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第34話:裏切り者をあぶり出す「極上の接客」

隣国ガルシアの工作員バロンを拘束した翌日。

ハルシュタット城の大広間では、名目上『領内経済安定のための懇親パーティー』が催されていた。


煌びやかなシャンデリアの下、名産のワインや豪華な料理が並び、領内の主要な豪商や貴族たちが集っている。


だが、その華やかさの裏で、会場にはピリピリとした緊張感が漂っていた。


「……ふふ、あのように勝ち誇った顔をしておいでですわ」


会場の二階回廊から、ヴィオラはグラスを手に階下を見下ろしていた。

彼女のサファイアブルーの瞳が捉えているのは、領内最大手の『ガルド商会』の会長――ガルド・ボルドーである。


ガルドは、昨日バロンからヴィオラが「漏らした」嘘の情報――『ハルシュタット家はパニック状態で穀物倉庫を全封鎖する予定』というガセネタをバロン経由で受け取っており、ハルシュタット家の敗北を疑っていなかった。


「あやつがガルドか。長年ハルシュタット領の商業を支えてきた気取りでいたが、裏で隣国の新政権と手を組み、我が領の食料を買い占めていたとはな」


ヴィオラの隣に立つアルベルトが、冷ややかな声で呟く。その全身からは、抑えきれない殺気が漏れ出していた。


「今すぐ騎士団を突入させ、その場で首を刎ねても良いのだが?」


「ダメですわ、旦那様」


ヴィオラはくすっと笑い、アルベルトの腕にそっと自分の腕を絡めた。


「公の場でご自身の手でボロを出させなければ、他の商人たちに『ハルシュタット家は言いがかりで豪商を処刑した』と無用な不信感を与えてしまいますわ。ここは……私の『極上の接客』で、自分からペラペラと罪状を白状していただきましょう♪」


「お前の……『接客』か」


アルベルトは一瞬、苦々しい顔をしたが、ヴィオラのあざとくも自信に満ちた表情を見て、深く息を吐いた。


「わかった。だが、決してあの男に触れさせるなよ? 一歩でも距離を詰めすぎたら、私は容赦なく剣を抜く」


「ふふ、お約束いたしますわ、私の愛しい旦那様♪」



「――やあ、ヴィオラ様! 本日のパーティーはお見事な賑わいですな!」


会場の真ん中で、太った腹を叩きながら下品に笑うガルド会長に、ヴィオラはすっと歩み寄った。


「まあ、ガルド様。お越しいただきありがとうございますわ。我が家の経済危機にあたって、ガルド様のような大商人様が味方でいてくださると思うと、私、心が安らぎますの♪」


ヴィオラは胸元に可憐に手を当て、潤んだ瞳でガルドを見上げた。


前世の歌舞伎町で、数多の「自分が一番偉いと勘違いしている客」を狂わせてきた、計算し尽くされた仕草と笑顔だ。


ガルドの目尻が鼻の下とともにデロリと下がった。


(ハハハ! バロン殿の言っていた通りだ! この若き奥様はハルシュタットの危機に怯えきっている! 辺境伯も形無しだな!)


「ガハハ! お任せくだされ、ヴィオラ様! 我らガルド商会がついていれば、ハルシュタット領の流通など安泰でございますよ! ……まあ、世の中には『粗悪な新通貨』や『穀物の買い占め』などという物騒な噂もございますがねぇ?」


ガルドはヴィオラを試すように、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。


ヴィオラは一瞬、ハッとしたように表情を曇らせ、周囲を警戒するように声を潜めた。


「……ガルド様。実は……ここだけのお話ですけれど、旦那様は今、生きた心地がしていらっしゃいませんの。近々、領内の穀物倉庫をすべて封鎖して、粗悪通貨を持ち込む商人を処刑すると息巻いておられますが……それも全て、ハルシュタット家の金庫が底をつきかけている焦りからですのよ」


「なに……!? 金庫が底をつきかけている……!?」


ガルドの目がギラリと光った。敵の弱点ガセネタを直接、夫人の口から聞き出せたと思ったからだ。


「ええ……。ですからガルド様。もしハルシュタット領が駄目になった時は……我が家を、そして私を助けてくださいますかしら? ガルド様なら……隣国のガルシア新政権とも太いパイプがおありなのでしょう?」


「が、ガハハハハッ! さすがはヴィオラ様、お目が高い!」


すっかり優越感と欲望に酔いしれたガルドは、ヴィオラの誘導にまんまと乗せられ、大声で胸を叩いた。


「ええ、その通りですとも! 実はすでにガルシアの新政権とは手回しが済んでおりましてな! 我らが買い占めた大量の穀物と薬は、近々ガルシア側へ高額で転売される手はずになっております! ハルシュタット家の金庫が空なら、この領地の経済権は私が握ったも同然ですな!」


