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第32話:経済侵略に対抗する「最悪の夫婦」の作戦会議

隣国ガルシア新政権からの露骨な脅迫と、不当な経済侵略に対し、ハルシュタット領は危機的な緊張感に包まれていた。


ハルシュタット辺境伯館の地下作戦会議室。

巨大な地図と、領内の物価推移を示すグラフが刻印された黒板を前に、アルベルトとヴィオラ、そしてセバスチャンの三人が集まっていた。


「……事態は予想以上に悪質でございます」


セバスチャンが黒い手帳を開き、冷ややかな声を響かせる。


「ガルシア新政権の工作員および提携する闇商人たちが、我が領内に潜入。市場に出回っている穀物、塩、ならびに医療薬品の『不当な大量買い占め』を行っております。さらに、彼らは新政権が独自に発行した金の含有率が極めて低い『粗悪な新通貨』を領内に大量に流し込み、我がハルシュタット銀貨を巻き上げようとしております」


「粗悪通貨の流入と、生活必需品の買い占めか……」


アルベルトの顔が、氷のように冷たく引き締まる。


「物資を奪ってハルシュタットの民を飢えさせ、価値のない新通貨を掴ませて我が領の経済を骨抜きにする気だな。……セバスチャン、今すぐ国境を完全封鎖し、領内の闇商人どもを全員捕縛しろ。吐状を書かせた上で、全員首を刎ねる」


相変わらずの武力即決主義。

だが、その力押しの発言に、応接椅子に座っていたヴィオラが「まあまあ」と優雅に手を振った。


「旦那様、首を刎ねるのは一番最後のお楽しみにとっておきましょう? 今すぐ力で押さえつけてしまっては、せっかく向こうが運んできてくれた『カモと資金』をドブに捨ててしまいますわ♪」


「……カモと資金?」


アルベルトが首をかしげると、ヴィオラは扇子をパチリと閉じ、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。


前世の歌舞伎町で、バブル崩壊後の乱高下する市場、詐欺師たちの蠢く夜の街、そして人間の『強欲』が巻き起こす悲劇を嫌というほど見てきたヴィオラの瞳が、怪しい光を放っている。


「ええ。相手の手口は古典的な『経済侵略』ですわ。不当な買い占めで物価を吊り上げ、自分たちだけが儲けようとしている……つまり、彼らの弱点は『自分たちの欲深さと、投じた大量の買い付け資金』そのものです」


ヴィオラは黒板へ歩み寄ると、チョークを取ってスラスラと図を描き始めた。


「アルベルト様。武力で叩き潰すのではなく、相手の買い占め欲を極限まで煽って、我が家の手のひらで踊らせるのです」


「詳しく話せ、ヴィオラ。お前の悪知恵――いや、最高の英知を聞かせてくれ」


アルベルトが瞳を輝かせる。


「まず第一に、粗悪通貨への対策です。相手は金の含有率が低いコインを我が領内に流し込み、本物の銀貨を持ち出そうとしています。ならば、我が家は即座に『ハルシュタット臨時担保手形(紙幣)』を発行いたしますの」


「紙切れを発行するのか?」


「ただの紙ではありませんわ。『ハルシュタット家の金銀財宝と新事業の絹で100%価値を保証する信用手形』です。領民には『粗悪なガルシア新通貨は価値が暴落するから受け取るな。我が家の手形を使え』と周知します。同時に、粗悪通貨を持ち込んだ商人には、超高率の『換金手数料』を課して骨まで削り取りますの♪」


「なるほど……! 我が家の圧倒的な信用力を背景に、奴らの偽金を通貨として機能不全に追い込むわけか」


「そして第二に、買い占めに対する『罠』ですわ」


ヴィオラは黒板の穀物価格のグラフを指差した。


「敵の闇商人たちは、我が領内の穀物を高値で買い占めて困窮させようとしています。ならば……我が家の備蓄倉庫から、『偽の豊作情報』とともに、ダミーの低粗悪穀物を小出しにして市場に流すのです」


「小出しに……? 買い占めを加速させるのではないか?」


「それこそが狙いですの、アルベルト様♪」


ヴィオラはくすくすと可愛らしく笑った。


「商人というものは『買い占めれば買い占めるほど、後で跳ね上がって大儲けできる』と信じ込むと、理性を失いますの。彼らは我が領内の穀物を買い尽くそうと、あり金すべてを注ぎ込んで買い漁るでしょう。……そして、彼らが資金を限界まで使い果たしたその瞬間に――」


