第20話 仲間
翌日、伝達魔法石で三人を呼び出した。
エドワードは魔王に魔力を吸い取られたこと、もう冒険者は続けられないことなどを話した。魔王と契約したことを省略したのは意図的だろう。
俺もあえてそこには突っ込まないでおく。
「なら、これからも私たち三人でやっていくわ。チハヤは……まぁ来ないでしょ?」
アーデンは当たり前のように言った。実際当たり前のことである。
頷く俺を見て苦笑を浮かべた。
「よかったですね、エディ」
「……まぁ、別に俺は一人でも平気だけど」
そう言ってから視線をうろうろと彷徨わせ。
「居た方がいいな」
「素直じゃないな~」
からかうようなクローディアの言葉にアーデンが呆れたような表情をし、マーガレットはニコニコ笑っている。出ていく前の日常が一瞬帰ってくる。
失って初めて気づく、なんて大層なものじゃないし、別に愛おしく思うほどのものだとは今も思わない。それでも、右も左もわからない異世界で、わからないなりに左右をきちんと見ていたら、何かわかったのだろうかと、頭の片隅で思う。
エドワードは何かを考えるような素振りをしてから「なぁ」と誰にともなく声を掛けた。
その場の全員の視線がエドワードに集まる。
「今まで、悪かった」
エドワードが頭を下げた。ベッドに座ったままとはいえ、あのエドワードが。
頭を、下げた。
「エディが謝った!? 明日は空から槍が降るかも!?」
「茶化すな!」
クローディアはちょっとだけどこか安心したように笑って、そして真剣な表情を浮かべた。
「こっちこそ、ごめん。あんたには恩があるのに」
「は? 恩って……」
「助けに来てくれたこと」
「……俺は落ちてたもん拾っただけだ」
「ひ、拾った?」
その言い回しはおそらく俺の影響だろうと思うと少し優越感があったが、余計な口は挟まずこっそりニヤニヤするに留める。
「なんでもいいけど、私は感謝してんのよ。あんたがどう思っていようと」
そう言ってクローディアは両隣に立つ二人を順番に見た。
「あんたたちもでしょ?」
「もちろんよ」
「もちろんです」
エドワードの目が少しだけ見開かれた。口は小さく弧を描く。
「ありがと、エディ」
「ねぇ、エディのパーティがどうして女の子ばかりか知ってる?」
「え?」
帰り際、三人を病院の外まで見送ると、アーデンがぽつりとそんなことを呟いた。もう解散したのに、「エディのパーティ」という言い方をする。
以前の俺だったら、見送りなんて絶対にしなかっただろう。しかし今日は見送りたいと思った。
「わかりません……」
考えたこともなかった。しかし確かに、冒険者というのは圧倒的に男が多い。
非戦闘員の俺は特殊な立ち位置として、男一女三という編成は珍しいかもしれない。
「私も知らないわ」
「ええ……」
「でもね、多分エディのことだから、居場所のない女冒険者を集めたんだと思う」
この国の女性の立場はお世辞にも高いとは言えない。女性だけのパーティは舐められるし、仲間になりたがる男性冒険者も少ない。そうなんでもないように言うアーデンの横顔を思わず盗み見る。
「自覚があるのかないのかわからないけど、エディって落ちてる物なんでも拾っちゃうタイプじゃない」
「……その表現、俺のです」
「え?」
「……いえ」
挨拶をして三人と別れた。
今生の別れでもないし、寂しいわけでもない。
ただ、全員同じようにエドワードに拾われたんだな、と思った。初めて仲間だと実感する。「エドワードの仲間」、ではなく俺の仲間だと。
今日も病院に泊まる。俺はベッドの横に腰かけて先ほど見舞いの品としてもらったりんごをすりおろし始めた。この世界でもお見舞いにはりんごらしい。さっき聞いた。
「魔王との契約してたのに、どうして攻撃されたんですか?」
いくら魔王とはいえ、契約相手を殺そうとするなんてただごとではなさそうだ。だからこそ魔王なのかもしれないけれど。
エドワードは俺の質問に面食らったような反応をしたものの、ぼそっと呟くように答えた。
「……契約を破ったんだよ。俺が」
「えっ」
言っては悪いが、随分と命知らずである。
「……命知らずだって言いたいんだろ。わかってるよ」
「どういう契約内容だったんですか?」
「アイツを……ロイを、殺せって」
