第24話:豪華絢爛な夜会と、圧倒的な立ち振る舞い
王都中央宮殿、大宴友の間。
天井からは巨大なクリスタルシャンデリアが輝き、金銀の飾りに彩られた会場には、王室ゆかりの公爵家から新進気鋭の有力貴族まで、着飾った紳士淑女が集っていた。
「――ハルシュタット辺境伯閣下、ならびに同夫人、ご入場!」
給仕の声が朗々と響き渡り、重厚な扉が開かれた瞬間、会場内の視線が一斉に集中した。
黒の礼服に身を包み、鋭い眼光で周囲を射抜く「辺境の鬼神」アルベルト。
そして、その腕にそっと手を添えるサファイアブルーのドレス姿のヴィオラ。
「まあ……あの方が噂の……?」
「可憐で、儚げで……なんて美しいお方なの」
「『辺境伯に買われた哀れな生贄』と聞いていたけれど、とてもそのようには見えないわ……」
ざわめく会場。ヴィオラは背筋をピンと伸ばし、練習通りの儚げで上品な笑みを浮かべつつ、心の中で舌を打った。
(ふふん、掴みは上々ね。会場の7割の視線は奪ったわ。……さて、そろそろ来るかしら? 嫉妬と虚栄心に狂った『おバカなお客さま』たちが)
「ヴィオラ、気分は悪くないか?」
アルベルトが低く身を乗り出し、彼女だけに聞こえる声で囁く。その手はヴィオラの腰に回され、片時も離すまいとする強い執着が窺えた。
「大丈夫ですわ、旦那様。むしろ……とっても楽しみですの♪」
「……お前がその顔をしている時は、ろくなことが起きん。手加減してやれよ」
アルベルトが苦笑した、まさにその時。
「まあ! ハルシュタット卿、お久しぶりでございますわ!」
甲高い声とともに、華美すぎるフリルと宝石で着飾った三人の令嬢たちが、群れをなして近づいてきた。
中心にいるのは、中央貴族の重鎮・クロード伯爵家の令嬢クラリス。王都の若い令嬢たちのリーダー格を気取っている高慢な女性だ。
「ハルシュタット卿、このような洗練された王都の夜会においでになられるなんて珍しいことですこと。……あら? そちらの女性は……どちらのお召し物を着た『お付きの者』ですの?」
最初の一言から、あからさまな格下扱い。
ヴィオラを妻と認めず、あえて「お付きの者」と呼ぶことで侮辱する古典的な嫌がらせだ。
アルベルトの青い瞳に冷酷な殺気が宿る。
「私の妻、ヴィオラだ。無礼な口を叩くな、クラリス令嬢」
「まあ、失礼いたしましたわ! だって、あまりにもドレスがシンプルで……王都の最新トレンドとはほど遠い『田舎仕立て』に見えましたものですから」
クラリスは扇子で口元を隠し、取り巻きの令嬢たちとクスキャハハと下品に笑い合った。
「そうですわね、ハルシュタット卿。辺境ではこのような質素な布地が流行りなのですか?」
「お気の毒に……生贄として買われた子爵家の令嬢では、王都の流行の最先端などご存じないのも無理はありませんわ」
あからさまなマウンティング。
だが、ヴィオラは微塵も動揺しなかった。
(……はぁ。なにこのレベルの低い嫌がらせ? 前世の歌舞伎町で『ねえちゃん、そのドレス先週の売れ残りだろ?』って煽ってきた成金客とか、新人ホステスの『私の方が若いから〜』レベルのマウントじゃない。可愛すぎて欠伸が出そうだわ)
ヴィオラはアルベルトの袖を軽く引き、「私にお任せを」と目で合図した。
そして、極上の柔らかい笑みを浮かべ、クラリスに向かって一歩踏み出した。
「初めまして、クラリス様。ハルシュタット辺境伯が妻、ヴィオラと申します。ご親切にドレスのご指摘をいただき、誠にありがとうございますわ」
「あら、ご自分の無知をお認めになるの? 潔くてよろしくてよ」
鼻高々になるクラリスに対し、ヴィオラは首を少し傾げ、心底不思議そうに瞳を輝かせた。
「ええ。ですが……クラリス様。大変失礼ながら、王都の『最新トレンド』とは、どのサロンの情報を指しておられますの?」
「な、なんですって? どのサロンって……王都で最も高貴な『マルセルサロン』に決まっていますわ!」
「まあ! マルセルサロンでございますか!」
ヴィオラは嬉しそうにパッと両手を合わせた。
「マルセル様のサロンといえば、昨シーズン『過剰な装飾とフリルによる体型カバー』を提唱されたことで有名ですわね。……ふふ、クラリス様のお召し物も、胸元と腰回りの豊かなフリルが実に効果的に配置されていて……その、お身体の気になるラインを完璧に隠しておられますわ♪」
「〜〜〜ッ!?」