「まあ……! ガルシア新政権と組んで、我が領の穀物を買い占めていらっしゃったのは、すべてガルド様のお手腕でしたのね?」


「ハハハ! 左様にございます! 粗悪通貨を流し込んでハルシュタット銀貨を回収したのも我が商会のアイデアでしてね! 辺境伯の鼻を明かしてやりましたよ!」


ガルドは周囲の商人たちが見ている前で、自らの罪状と計画の全貌を、誇らしげに朗々と語り尽くしたのだった。


パチ、パチ、パチ。


静まり返った会場に、ヴィオラの優雅な拍手の音が響いた。


「……見事な自白ですわ、ガルド様♪」


「……え?」


ガルドが首をかしげた。


先ほどまで怯え、自分を頼っていたはずのヴィオラの顔から、すべての甘さが消え去っていた。


サファイアブルーの瞳には、氷のように冷たい蔑みと、プロの冷徹な知性が宿っている。


「な、何を言っておられるのです、ヴィオラ様……?」


「私、歌舞伎町……いいえ、昔から『自分を利口だと思い込んで、欲望のままに嘘をつくお客様』の顔って、すぐに分かりますの♪」


ヴィオラはあざとく首をかしげ、極上の、しかし完全な死刑宣告となる微笑みを浮かべた。


「貴方が自慢そうに語ったその買い占め資金も、隣国との裏取引も……すべて明日、我がハルシュタット家の『市場大暴落策』によって、ただの紙屑と莫大な借金に変わりますわ」


「な、なに……ッ!? 大暴落……!?」


「そして何より……ご親切に、大勢の貴族や商人たちの前でご自分の『国家逆賊罪』を自白してくださって、ありがとうございます♪」


「しまっ――!?」


ガルドが蒼白になって口を押さえた時には、すでに遅かった。


周りを取り囲んでいた他の商人や貴族たちが、引きつった顔でガルドから距離を取っていく。


「ガルドの奴……ハルシュタット領を売ろうとしていたのか!?」

「何ということだ……! 完全に自白したぞ!」


「ひっ……! 違っ、違う! 今のは口走っただけで――」


「見苦しいぞ、逆賊ガルド」


重厚な足音とともに、暗雲のような殺気を纏ったアルベルトが歩み寄ってきた。


その手には、抜かれた大剣が鈍い光を放っている。


「ひぃぃぃっ……! ひ、ひぃっ!!」


ガルドは腰を抜かし、股間を濡らしながら後ずさった。


「セバスチャン、この愚か者を地下牢へぶち込め。ガルド商会の全財産、ならびに買い占めた全物資の差し押さえ手続きを今すぐ開始しろ」


「かしこまりました、旦那様」


セバスチャンが影のように現れ、失神したガルドを冷徹に引きずっていく。


会場に残された他の商人たちは、ハルシュタット家の恐ろしいまでの情報網と、ヴィオラのあまりにも完璧な罠に、ガタガタと震え上がっていた。



騒動が収まり、別室へと戻った二人の室内。


アルベルトは、ソファに腰掛けて優雅に紅茶をすするヴィオラを、食い入るように見つめていた。


その青い瞳には、凄まじい熱と、ぞくっとするような戦慄が混ざり合っている。


「……ヴィオラ」


「なぁに、アルベルト様?」


ヴィオラが首をかしげると、アルベルトは彼女の前にひざまずき、その細い手を引き寄せて激しく口づけた。


「……恐ろしい女だ、お前は」


アルベルトの低い声が震えている。


「相手の強欲さを利用し、甘い言葉で踊らせ、自分から罠の深みへ飛び込ませる……。あのガルドが、自ら罪を告白していく様を見て……私は背筋が凍りつくような恐怖を覚えた」


「あら……私に幻滅なさってしまいましたかしら?」


ヴィオラが少しだけ寂しげな目を作ると、アルベルトは即座に彼女の腰を強く引き抱き、その唇に熱いキスを叩きつけた。


「ん……ッ!?」


息が詰まるほどの深いキス。


やがて唇が離れると、アルベルトは荒い息を吐きながら、狂おしいほどの情熱を宿した瞳でヴィオラを見つめた。


「幻滅などするものか……! 恐怖を感じると同時に……お前のその冷徹で、美しく、圧倒的な知性に……狂いそうなほど強く惹きつけられたのだ!!」


アルベルトの指が、ヴィオラの頬を愛おしそうになぞる。


「お前は私の妻だ。この恐ろしくも魅力的な魔女を、一生私の腕の中に閉じ込めておけると思うと……興奮で身体が熱くてたまらない」


「あ、アルベルト様……ッ!」


ストレートすぎる激しい求愛に、今度はヴィオラの顔が爆発したように真っ赤になった。


(もう……! この旦那様、私の『冷酷なプロの顔』を見て、逆にトキめいちゃうなんて……どこまで私に重症なんですの……!?)


ヴィオラは照れ隠しにアルベルトの胸をぽんと叩いたが、アルベルトは嬉しそうにその手を包み込み、優しく微笑んだ。


「さあ、裏切り者は片付いた。明日はいよいよ、隣国の闇商人どもを叩き潰す『大暴落』の決行日だな?」


「ええ……! 私たちのハルシュタット領を脅かした報い、存分に受けていただきましょう♪」


二人の絆と覚悟が完全に重なり合い、ハルシュタット領を揺るがす経済カウンター作戦の火蓋が、ついに切られようとしていた。

お読みいただき、本当にありがとうございました!


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