第9話 好きな人の中身
少々不自然になりつつもロイに魔法石を渡すことに成功した。これでいつでも動向を確認できるわけだが、すぐに必要なくなってしまう。
なぜならロイはレイラと共に次々と凶悪なモンスターを倒すことに成功した二人の噂はあっという間に国中に広がって行ったからだ。冒険者登録したばかりの新人としては異例のスピードで依頼をこなして行き、一躍時の人である。
さすが主人公、とでも言うべきか。そのうちエドワードの戦闘力を越えそうだ。アニメで見るなら快進撃だが、もしかしたら対立するかもしれない身としては懸念要素である。
俺が思わず噂をしている人たちを横目でちらりと見たのとほとんど同じタイミングでエドワードが口を開いた。
「この間の奴ら、随分と名前広まってんだな。……ま、俺には及ばねぇけど」
エドワードが自分から誰かの名前を出すなど珍しい。ましてやいい噂で。
「とか言って~。すーぐエディ追い抜かしちゃうかもよ?」
クローディアは相変わらずの減らず口である。そう、相変わらず。にも関わらず、一瞬だけエドワードの動きが止まった。
マーガレットとアーデンは目を見開き、クローディアは困惑したように声が詰まった。
「エド、これ好きでしたよね。あげます」
「え? ああ……」
「……馬鹿言え。新参者が俺に勝てるわけないだろ」
「だ、だよね~っ」
俺以外の三人もエドワードの様子がおかしいことに気が付いたらしい。ほんの少しだけ、空気が張り詰める。
俺がいつものようにおかずを未使用のフォークでエドワードの皿に乗せると、ほんの少しだけ空気が弛緩する。
そこから今日の予定やら、他愛もない雑談やらが飛び交い、しかしそのどれもがどこかぎこちなかった。
そのぎこちなさに居たたまれなくなったのか、それともそんなことは一切関係ないのか。エドワードは唐突に立ち上がった。その拍子に脚がテーブルにぶつかり、その振動で上の食器が少しだけ揺れる。
そのとき突然、エドワードの動きが止まった。
「実家から呼び出しだ」
「実家?」
おそらく伝達魔法で何か送られてきたのだろう。
出会ってから彼が実家に帰るのは初めてだ。家族の話になるとはぐらかされるのであまり折り合いが良くないのではないかと勝手に思っていたが。
「母さんの家族が来るらしい。挨拶して飯食うだけだからすぐ帰る」
エドワードのお母さんはエドワードを産んですぐに亡くなっている、と噂で聞いたことがある。日本で言う法事のようなものだろうか。あるいはもしかしたら祖父母とはそんなに折り合いが悪くないのかもしれないし、他人の家庭の事情など考えてもわからないのだが。
ただ、あまり帰りたくなさそうなのはエドワードの顔を見ればわかる。それに、今の状況でエドワードを一人で遠出させるのは怖い。
「途中までご一緒してもいいですか?」
全員の視線が一斉に突き刺さる。当然だ。不自然な自覚はある。
「なんで」
「……その、観光的な?」
エドワードはしばらく睨むように俺を見ていたが、興味を失ったように視線を逸らした。
「……勝手にしろ」
「チハヤ」
マーガレットに呼び止められ、部屋に戻ろうとしていた足を止めた。
マーガレットはこの国にはない俺の名前をどう呼ぶのが正解なのかわからないらしく、「チハヤ」と「チハヤさん」を行ったり来たりしている。別にどちらでもいいのだが。
余談だがエドワード以外のパーティメンバーは俺が異世界から来たことを知らない。
異世界から誤召喚された人間の話はそれなりに広まっていたが、顔や名前はほんの一部の関係者しか知らなかった。
ので俺もエドワードに口止めした。異国の出、ということにしている。
だって異世界人とか言ったら絶対面倒くさいことになるし。
「ちょっとお話ししてもいいですか?」
「はぁ、いいですよ」
マーガレットは俺を促して宿の建物を出ると、近くにあるベンチに腰を下ろした。俺も迷ってから人二人分くらいの距離を空けて隣に座る。
「今更ですけど、この前は助かりました」
「……それは、よかった」
この前。この前か。「この前」で脳内検索をかけ、酒場のトラブルが引っかかる。今更、と言われるようなタイミングだと考えると恐らくこれだろう。
内容を理解する前に答えてしまった俺のなんとも言えない返しに、マーガレットがクスクスと笑う。
誰かと改まって会話するのは久しぶりだった。エドワードとは会話と言うより俺が一方的に話しかけているだけだ。自分のコミュニケーション能力の乏しさも久しぶりに思い出す。
「……エディって、損な性格してますよね」
「それは、確かに」
全然、いい人ではない。横暴だし、女癖は悪いし、すぐ八つ当たりしてくるし。
