らしく微笑んだ。
「あら、ゼノ将軍。お怒りにならないでくださいませ♪」
ヴィオラはサファイアブルーの瞳を細め、極上のビジネススマイルを向けた。
「我が家は、貴方方と無駄な殺し合い(戦争)をしたくなかっただけですのよ? 兵士の方々の命も、ハルシュタットの騎士たちの命も……一滴たりとも流さずに解決できたのですから、これほどハッピーで平和な解決策はございませんでしょう?」
「ひ、平和な解決策だと……!? 貴様ら夫婦は……貴様ら夫婦は血も涙もない悪魔だ! 剣を使わず、金と胃袋を縛り上げて一国を潰すなど……鬼畜の所業だ!!」
「失礼ですわね」
ヴィオラはくすりと嘲笑った。
「前世……いいえ、私の知る最高のビジネスの格言に、こういうものがありますの。『戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』……つまり、戦わずに勝つことこそが最高の勝利なんですのよ♪」
「ぐぬぬぬっ……! か、歌舞伎町……いや、異能の悪女め……ッ!」
ゼノは言葉に詰まり、がくりと頭を垂れた。
アルベルトは傍らに控えるセバスチャンへ視線を送った。
「セバスチャン、降伏文書を出せ」
「ははっ」
セバスチャンが滑らかな手つきで羊皮紙を広げる。
「条件は一つ。ガルシアの軍権を完全に放棄し、ハルシュタット領との永続的な平和条約に調印すること。……受け入れれば、降伏した兵たちには今すぐ温かいスープとハルシュタットのパン、そして正規の賃金を支払う」
「……あ……ああ……っ!」
ゼノとその幹部たちは、泣きながら降伏文書へ署名を行った。
こうして、隣国ガルシアが仕掛けてきた不当な経済侵略と軍事脅迫は、ハルシュタット家の完全なる大勝利によって幕を閉じたのだった。
◇
数日後。
隣国の平定と経済統合の報せは、ハルシュタット領内のみならず、王都、さらには大陸全土へと激震となって駆け巡った。
『ハルシュタット辺境伯、隣国のクーデター軍を一滴の血も流さずに完全平定!』
『不当な買い占めを行った闇商人らを返り討ちにし、大暴落によって一国を買収!』
『その陰には、王都から嫁いだ奇跡の天才軍師・ヴィオラ夫人の知略あり!』
歴史家たちは、この前代未聞の完全無血勝利を後世の歴史書にこう記した。
【武力において無敵の『鬼神』アルベルトと、知略と財政において世界を撒き散らす『経済の女王』ヴィオラ。二人の融合は、歴史上最も完璧で、最も恐ろしい『最強の夫婦』を誕生させた】と。
城下町の広場では、連日連夜、祝勝の宴が開かれていた。
「ハルシュタット家に栄光あれ!」
「アルベルト様、ヴィオラ様、万歳!!」
領民たちの歓声が、どこまでも高く青空へ響き渡っていく。
◇
その夜、ハルシュタット城のバルコニー。
満点の星空の下で、ヴィオラは心地よい夜風を浴びながらワイングラスを傾けていた。
「……ふう、これで一安心ですわね。隣国との貿易ルートも確保できましたし、我が家の金庫は破裂しそうなほど潤いましたわ♪」
「ああ。これでお前の望むドレスも、宝石も、一生遊んで暮らせるだけの財宝も……すべて買い占めてやれるな」
後ろから、温かい腕がすっと伸びてきて、ヴィオラの華奢な身体を包み込んだ。
アルベルトだ。
彼の胸の温もりに背中を預け、ヴィオラはクスッと笑った。
「ふふ、もうドレスも宝石もいりませんわ。……私の一番の宝物は、今こうして私を抱きしめてくださる旦那様ですもの♪」
「ヴィオラ……」
アルベルトの青い瞳が、愛おしさに揺れる。
かつては「冷酷な鬼神」と呼ばれ、孤独の中で怯えていた男の顔には、今や固い自信と、一人の女性を愛し抜く男の甘やかな余裕が満ちていた。
「お前と出会わなければ……私は今頃、武力だけに頼り、隣国と不毛な血の流し合いをしていたことだろう。……領民を傷つけ、自分自身も壊しながらな」
アルベルトはヴィオラの指に自分の指を絡め、愛おしそうに口づけた。
「お前が私を救ってくれたのだ、ヴィオラ。私に『力』以外の戦い方を教えてくれ、私の心の孤独を埋めてくれた。……心から感謝している」
「あら、大げさですわ、アルベルト様」
ヴィオラはふり返ると、あざとく上目遣いでアルベルトの瞳を見つめた。
「私はただ、前世の歌舞伎町で培った『欲望の扱い方』を少し応用して、大好きな旦那様のお手伝いをしただけですのよ?……それに」
ヴィオラは背伸びをして、アルベルトの耳元へ顔を近づけると、小悪魔のような囁き声を贈った。
「これからも、アルベルト様のサイフと胃袋……そしてハートは、私が一生離さずに握りしめておきますから……覚悟なさってくださいね♪」
「フッ……望むところだ。一生、お前の手のひらで踊ってやろう」
アルベルトは愛おしさを抑えきれなくなったようにヴィオラの腰を抱き上げ、その唇へ、幾度も幾度も熱いキスを重ねた。
星々の光が二人を優しく照らし出す。
かつて歌舞伎町で孤独に生きた元No.1ホステスと、辺境で一人孤独に戦い続けた冷酷な辺境伯。
出会うはずのなかった二人が結ばれた時、世界は変わり、二人は歴史に名を残す「最悪で、最高の夫婦」となった。
二人の愛と無敵の快進撃は、これからも永遠に続いていくのだった。
お読みいただき、本当にありがとうございました!
もし「面白かった!」「もっと読みたい!」と思ってくださったら、
ぜひ【ブックマーク】と画面下部にある、
【★★★★★】(ポイント評価)で作品への応援をお願いいたします。
皆様の評価一つ一つが、作者の何よりの支えです。
現代恋愛シリーズも投稿しております。
まだ作品は少ないですが、かぶんすのプロフィールからご覧ください。




