第6話 穏やかな夜
近くの公園まで引っ張って行って、ベンチに座った。エドワードにも隣に座るよう促す。エドワードは困惑した表情を浮かべながらも腰かけた。
「そんな酔い方するの、珍しいですね」
「……ああ。ちょっと、飲みすぎた」
「なにか、嫌なことでもありましたか」
俺の言葉にエドワードは俯いていた顔を上げた。
「そういうわけじゃ、ねぇけど。……メグがアイツと随分仲良さそうで、苛ついたのかもな」
珍しく素直だ。自分で聞いておいて少し面食らった。こういうこと、つまり弱さみたいなものを、エドワードが口にすることはまずない。酔いのなせる技だろうか。
「明日、謝りに行きますよ」
「ああ」
少しの間、沈黙が落ちる。心地良いとは言えないまでも悪くはない沈黙だった。
「……悪かった」
エドワードの口から滅多に出ることのない、本気の謝罪の言葉だった。勢いで蹴り飛ばした石が、そこそこの距離を飛んでいく。
「それはレイラさん達に言ってください」
「それも、そうだけど……その、突き飛ばしたから」
「ああ……」
そういえばそうだった。思い出したように体中の痛みが主張を始める。
「痛いので宿までおんぶしてください!」
俺の言葉にエドワードが虚を突かれたような表情になった。その表情もかっこいい。
「は? え、いや、いいけど……」
「それで許してあげます」
少しだけ、間が空く。エドワードは何かを言おうとして、しかし言わなかった。
「……いいのかよ、それで」
「今回だけ特別ですよ!」
わざと少し生意気に言う。いつもだったら怒られるが、今のエドワードは気まずそうな表情を浮かべるだけだった。かわりに俺がにっこり笑っておく。あからさまにエドワードはたじろいだ。
笑顔でグイグイこられるとどうしていいかわからない。それはエドワードでもそうらしい。
「……お前、あのロイとかいう奴の方に行かなくていいのか?」
「え?」
唐突である。
「どういう意味です?」
「あっちのフォロー、しなくていいのか? 俺なんかに構ってないで。あの状況で悪いのは俺だろ」
「それはそうですけど。明日謝りに行くと言ったでしょう? 今行ったところで何ができるわけでもありませんし、今はマーガレットに任せましょう」
「それは……そうだけどよ」
珍しく歯切れが悪い。不思議に思いながらエドワードを見つめると、エドワードは嘆息した。エドワードの吐いた二酸化炭素が空気に混ざってもったいない。しかし巡り巡って俺が吸っている可能性にかけて諦めよう。
「……愛想尽さねぇのか、俺に」
「アイソヲツカス……?」
一瞬未知の言語を聞いたように言っている意味が理解できなかった。
「愛想を尽かすって……そんなこと、あるはずないでしょう」
エドワードは俺の全てだ。拾われたあの日から、ずっと。
よくある一目惚れでしかない。
しかし、今となってはもう、エドワードのすべてが好きで好きで堪らなかった。
傲慢なようでいてこっそり努力しているところも、責任感が強いところも、どれだけ忙しくても身なりに手を抜かないところも、全部。
ぼんやりと公園の様子を眺めていたエドワードの瞳が揺れた、ような気がした。
「……それにしてはお前、アイツと話してるとき楽しそうだったじゃねぇか」
「楽しそう?」
情報収集は大切だが、楽しくはない。
「……あ、もしかして、エドワードについて話してたときのことですかね?」
ギルドではしゃいでしまい、クローディアに注意されたのを思い出した。あのときは確かに楽しかったな、うん。
「……は? 俺?」
あちこちに彷徨っていた視線が、まっすぐ俺を捉える。先ほどのような緊急事態ならまだしも、なんでもないときに見つめられるとドキドキしてしまう。吸い込まれそうだ。
数秒の、間。その碧い瞳が半分ほど、瞼に隠された。
つまり、笑った。
「そうだよな、お前はそういう奴だ」
「~っ」
笑顔の破壊力が、すごい。普段から決して無表情なわけではない。笑顔くらい日に何度も見ている。
それでも慣れない。何度見ても、エドワードの笑顔は俺の心臓を揺さぶる。
今はかなり近い距離なので、尚更だ。思えば普段、こんな距離で会話することはない。そう気が付いたら急に恥ずかしくなってきた。
「もうそろそろ戻りましょうか。明日仕事ですし! ……というか仕事あるのに飲まないでくださいよ!」
「わりぃわりぃ……。禁酒するよ」
本当だろうか? まぁあんなに飲むこともあんな酔い方をすることも滅多にないので、大丈夫だとは思うのだが。
「ほら」
「え?」
「おんぶ」
「あ……」
忘れていた。冷静になるとなんというか、すごく恥ずかしい。しかし「それで許す」と言った以上、やっぱりいいとも言いづらい。
こちらに背中を差し出すエドワードという珍しい図を前に、おずおずと背中に乗った。アルコールの入った体は温かい。大きな背中に心臓が大きく音を立てる。
血流が良くなりすぎて、血管が痛くなりそうだった。
この距離ではきっと気が付いているだろう。しかしエドワードは気にする様子もない。
早く宿に着いてほしいような、いつまでも着いてほしくないような。
そんな思いを抱えていたが、当然宿までの道のりは長くも短くもならない。エドワードは俺を背負っていてもなんでもないようにスタスタと歩いた。すごい。
「ほら、着いたぞ。降りろ」
「はい……。ありがとうございます」
あっという間だったような、長かったような。
酒場の前、中からは死角になっている場所に降ろされる。
様々な要因により汗だくになっていた。エドワードに汗が付いていないといいのだが。
酒場の扉を開けると、先ほどの席にマーガレットとアーデン、クローディアが座っていた。
「チハヤさん!」
マーガレットが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「ああ、えっと……多分大丈夫です」
打ち付けた所は痛いが、怪我と言うほどのものでもない。
「聞いたよ、エディ。随分派手にやったそうじゃないか」
クローディアがやけに芝居がかった調子で言うと、エドワードはきまり悪そうに目を逸らした。
「ま、まあまあ……」
「チハヤはそうやってすぐ甘やかすんだから! ねぇ? アーディ」
「そうだね。甘やかすのはエディのためにもならない」
「な……っ、確かにそうですけど……」
随分とこちらの分が悪い。
「……明日、ちゃんと謝る」
「当たり前でしょー? さすがにやりすぎ! チハヤにはもうちゃんと謝ったんでしょうね?」
「……ああ」
「ならよし! 解散! 明日も早いんだからさっさと寝る!」
「……なんでお前が仕切ってんだよ」
エドワードは文句を言いながらも大人しく二階に上がっていく。俺たちも続いた。
暑すぎず寒すぎず心地よい夜だ。俺は布団に入るとすぐに眠りについた。