しかし愛嬌でなんとかなる範囲なのだ。エドワードへの人々の悪印象のほとんどはその愛想の無さや態度の悪さに起因している。わざとなのか素なのかわからないが、根の真面目さや誠実さに反して露悪的すぎる。
「わざと人を遠ざけてるように見えるのは、俺だけですかね?」
エドワードのことになれば、スルスルと言葉が出てくる。
「私にも、そう見えますよ。実際どうなのかはわかりませんが」
マーガレットはそう言うと、一呼吸置いた。そして続きは呟くように吐き出され、地面に落ちる。
「寂しいのかも、知れませんね」
何かを返そうとして、しかしその何かが何なのかわからないまま喉に詰まって、空気だけが口から漏れた。
それはまさに、俺がエドワードを初めて見たときの印象だったから。
「え、でも、寂しいならなんで人を遠ざけるんですか?」
「本当は、どんな態度でも離れないでほしいんでしょう」
どんな態度でも離れないでほしいから、人を遠ざける。意味がわからなくて、しかしすぐに思い当る言葉が浮かんだ。
前の世界で言う、試し行動というやつか。尤もまったくの専門外なのでその言葉以上のことは知らないのだけれど。
「……なんて。まぁ、全部想像ですけど」
「そう、ですね」
本当のところはエドワード本人しかわからない。本人不在で議論したところでどうしようもないのだ。もちろん本人に聞けるような内容でもないのだけれど。
そこで改まったようにマーガレットが再び口を開いた。
「チハヤはエディのお家のこと、何か知っていますか?」
「え、いえ」
本題はこれか。俺は家まで付いて行くわけではないが、知っておくに越したことはない。
「まぁ、私も噂以上のことは知らないんですけど」
「噂?」
俺はそれも知らないが。そんな感情を読み取ったらしいマーガレットは「ああ、この国に来て短いんでしたっけ」と自分の髪をかき上げた。
「あまり噂でものを言うのは好きじゃないんですが……。ましてやエディのご家族のことですし」
マーガレットはあくまで噂だから、と何度か念押ししたあとで口が重そうに再び髪をかき上げた。
「あのお家、あまり良い噂が無いんですよ。一代にして富と地位を築き上げた名家ですけど、なんというか……。その成功の裏には苦しんだ人も居たんです」
そのままそろそろとマーガレットが話したことには、一代にして富と地位を築き上げた当主にしてエドワードの父親は、資金援助を得るために金持ちの娘である女性を騙して自分の所に嫁がせたらしい。その女性とはもちろん、エドワードの母親だ。
結婚後も当主は表向き良き夫として振る舞い妻の実家から資金援助を受ける一方、妻のことは子どもを産むための道具くらいにしか思っていなかった。まさに産めよ増やせよ状態で、女の子が生まれれば次々有力貴族と縁を結ばせようとしたらしい。
産む妻の負担など、当然考えず。
「だから、心配です。もし噂通りならば、エディはそんな男の元に短い間とはいえ、いなくてはいけないのですから。……って、ちょっと過保護ですかね」
「わかりますよ」
件の母親は亡くなっている。それは以前エドワード本人から聞いた。死因は、何だったのだろうか。
「何度も言いますけど、ただの噂ですよ。儲かっているとどうしても敵が多くなりますからね」
「……エドって、家族の話しませんけど。あれって家族と上手くいってないからなんですかね。それともこの国の文化?」
「少なくても、避けてはいるでしょうね。私は孤児なのでわかりませんが」
そうだったのか。そりゃあ帰省しないわけだ。
「クローディアやアーデンも、帰省とかしませんよね」
「彼女たちも、あまり家族と折り合いがよくないですから」
「へぇ」
「へぇって。あなた本当にエディにしか興味ないですよね」
「え、そんなつもりじゃ……」
失礼な反応だっただろうかと焦る俺を見て、マーガレットはクスクスと笑い出した。と、同時に。
「おい、チハヤ。何楽しそうに話してんだ」
「んえっ!?」
後ろからガシリと肩を掴まれた。そのまま後ろに引き倒され、大きな胸板に頭がぶつかる。
「あ……え……エド……!?」
近い!
じわじわと自分の顔に熱が集まってくるのがわかる。
「あはは、大丈夫ですよ。チハヤさんのこと、取ったりしませんから」
「は!? 別に心配してねぇよ」
ドキドキして会話が入ってこない。一応断片的に理解できた内容に返事をしておく。
「はい。俺はエドのものですよ」
「変なこと言うな! ほら、宿戻るぞ」
「はい」
「はーい」
エドワードは先に歩き出してしまい、振り返らない。その背中を追いかけつつ後ろを振り返ると、マーガレットが楽し気にこちらを見ていた。




