第5話 平和でない夜
「あれ、チハヤさん」
「ロイさん」
エドワード達が温泉に向かっている間に宿の下にある酒場であれこれやっていると、ロイ達と想像よりも早い再会となった。
「お一人ですか?」
「あ、はい。今みんな温泉に入っています」
「チハヤさんは入らないんですか?」
「……俺は、あとで」
一緒に行こうと誘われたが、エドワードと一緒に温泉に入って大丈夫な自信がなく時間をずらすことにした。エドワードを含め全員が察してくれて、とくに追及はされていない。
かと言って状況が思ったより切羽詰まっている気が付いてしまったので部屋に一人で居るのも落ち着かず、こうして酒場に居るというわけだ。
「ロイさん達もこの宿に泊まるんですか?」
「はい」
このあたりで一番大きな宿なので、さもありなんという感じだ。主人公サイドの動向を追えるので有難くもある。
「レイラは今部屋で服の整理をしています。着替えるからと追い出されました」
「ああ……」
というか同じ部屋なのか。駆け出し冒険者なら金もないだろうし、そういうものなのかもしれない。
「もしよかったら、一緒に温泉に行きませんか? ロイさんもまだですよね」
主人公との縁はできるだけしっかり作っておきたいし、一緒に温泉へ行けばその間も情報収集ができる。我ながら素晴らしい案だ。
「ぜひ! 温泉なんて本当に久しぶりですから、楽しみですよ」
「俺もです」
温泉で心を落ち着かせている間なら、普段は聞けないような話も聞けるかもしれない。
「そうだ。ロイさんたちは、魔王討伐とか考えているんですか?」
「いえ! まさかそんな。まだまだ駆け出しですし」
まぁ予想通りだ。スローライフを送ることを望んでいるのに、自分から魔王討伐に行こうだなんて考えない。あくまで彼は“巻き込まれ主人公”なのだろう。
「では、今後のご予定は?」
「一先ず下級モンスターから少しずつレベルアップしていく感じですかね……」
それならばまだまだ長い道のりということになる。そもそも『ぼうスロ』はそれなりの長さの物語だったはずだし。その間エドワードを守り切れるだろうか。
「チハヤ」
「うわ、びっくりした!」
本日二度目。エドワードが背後に立っていた。何というか……水も滴るいい男である。
濡れた金髪が筋張った首に張り付いているさまが非常に色っぽい。
「上がったぞ」
つい見惚れてしまうが無理矢理視線を引き剥がす。
「はい。では俺もそろそろ入ります」
ロイの方に目をやると「では行きましょうか」とロイが立ち上がった。
「は? なに、ソイツと行くの?」
「ソイツじゃなくて、ロイさんですよ」
「あ、そ」
ロイがまた怯えている。ここまで来るとちょっと面白くて、思わず笑みがこぼれた。笑い事ではないのだが。
風呂上り。俺は自室で薬の調合タイムに入る。
魔力がなく、戦闘能力や身体能力もこの世界の人に少々劣る俺は、最近薬の調合に手を出し始めた。元居た世界の薬学の知識も活かすことができ、なかなか楽しい。毒薬から回復薬まで、作るものは様々だ。材料となる草は勝手にその辺からむしってきて良いし、実験は実際のモンスター討伐のときにやれば良いので、趣味と実益を兼ねてやるには丁度良かった。
結局大して情報は手に入らなかったが、主人公とのコネクションができただけで充分な成果である。
平和な夜だ。俺も穏やかな気持ちで趣味の時間を……。
「え」
階下、つまり酒場の方から怒鳴り声がした。多分、いや絶対に、エドワードの。俺がエドワードの声を聞き間違えるはずはないから。
いくらアルコールが入っているとはいえ怒鳴るなんてただ事ではない。何かのトラブルに巻き込まれたか……いや、エドワードがトラブルを起こしている可能性の方が高いか。
どちらにしろ、まずい。幸い手を離せる状態だったので、すぐさま部屋を飛び出した。
「エドワード!」
「チハヤ!」
「チハヤ様!」
入口付近の席にエドワードは座っていた。向かいにはロイ。近くでマーガレットとレイラがおろおろとしている。
「なんだよ、チハヤ」
エドワードがゆっくりと振り返った。目が据わっている。完全に出来上がっているようだ。
「一体何があったんですか?」
マーガレットに聞いたつもりだったが、ロイが答える。
「エドワード様が嫌がるレイラにしつこく言い寄ってきたので、止めに入ったんです」
それが本当なら百エドワードが悪い。縋るようにマーガレットを見たが、そのとおりらしい。目を伏せてしまった。
本当ならエドワードを注意し謝罪させるべきだが、いかんせん酔いすぎていて難しそうである。
「しつこいってなんだよ、しつこいってよお」
もう完全に酔っ払いだ。前の世界の居酒屋とか繁華街の路上でよく見かけたやつだ。しかも質の悪いタイプ。
「エドワード、落ち着いて。お水飲んでください」
「ああ? 酔ってねぇよ。俺に指図するな」
酔っぱらいはみんなそれ言う! しかもかつてないほど悪酔いしている。いつもは酔ってもこんな風にはならないのだが。
店員は皆、怯えたようにカウンターの向こう側からこちらを伺っている。またエドワードの評判が落ちてしまう。いや、もうそれ以前の問題なのだが。
「エドワード、いいから水を」
「ああ!? お前までコイツの味方すんのかよ!」
「水飲んでって言ってるだけでしょ!」
思わず強く言った、その瞬間。
思いきり突き飛ばされた。
酔っているとはいえ、平均以上の力を持つ成人男性にいきなり突き飛ばされたらどうなるか、想像に難くないだろう。俺は向かいの席の椅子をなぎ倒しながら派手に吹っ飛んだ。体中が痛い。
そこかしこから悲鳴が上がる。しかしエドワードはそれでも満足していないらしい。ビールを持ったまま歩いてきた。
駆け寄ってこようとするマーガレットや止めようとするロイを手で制し、上級モンスターに薙ぎ払われたとき以来の痛みを必死にこらえて立ち上がる。
エドワードの空色の目は光を失っていた。どれだけ飲んだらこんなに胡乱な目になるのか。
「エドワード」
エドワードの服を引っ張って引き寄せる。酔っているからか不意を突いたからか案外簡単に引き寄せられた。俺の行動に驚いたらしい目が少し見開かれる。空に俺が、俺だけが映る。
そう、それでいい。俺以外なんて見なくていい。その空に、俺だけが居ればいい。少しだけ背伸びをして、その耳元に唇を寄せた。
「お水、飲まないなら口移ししますよ」
「……っ!? おま、何言って」
それ以上は何も言わない。
微笑んで見せる。空に微笑んだ俺が映る。それで十分。
少し酔いが醒めたらしいエドワードは、舌打ちしてから水を一気に煽った。それでまた、少し酔いが醒める。
「みなさん、騒ぎを起こして申し訳ありませんでした」
幸いにして、と言っていいのか、一般客は騒ぎが始まった時点で逃げていったらしい。
「後日、改めて謝罪させていただきますので……」
そう言うと俺はエドワードを引っ張って店の外に出た。エドワードはきまり悪そうな表情でされるがままになっている。マーガレットも付いてくるかと思ったが、来なかった。代わりに謝っているのかもしれない。




