第28話:暴走するアルベルトの武力と経済力
王都の社交界が未だ「ジュリアン・ゴドウィン捕縛」の激震に揺れる翌朝。
ハルシュタット家王都別邸の執務室には、立ち入る者すべてを凍りつかせる絶対零度の気が満ちていた。
重厚なデスクの前に鎮座するのは、冷酷無比な「辺境の鬼神」そのものの顔をしたアルベルトだ。
青い瞳からは感情が一切消え失せ、冷ややかな殺意だけが揺らめいている。
デスクの上には、ゴドウィン子爵家が保有する全財産、利権、借り入れ状況、取引先の商会リストがずらりと並べられていた。
「……セバスチャン」
低く、地底から響くような声。
「はい、旦那様。手配はすべて整っております」
傍らに立つセバスチャンは、いつになく冷徹な笑みを浮かべ、黒い手帳を開いた。
「ゴドウィン子爵家が中央銀行から引き出している短期融資、ならびに王都の商業ギルド経由での債務総額は金貨三万枚。期限は今月末でございますが……」
「すべてハルシュタット家が買い取れ」
アルベルトは即答した。一切の迷いもない。
「買い取った上で、今すぐ全額の一括返済を求めろ。一分一秒の猶予も与えるな」
「かしこまりました。すでにハルシュタット領の膨大な潤沢資金を背景に、中央銀行の総裁へ圧力をかけております。『今すぐ債権を売却しなければ、ハルシュタット新事業の資金口座をすべて他行へ移す』と一言告げましたところ、総裁は青ざめて五分で捺印いたしました」
「よし。それから、彼らが所有する鉱山と小麦の流通ルートはどうなっている」
「本日正午をもって、ハルシュタット家の私設騎士団および提携商会により、物流拠点を完全に封鎖いたします。『過激派の潜伏調査』という名目で騎士団を配置いたしますので、ゴドウィン家の物資は箱ひとつ動かせなくなります」
「破産手続きと同時に、子爵領の全財産を差し押さえろ。……我が妻に手を出すということがどういうことか、骨の髄まで叩き込んでやる」
アルベルトの口元に浮んだのは、相手を地獄の底へ叩き落とす悪魔の笑みだった。
ジュリアン個人の愚行で終わらせるつもりは毛頭ない。
ヴィオラを連れ出し、恐怖に陥れようとした「ゴドウィン一族」そのものを、この世の経済・政治の表舞台から完全に消し去る――それがアルベルトの出した「回答」だった。
「……まあまあ、旦那様ったら」
静かな室内、パタリと扇子を閉じる音が響いた。
応接用のソファでゆったりと高級ハーブティーを味わっていたヴィオラが、心底感心したように目を輝かせている。
「朝一番から、なんて豪快で気持ちの良い『回収作業』ですの♪」
「ヴィオラ……!」
アルベルトの冷酷な仮面が、一瞬で崩れた。
彼はガバッと立ち上がると、急ぎ足でヴィオラのもとへ歩み寄り、彼女の前に膝をついて両手を握りしめた。瞳には先ほどまでの殺意ではなく、狂おしいほどの焦燥と心配の色が宿っている。
「気分はどうだ? 昨夜は眠れたか? 悪夢は見なかったか? トラウマになっていないか……!?」
「ふふ、大丈夫ですわよ。ぐっすり8時間睡眠で、お肌のノリも最高ですの♪」
ヴィオラはくすくすと笑った。
(前世の歌舞伎町でも、バックの怖いお兄さんたちが敵対店を潰す修羅場は何度も見てきたけれど……旦那様のこの『圧倒的資金力と軍事力による合法的な圧殺』は、スケールが違いすぎてスカッとするわね!)
ヴィオラはアルベルトの頬にそっと手を添え、極上の笑みを向けた。
「でも旦那様。ゴドウィン子爵家をそこまで完膚なきまでに叩きのめしてしまって……王都の他の貴族たちから『やりすぎだ』と反発を受けませんかしら?」
「言わせておけばいい!」
アルベルトはヴィオラの手に自分の手を重ね、力強く言い放った。
「見せしめだ。ハルシュタットの富と力は、大切なものを守るためにある。我が妻に手を出せば、家系ごと破滅するという地獄を社交界に見せつけてやらねば、第二、第三の愚か者が現れるかもしれんからな」
「……旦那様」
「私は……お前を失うくらいなら、王都の半分を敵に回したって構わないんだ!!」
真っ直ぐで、重すぎるほどの愛。
前世で無数の男たちの嘘と虚栄を見てきたヴィオラの胸が、またしても熱く、甘く跳ね上がった。
(……はぁ。この旦那様、本当に怒ると手が付けられないくらい恐ろしいのに……私に対する情熱だけは、どこまでも純粋で本気なんだから)
ヴィオラは小さく息を吐くと、あざとい上目遣いでアルベルトを見つめ返した。
「……頼もしいですわ、旦那様。私、そんな恐ろしくてカッコいい旦那様に守られて……世界一の幸せ者です♪」
「〜〜〜〜〜ッッッ!!」
直撃弾。
アルベルトの顔が、氷点下の魔王から一転して真っ赤な熟したトマトへと変貌を遂げた。
「お、お前は……っ! なぜそんな顔で、私を試すような言葉を……ッ!」
「試してなどいませんわ、本心ですもの。……ねえ、旦那様? ゴドウィン家の処分、私も少しだけお手伝いしてもよろしくて?」
「お手伝い……?」
ヴィオラは扇子で口元を隠し、瞳にプロの悪魔の光を宿した。
「ええ。差し押さえた子爵家の資産の中に、王都の一等地にある『高級サロン』の権利書がございますでしょう? あそこを改装して、我がハルシュタット新事業の『王都第一号店』にして差し上げますの。……敵の敗北の象徴の上に、我が家の発展の城を建てる――これぞ最高の『おもてなし』ですわ♪」
「……ぶッ」
アルベルトは思わず吹き出し、呆れたように、しかし心の底から愛おしそうに肩を揺らした。
「どこまでも商魂たくましい妻だな……! 踏みつぶした相手の残骸まで利益に変えるとは……我が妻ながら恐ろしい」
「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ♪」
セバスチャンが冷ややかな手つきで、赤くなったアルベルトに冷たいおしぼりを手渡した。
「旦那様。お顔の発熱が冷めましたら、ゴドウィン子爵家の破産申告書への最終署名をお願いいたします。……なお、本日午後に予定されております『ゴドウィン子爵による謝罪の面会請求』ですが、もちろん一蹴いたしますね?」
「当たり前だ! 門前払いにしろ。二度と私の視界にあの家系の者を入れさせるな!」
アルベルトは即座に書類にサインを叩きつけると、再びヴィオラの腰を引き寄せ、自分の腕の中に閉じ込めた。
「ヴィオラ。王都での用事が済んだら、すぐに領地へ帰ろう。……こんな物騒な王都より、ハルシュタットの我が家で、お前と二人きりでゆっくり過ごしたい」
耳元で囁かれた甘いおねだりに、ヴィオラはふっと頬を緩めた。
「ええ、喜んで。……でもその前に、王都での『最後の仕上げ』を完璧に終わらせましょうね、旦那様♪」
冷酷な武力と圧倒的な経済力で敵を粉砕したハルシュタット辺境伯夫妻。
その圧倒的な見せしめにより、王都社交界においてヴィオラに牙をむく者は、もはや完全に皆無となったのだった。
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