ヴィオラは可憐な手をキュッと握りしめた。


「アルベルト様のお力で、ハルシュタット領の穀物備蓄を全開放し、市場に安値で一気に叩き売り(投げ売り)しますの♪」


「――ッ!!」


アルベルトの青い瞳が、驚愕と感嘆で見開かれた。


「市場に大量の穀物が安値で溢れかえれば……買い占められた穀物の価値は一瞬で暴落する!」


「その通りですわ! 高値で買い占めていた闇商人たちは、巨額の在庫と借金だけを抱えて一晩で一発破産。彼らが買い付けに使った大量の資金は、そのまま我がハルシュタット家の金庫へ転がり込みます。……これぞ、前世で言うところの『市場操作による一斉空売り・売り崩し』ですわ♪」


「……くっ、はははははっ!!」


アルベルトは腹を押さえて爆笑した。


「素晴らしい! 凄まじいな、ヴィオラ! 武力で一人残らず切り捨てるよりも、遥かに残酷で、完膚なきまでに叩きのめす極悪非道な計画だ!」


「あら、極悪非道だなんて失礼ですわ。自業自得の自滅劇をお膳立てして差し上げるだけの、親切な『おもてなし』ですもの♪」


ヴィオラはあざとく首をかしげ、小悪魔のような笑みを浮かべた。


「そして最後に、アルベルト様。貴方の『武力』の出番ですわ」


「言ってみろ、私の愛しい軍師よ。何でも命じてくれ」


アルベルトがヴィオラの細い腰を引き寄せ、その耳元に顔を近づける。


「破産してパニックになった闇商人たちが、逃げ出したり暴動を起こしたりしないよう、我が家の私設騎士団で国境を完全封鎖してくださいませ。そして、彼らが泣きついてきたら……『在庫の穀物を超安値で買い叩いて回収』し、それをそのまま国境の難民たちの『給食支援』に回すのです♪」


「……ぶッ!?」


今度はセバスチャンが思わず吹き出した。


「お、奥様……。敵の資金を奪い、敵が買い占めた物資をタダ同然で回収し、それを難民救済に利用して我が家の『名声』を高める……。……恐れ入りました。悪魔も裸足で逃げ出す完璧な循環でございます」


「ふふっ、難民の皆様もお腹が膨れてハッピー、我が家も大儲けでハッピー、困るのは不当な侵略を仕掛けてきた悪党だけ。誰も損をしない完璧なディール(取引)でしょう?」


ヴィオラが胸を張ると、アルベルトはたまらないといった様子で彼女を強く抱きしめ、その頬に何度も激しいキスを落とした。


「ヴィオラ……! お前は本当に、恐ろしくて、賢くて、そして最高に愛おしい私の妻だ! お前となら、世界中のどんな帝国だって経済的にひれ伏させることができる!」


「ん……ちょっと、アルベルト様! 会議中、セバスチャンさんの前ですわ……っ!」


「構うものか! こんなに魅力的な作戦を提示されて、黙っていられる男がいるか!」


熱烈に愛を囁くアルベルトと、頬を真っ赤にして照れるヴィオラ。


セバスチャンは冷ややかな手つきで眼鏡の位置を直すと、冷たいハーブティーを机に置いた。


「旦那様、お熱いところ大変恐縮ですが、作戦の決行にあたり、領内への通達文書へのご署名をお願いいたします。……それから、敵の闇商人どもが哀れすぎて、私、少々同情の涙が零れそうでございます(棒読み)」


「嘘をお言いなさい、セバスチャンさん! 全然目が笑っていませんわよ!」


ヴィオラがツッコミを入れ、地下作戦会議室に朗らかな(?)笑い声が響き渡った。


武力と財力を持つ冷酷な鬼神・アルベルトと、人間の欲望と市場の裏を知り尽くした元No.1手腕の令嬢・ヴィオラ。

二人が手を組んだ「最悪で最高の夫婦」の経済カウンター作戦が、今まさに始動しようとしていた。

お読みいただき、本当にありがとうございました!


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現代恋愛シリーズも投稿しております。

まだ作品は少ないですが、かぶんすのプロフィールからご覧ください。

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