クラリスの顔がピキリと凍りついた。
「デブだからフリルで隠している」と、極めて上品な言葉で指摘されたのだ。
周囲の貴族たちから、くすくすと忍び笑いが漏れ始める。
ヴィオラは攻撃の手を緩めない。前世で培った「笑顔で相手の自尊心をズタズタにするトーク術」の真骨頂である。
「ちなみに、私が身に纏っておりますこのドレスは、王都の最高峰『リュミエール工房』の特注品でございますの。……あそこは『完璧なプロポーションを持つ女性にしか仕立てない』ことで有名ですので、クラリス様がご存じないのも無理はありませんわね♪」
「なっ……な、なんですって……ッ!?」
「さらに申し上げますと」
ヴィオラは自らのサファイアブルーの生地を優しく撫でた。
「この絹糸は、ハルシュタット領で開発された『新素材』でございますの。今期の王室御用達にも内定しておりまして……あら? 中央の貴族社会に深く通じておられるクラリス様でしたら、当然、王室の最新動向としてすでにご存じでしたわよね?」
「ぐ……っ、く、当然……当然知っていますわよ!」
知るはずがない。ハルシュタット新事業の極秘事項なのだから。
ヴィオラは「まあ、流石ですわ!」と手を叩き、さらに追撃の笑顔を向けた。
「では、近々発表される『ハルシュタット絹の流通協定』についても、伯爵家としていち早くご出資いただけるということですわね? 伝統あるクロード伯爵家が、我が家の『田舎の新事業』を一番に評価してくださるなんて、私、感激で胸がいっぱいですわ♪」
「あ……え……? しゅ、出資……!?」
周りの大物貴族たちが「ほう、クロード伯爵家がハルシュタットの新事業に出資するのか!」「流石は目ざとい」と注目し始める。引き下がれば「王室の動向を知らなかった無知」と「ハルシュタット家に屈した貧乏貴族」の烙印を押され、受け入れれば莫大な資金をハルシュタット家に差し出すことになる。
完璧な詰み(チェックメイト)である。
「あ……あ……っ!」
クラリスは顔を真っ赤にし、プルプルと震えながら、言葉を失った。
「クラリス様? お顔色が優れませんわ。……あ、もしかして、過剰なフリルとお締めになったコルセットのせいで、お息が苦しいのではなくて?」
「失礼しますわぁぁぁッ!!」
クラリスは悲鳴を上げると、取り巻きの令嬢たちを置いて、脱兎のごとく夜会会場から逃げ出していった。
静まり返る会場。
ヴィオラは何事もなかったかのように優雅に扇子を開き、パタパタと胸元を仰いだ。
「まあ、お可哀想に。王都の最新トレンドは、体調管理も大変なのですわね♪」
(ふう、すっきりしたわ。マウント取ろうとして逆に大口出資の約束にされそうになるなんて、なんて扱いやすいお客様(令嬢)かしら)
ヴィオラの圧倒的な気品、教養、そして容赦のない機知。
周囲の貴族たちは「あの子爵令嬢、タダ者ではない……!」「生贄などどころか、ハルシュタット辺境伯の最強の猛毒花だ……!」と恐れおののき、一気に距離を置き始めた。
横で一始終を見ていたアルベルトが、深く溜め息をついた。
「……ヴィオラ」
「はい、旦那様? 完璧なおもてなし(退治)でしたでしょう?」
「お前……出資の約束まで取り付けるとは、どこまで悪どいんだ。……だが」
アルベルトはフッと唇を吊り上げ、ヴィオラの腰を引き寄せた。
その青い瞳には、呆れを遥かに超えた、狂おしいほどの愛おしさと誇らしさが満ちていた。
「最高の妻だな。……見惚れてしまった」
「……っ」
大勢の視線が注がれる真ん中で、低く甘い声で囁かれたストレートな言葉。
今度はヴィオラの方が、予想外のパンチを食らって頬をサッと赤く染めた。
(や、やだ……この旦那様、最近どんどん素直に甘い言葉を言ってくるじゃない……っ! 計算が乱れる……!)
「あ、あら、旦那様ったら……こんなところで……」
「ふっ、お前が赤くなるのは珍しいな。……よし、不快なハエも消えたことだ。今夜は存分に、私の自慢の妻として社交界を制圧してこい」
「……ええ、喜んで! 旦那様♪」
完璧な手腕で嫌がらせを退け、さらには夫からの愛を深めたヴィオラ。
「生贄令嬢」の偽りの噂は完全に打ち砕かれ、王都社交界に「ハルシュタットの美しき支配者」の誕生が刻まれた瞬間であった。
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