なんでわざわざ。そう思ったが、俺の知らぬところでどんどん強くなっていたロイたちは、魔王から見ても警戒の対象だったのかもしれない。実際『ぼうスロ』の世界ではロイたちは魔王を倒しているわけだし。
だからエドワードに押し付けたのだ。自分の加護を与えたエドワードにならロイを殺せると思ったか……或いは戦力をそぐための捨て駒にする気だったのかはわからないが。
そこで気が付いた。
『ぼうスロ』でのエドワードの死因。ずっとわからないまま死亡エンドを阻止しようとしていたがこれではないだろうか。
作中でもきっとエドワードは魔王と契約し、ロイを殺そうとして返り討ちに遭う。自然なストーリー展開だ。
ならもうエドワードの死亡エンドは回避できたということになる。肩の力が抜けた。同時に気づけずに危うく死ぬところまで行ってしまった自分が情けなくて仕方ないが。自責はエドワードが眠っている間に散々したので少し休みたい。
しかしそうなると最後の最後で作中とは違う選択をしたのが不思議に思えた。今なら答えてもらえる気がして素直に尋ねる。
「どうして契約を破ったんですか?」
エドワードの右手がばつが悪そうに頭をかいた。
「……お前の、顔が浮かんだ」
「え」
気まずそうに目を逸らされる。
「俺が何の罪もねぇ奴に手ぇ出したら、お前悲しむだろ。……お前はそういう奴だ」
「俺っ?」
素っ頓狂な声が出た。りんごを吹っ飛ばしそうになって慌てて手に力を込める。
確かに俺はエドワードが悪事を働けば悲しい。しかし俺がエドワードの行動に直接的な影響を与えるなんて、夢にも思わなかった。
「お、俺ですか?」
「ん。お前。それに……お前は俺がロイを倒せなくても、俺が強くなくても、付いてきてくれるだろ」
はにかんだような表情でエドワードが再び俺を見る。それは叱られたあとの子どものような表情でもあったし、答えのわかりきったことをあえて確認する手練手管に長けた青年のような表情にも見えた。つまり可愛くてかっこよかった。
「当然です!」
「だよな」
エドワードが笑う。屈託のない笑い方だった。
「あ、りんごどうぞ」
とっくに皿いっぱいになっていたことに気が付き手渡すと、エドワードは顔を顰めた。
「……すりおろすと不味そうだな」
「胃に優しいですよ」
久しぶりの食事に固形物はよくない……と思う。
「……食わせろ」
「えっ? あ、はい!」
りんごをスプーンで掬って、エドワードの口元へ持っていく。俺の手からりんごを食べるエドワードは可愛くて色っぽくて、なんだか背徳的だ。
「……見た目よりは旨い」
どこか照れたようにそう言うエドワードに、今日も俺の心臓は掴まれる。
「これから、どうすっかなぁ」
魔力を大幅に失い、いつ戻るのかもわからない。そんな状態で冒険者を続けられるわけもない。
割と深刻で差し迫った問題だった。
「……一緒に店でもやりますか?」
俺が今趣味で作っているポーションは十分商品として耐えうる。
元冒険者の店というのは話題になるだろうという打算もあった。少なくとも安定した次の職を見つけるまでの繋ぎにはなるだろう。
俺が密かに憧れていた利益度外視の穏やかな店ではなく、生活していくための仕事になるけれど、現実なんてそんなものだ。
それに、エドワードと一緒に何かやるというのは俺にとってそれだけで十分魅力的だった。
「……一緒に」
その言葉を咀嚼するようにゆっくりと、エドワードが言った。
「嫌ですか?」
「いや、悪くねぇな」
エドワードが微笑んだ。おそらく初めて見る、穏やかな笑顔。エドワードはここ数日で随分と今までにすることのなかった種類の表情を見せるようになった。
それに毎回、いちいちドキドキしてしまう。
魔力が奪われ冒険者を続けられなくなりさぞ落ち込むだろうと思ったのだが、むしろ憑き物が落ちたようにすがすがしい様子を見せている。
何をどこで、どうやろうか。そんなことをお互いに取り留めもなく挙げていく。現実的で真面目な案とその場で思い付いたような馬鹿らしい案が半々だった。
時間がやけにゆっくりと流れている気がする。真面目な話と馬鹿げた話を同列に並べることができるくらい、焦りのない会話。
エドワードと二人でこんなに長く話すのは久々、いやもしかしたら初めてかもしれない。
少しだけ開いた窓から暖かな光と風が入ってきて、心地よかった。




